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『第98回米アカデミー賞』徹底解説 PTA悲願の作品賞、変革期ハリウッドに漂う終焉の予感

2026.3.27

#MOVIE

©A.M.P.A.S.
©A.M.P.A.S.

長年、アメリカ映画界にとっての一大イベントとして注目を集めてきた『米アカデミー賞』。賞レースの評価と作品の良し悪し、さらに言えば個人の趣味嗜好は必ずしも一致するものではないだろう。しかし、賞レースにはその時代のムード、映画界の置かれた状況が色濃く反映される。その点で、今もこの賞を通じて、現在の映画界について考える意義は失われていない。

今回、ライター長内那由多に3月16日に開催された『米アカデミー賞』授賞式の様子をレポートしてもらった。そこから見えてきたのは、ポール・トーマス・アンダーソン待望の受賞など華やかな話題の裏で起きる、業界の変わりゆく姿だった。そのパラダイムシフトの足音は、着実に迫ってきている。

業界再編に注目が集まる。ハリウッド全体に漂う「お別れ会」の雰囲気

どうにも盛り上がらないな……と感じていたのは海を隔てた本邦だけではなかったようだ。オリンピックイヤーということもあり、『第98回アカデミー賞』は例年よりずっと遅い3月16日に開催された(前年は3月2日)。不作の2025年を象徴するかのように間延びした賞レースは『ワン・バトル・アフター・アナザー』(監督:ポール・トーマス・アンダーソン)が独走し、対抗馬となる『罪人たち』(監督:ライアン・クーグラー)もまた同じワーナー・ブラザースの配給作品だった。

前者は昨年10月、後者にいたってはほぼ1年前の4月公開作であり、オスカーシーズンに市場を賑わせたのはティモシー・シャラメが精力的なプロモーションを展開した『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(監督:ジョシュ・サフディ)くらいだった。ハリウッドの関心事はオスカーの行方よりも「いったい誰がワーナー・ブラザースを買収するか」という業界の一大再編。つり上がった金額を前にNetflixが離脱、パラマウントが勝者となったのは賞レースの終盤、2月27日のことだった。

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『アカデミー賞』授賞式ではそんなハリウッドの窮状を危惧した自虐的ギャグが多く飛び交った。AIの脅威、授賞式のYouTube配信、観客の映画離れ……。『罪人たち』が歴代最多16部門候補に挙がり、Netflixの『フランケンシュタイン』(監督:ギレルモ・デル・トロ)が9部門候補と、オスカーの慣例を覆してホラー映画が主役を占めたからというわけではないだろうが、授賞式全体に漂っていたのは不安の空気だった。

極めつけは例年以上に長い時間を与えられたメモリアルコーナーである。冒頭、ロブ・ライナー監督夫妻の追悼を『恋人たちの予感』(1989年)に主演したビリー・クリスタルが行い、コーナーはスタート。後に続いたのはキャサリン・オハラ、ダイアン・キートン、ロバート・デュヴァル……いずれもつい最近まで新作を目にした名優ばかりである。最後にバーブラ・ストライサンドが登壇すると、盟友ロバート・レッドフォードへの別れを告げた。完成度が高い進行だけに、否が応でも時代の終焉を感じずにはいられない「お別れの会」だった。

ロバート・レッドフォードを追悼する、バーブラ・ストライサンド / ©A.M.P.A.S.

今年のオスカー傾向。メジャースタジオの没落と、アメリカ映画の優遇

ワーナーのアワードパブリシストをして「自分たちの送別会を自分たちで主催するようなものだ」と言わしめた今回の『アカデミー賞』。受賞結果を見渡せば、ワーナー・ブラザース以外にメジャースタジオの受賞は皆無。数で続いたのはそのワーナーを買収する寸前だったNetflixである。

『フランケンシュタイン』が「美術賞」ほか技術部門で3賞に輝き、一大ムーブメントを巻き起こした『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』(監督:マギー・カン、クリス・アッペルハンス)は本命視された「長編アニメーション賞」に加え、「主題歌賞」までかっさらった。Netflixは他、史上7例目となるタイ受賞となった「短編映画賞」で好編『歌うたい』(監督:サム・デイヴィス)が受賞。また「短編ドキュメンタリー賞」に輝いた『あなたが帰ってこない部屋』(監督:ジョシュア・セフテル)はドキュメンタリーとしてやや独自性に乏しいものの、銃社会アメリカに対する真摯な問題提起作。この部門は今やNetflixの指定席である。

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この約10年、アカデミーはアメリカ国外の会員を大幅に増やし、賞にグローバルな作品が数多く食い込むなど、大きく変化が見受けられた。しかし今年は一転、国内産業を守りに入るかのようなブロック化の印象が強い。「作品賞」はじめ主要キャスト4名が演技賞候補入りし、計8部門9ノミネートされたノルウェー映画『センチメンタル・バリュー』(監督:ヨアキム・トリアー)は、ハリウッドに渡って数十年のキャリアを持つステラン・スカルスガルドの「助演男優賞」や、精緻を極めたエスキル・フォクト、ヨアキム・トリアーによる「脚本賞」などの受賞があって然るべきところだが、結果は「国際長編映画賞」の1部門に留まった。

