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BTS新作『ARIRANG』レビュー。「韓国的アイデンティティ」と世界市場の狭間で

2026.4.17

#MUSIC

兵役による活動休止を経て、BTSが約6年ぶりに発表したニューアルバム『ARIRANG』。韓国の民謡“アリラン”をタイトルに掲げながら、なぜタイトル曲は全編英語なのか?

ヒップホップへの回帰や韓国的情緒を感じさせつつも、グローバルな視点を手放さない彼らの選択からは、「文化的ディアスポラ」というキーワードが浮かび上がる。世界市場とルーツの間で揺れ動く、今の彼らのリアルな姿。悩みながらも「自分たちであり続けること」を選んだ、全14曲からなる等身大の現在地を紐解く。

多様なジャンルを横断し「今のBTS」を描く14曲

2026年3月20日(金)にリリースされたBTSのニューアルバム『ARIRANG』は、兵役による活動休止を経て約6年ぶりに発表されたスタジオアルバムであり、韓国の民謡“아리랑(アリラン)”をタイトルに掲げ、音楽的にもコンセプト的にも「原点回帰と再定義」を掲げた作品であることが明確だった。

ヒップホップ、ポップ、ロック、ハウス、エレクトロニカなど多様なジャンルを横断しながら、韓国的情緒とグローバルポップの融合を感じる14曲は、ヒップホップ回帰とルーツへの眼差しをキーワードに、各曲が異なる角度から「今のBTS」を描き出すことを目指したアルバムのようだ。

アルバムの幕開けを飾る“Body to Body”は、伝統民謡“아리랑(アリラン)”のサンプリングを用いた壮大なイントロが印象的だ。ミニマルなビートと重層的なコーラスが交錯し、ラップとボーカルが自然に溶け合う構成は「ヒップホップと叙情性の融合」を象徴している。前半は電子的なビートリズムが印象的だが、サンプルが入る場面では一転してアコースティック寄りのドラムと女性コーラスが前に出てガラリと変わるアレンジが面白い。米国グラミー賞を何度も受賞しているスタープロデューサーのDiploやライアン・テダーらが楽曲制作に参加している。

“Hooligan”は、ストリングスとパーカッションを強調したダークな808ベースのサウンドが特徴で、緊張感のあるアレンジが際立つ。剣がぶつかるようなサウンドデザインと高音ボーカルの対比が、攻撃性と美しさを同時に表現しており、パフォーマンス映えする楽曲に仕上がっている。余裕綽々で堂々と世界を歩き回るようなイメージの楽曲には、グラミー賞受賞プロデューサーのエル・グインチョらが作業に参加した。

“Aliens”はタイトル通り「異物感」を音で表現するように、シンセはデチューン気味で、コードもやや不安定さがある。どこか遠くから聴こえてくるようなサウンドデザインは、BTSがグローバルシーンで感じてきた距離感を表すのかもしれない。一方で「靴は脱いで」や「何でももっと速く」など、韓国の生活様式や特徴を扱った歌詞はどこかユーモラス。アトランタ出身のプロデューサー、Mike WiLL Made-Itがプロデュースに参加している。

Diplo、Flume、JPEGMAFIAなどが参加した“FYA”ではジャージークラブのビートを取り入れ、軽快でストリート色の強いポップラップを展開。短いフレーズの反復とグルーヴ重視の構成となっている。

“2.0”はタイトルが示すように、「BTS 2.0」を宣言するような自己更新のアンセムで、ラップとコーラスがコール&レスポンスのような構成になっている、変則的なリズムが印象的なトラップ系の楽曲。

アルバムの中でも異色なのが“No.29”だ。国宝第29号に指定された聖徳大王神鐘の鐘の音のフィールドレコーディングを使用した実験的トラックで、楽曲というより「音のインタールード」として機能する。このアイデアを提供したのはパン・シヒョク(パンPD)だという。

タイトル曲“SWIM”が提示する、等身大のメッセージと現在地

タイトル曲の“SWIM”は浮遊感のあるシンセパッドと4つ打ち寄りのリズムで「泳ぐ」ような感覚を描きつつ、サビでは覚えやすいキャッチーなメロディを配して、大衆性とコンセプト性を両立させている。RMによる歌詞は押し寄せる波を自分だけのペースで淡々と乗り越えようとする意志として、人生への愛を伝えている。

“Merry Go Round”はサイケデリックロック色が強く、歪んだギターと浮遊感あるボーカルが印象的。永遠に止まらない回転木馬のように、繰り返される人生の枷に耐える物語を語り、夢と現実を行き来するようなサウンドは、活動休止を経て再び走り出すBTSの心情を表現しているようだ。

“NORMAL”は、シンプルなビートとメロディで「普通であること」の意味を問いかける楽曲。過剰な装飾を排したミニマルなサウンドで、語りかけるように展開されるシンギングラップは、リスナーの感情に直接触れ、曲のメッセージを鮮明に伝えてくるようだ。

続く“Like Animals”はギターが印象的なポップロックバラードで、ストレートなメロディが耳に残る。感情の起伏を丁寧に描いた構成は、BTSのボーカルを味わえる一曲。抑圧されたまま、飼い慣らされるよりも熱く生きようというメッセージを歌っている。

“they don’t know ’bout us”はR&Bベースのしっとりとしたトラックで、繊細なボーカルとハーモニーが印象的。成功の秘訣を問う質問に対して「特別な方法や公式のようなものは知らない」「僕たちはただの自分たちです」と答える。