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受賞の際、トリアーは壇上で作家ジェイムズ・ボールドウィンの一節「すべての大人はすべての子どもたちに対する責任がある」を引用し、反戦を訴えた。政治的表明は『アカデミー賞』授賞式においてしばしば物議の的となるスリリングな瞬間だが、2024年のアメリカ大統領選挙以後、ハリウッドは意識的に政治色を避けつつあり、この夜は非主要部門の外国勢に任せきりの印象だった。「戦争にNOを。そしてパレスチナに解放を」と発言した「国際長編映画賞」プレゼンターのハビエル・バルデム、「長編ドキュメンタリー賞」を受賞した『名もなき反逆者 ロシア 愛国教育の現場で』(監督:パーヴェル・タランキン、 デヴィッド・ボレンスタイン)の共同監督のデヴィッド・ボレンスタインらである(コナン・オブライエンやジミー・キンメルらの政治的ステートメントは通常営業の範囲)。

ヨアキム・トリアー / ©A.M.P.A.S.

左から、プリヤンカー・チョープラー、ハビエル・バルデム/ ©A.M.P.A.S.

ライアン・クーグラーと二人三脚で歩んだマイケル・B・ジョーダンの受賞に会場が湧く

授賞式のトップバッターを飾ったのは「助演女優賞」。前哨戦の結果が割れ、混戦と目されたが、最後に「俳優組合賞」を受賞し頭一つ抜け出た『WEAPONS/ウェポンズ』(監督:ザック・クレッガー)のエイミー・マディガンに賞が渡った。前回ノミネートされた『燃えてふたたび』(監督:バッド・ヨーキン / 1985年)以来、40年ぶりの候補入りはオスカー史上最長ブランクだという。長らく活躍の場を得られなかった名性格俳優の横には、やはりオスカー常連の夫エド・ハリスの姿が。1984年作『プレイス・イン・ザ・ハート』(監督:ロバート・ベントン)での共演以来、連れ添ってきたおしどり演技派夫婦であり、ハリスの万感に満ちた眼差しは感慨深かった。

https://youtu.be/8pCkbP1OvoQ?si=AHTsQOyVWU7lp8Ql

2人の姿を見て思い出したのが1998年、ハリスが『トゥルーマン・ショー』(監督:ピーター・ウィアー)で「助演男優賞」にノミネートされた第71回のこと。「名誉賞」を受賞するエリア・カザン(『エデンの東』などで知られる映画監督。2003年没)に場内がスタンディングオベーションを送る中、夫妻は断固として拍手を拒否した。赤狩りの時代、下院非米活動委員会に仲間の名前を売ったカザンのオスカー受賞は認められないと、当日は会場外でもデモが行われたという。

エイミー・マディガン / ©A.M.P.A.S.

賞レース全般に渡って受賞式を欠席し、キャンペーン活動を拒み続けてきたショーン・ペンに、『ワン・バトル・アフター・アナザー』で3つ目のオスカーが渡ったのは奇妙なハイライトだった。かねてより賞レース嫌いを公言してきた俳優はこの日、なんとウクライナ入りしていたという。場内は不在のペンの受賞に拍子抜けした様子で、プレゼンターのキーラン・カルキンも「ショーン・ペンは式に来られなかったのか、来たくなかったのかわかりませんが、代わりに受け取っておきます」といつもの軽口を叩いて進行を巻いた。

『ワン・バトル・アフター・アナザー』のショーン・ペン © 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED. IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema® is a registered trademark of Dolby Laboratories

今年、大きな歓声に包まれたのが「主演男優賞」。当初、有力視されていたティモシー・シャラメは前年の『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(監督:ジェームズ・マンゴールド)に続き、2年連続のノミネート。ところが直前に発表された「俳優組合賞」で『罪人たち』のマイケル・B・ジョーダンが抜き去り、そのままオスカーに輝いた。『罪人たち』監督であるライアン・クーグラーの長編デビュー作『フルートベール駅で』(2013年)の主演で注目された後、『ロッキー』シリーズのスピンオフ『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年)で共にメインストリームへと躍り出たスター俳優だ。

左から、マイケル・B・ジョーダン、ライアン・クーグラー / ©A.M.P.A.S.

対象作では1人2人役で双子を妙演、これまでにない芝居の巧さを見せた。次回作はスティーブ・マックイーン主演の名作『華麗なる賭け』(監督:ノーマン・ジュイソン / 1968年)のリメイクで監督・主演を兼任する予定だという。そんな彼は、スピーチでシドニー・ポワチエ、デンゼル・ワシントンらオスカー受賞の先人たちの名前を挙げ、さらなる飛躍を決意していた。

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賞レース中、最も鉄板と言われていたのが「主演女優賞」。下馬評通り『ハムネット』(監督:クロエ・ジャオ)のジェシー・バックリーが受賞した。2021年の『ロスト・ドーター』で「助演女優賞」にノミネートされて以来2度目の候補。スピーチでは8カ月前に出産したことを明らかにしており、シェイクスピアの妻にして幼子を亡くす母親役のインスピレーションが、賞レース期間中も脈々と受け継がれていたことを感じさせた。クイと上がった口角に喜怒哀楽を込める個性派。日本では『ハムネット』と同月に主演作『ザ・ブライド!』(監督:マギー・ギレンホール)の公開も控えており、ますますの活躍が期待される。

ジェシー・バックリー / ©A.M.P.A.S.

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