“One More Night”は1990年代ハウスのテイストを取り入れたダンサブルなナンバー。KORG系シンセの軽やかな音色がノスタルジーを感じさせる。アシッドハウスとウェストコーストポップロックの感覚が交差するトラックとなっている。

“Please”は静かな序盤から徐々に感情と音圧が高まっていくバラードで、ピアノとストリングスを中心にしたアレンジの、BTSがこれまで見せてきた「ドラマチックなバラード」の系譜に連なる一曲ながら、トラップドラムと重厚感のある808ベースを中心に、ローファイシンセとインディーギター、温かみのあるコード進行が調和している。

“Into the Sun”はアルバムの最後を飾るトラック。あなたに走り寄るという告白を、太陽に向かって進む姿に例えて描いている。ボコーダーによるボーカルアレンジとアコースティックを基盤としたゆったりしたグルーヴがエンディングの雰囲気を醸し出している。

「文化的ディアスポラ」から読み解く彼らの現在地

「自分たちのアイデンティティへの回帰」というテーマを知った上でアルバムを聴いて浮かんだのは、「文化的ディアスポラ」という言葉だった。ディアスポラとは、古代ギリシャ語で「離散」「撒き散らす」を意味する言葉で、カルチュラルスタディーズの研究者イエン・アングは「身体的には世界各地に分散しているにもかかわらず、共通のエスニックアイデンティティによって少なくとも名目上は結びついている人々の編成形態」と説明している。ルーツとなるエスニックアイデンティティと現在置かれている環境の文化が異なる状態、という観点で、現在のBTSが置かれている文化的位置と重なるものがある。

現在「最も世界的に有名なボーイバンド」となったBTSが、最初に明確な人気を獲得したのは海外である日本だった。そもそもデビュー直後からアメリカ各地でショーケースを行うなど、初期から海外市場を視野に入れた活動を展開し、韓国外のファンダムを積み上げてきた経緯がある。その後「花様年華シリーズ」(※)で韓国内でもトップクラスの人気を獲得したが、やがてアメリカのビルボードHOT100で1位を記録するなど、世界的な成功を手にした活動休止直前には英語曲のリリースや欧米プロデューサーとのコラボレーションを増やし、国際的成功を最大化するための戦略を明確に打ち出していた印象がある。

※花様年華シリーズ:青春の美しさと危うさをテーマにしたシリーズで、『pt.1』『pt.2』『Young Forever』の3枚のアルバムで構成されている。

しかし、商業的な成功が指針となるビルボードミュージックアワードやアメリカンミュージックアワードでは成果を挙げながらも、文化的な評価が重要となるグラミー賞には壁があった。その壁を打ち破ろうとする過程で「韓国的アイデンティティを失いかけているのではないか」という声が韓国内から出ていたことを考えると、今回のアルバムは「自分たちのルーツや素顔を反映した音楽をもう一度提示したい」という意思表明とも受け取れる。実際、サウンド面では新しいジャンルに挑戦しながらもヒップホップという原点に回帰し、歌詞も自らのキャリアを振り返る内容が多く見られる。

自国文化のプレゼンテーションに潜むねじれ

ただし、タイトル曲の“SWIM”が全編英語であること、アルバムタイトルとして掲げている『ARIRANG』と各楽曲の関係、“No.29”に登場する聖徳大王神鐘のモチーフなどを総合して見ると、メンバー個人のルーツというより、グループが背負う「韓国という国家のイメージ」を異文化圏に向けて提示する意図が強く感じられる。これは「自分たちのアイデンティティへの回帰」というテーマを掲げながらも、そのテーマが海外市場へのプレゼンテーションを目的として構築されているような印象も残す。

https://youtu.be/YkUfnufGOB0?si=3l8duJf_LbKpWeN9

ここで、ディアスポラという概念を振り返ると、文化的アイデンティティは固定されたものではなく、現地文化と混ざりながら生成され続けるものだと考えられる。「出身地」と「現在地」の境界を生きる存在であり、K-POPという文化ジャンル自体が、海外市場を取り込みながら拡張してきたディアスポラ的性質を持っている。しかし『ARIRANG』は、韓国的アイデンティティが他文化に取り込まれすぎているようにも感じられる。「自国文化を英語でプレゼンする」ような構造は、韓国側から見れば誰の方を向いているのかという部分で疑問を生む可能性があるだろう。

また、“아리랑(アリラン)”は韓国を象徴する歌であると同時に海外に暮らすコリアンディアスポラを結びつける文化でもあり、むしろディアスポラ側にとっての方がより強い意味を持つ存在とも言える。他にも“No.29”に使われている聖徳大王神鐘には残酷な伝承があり、韓国人的には国宝としての価値とは別の感情を呼び起こすモチーフでもあるということ、参加プロデューサーが海外の大物中心である点も含め、「韓国人が自らのルーツを表現する」という文脈としては、韓国側からは違和感を覚える要素があることは想像に難くない。BTSは文化的にはディアスポラ的な立ち位置に近い振る舞いを求められているが、実際には海外ルーツを持つグループではないという点も、評価を複雑にしているかもしれない。一方で、今アルバムの主言語といってもいい英語圏から見れば「韓国人としてのルーツに立ち返るアルバム」という説明に大きな疑問を抱く余地は少ないだろう。韓国文化に対する知識や文脈がそれほど深くなければ、そのまま受け取られる可能性が高いからだ。

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