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「自尊心が揺らぐから人は悩む」 犬山紙子に聞く、きれいごとと人生相談の意義

2026.3.23

#BOOK

2015年に発表された『言ってはいけないクソバイス』という本がある。エッセイストの犬山紙子が、SNSなどでさまざまな体験談を募集して書き上げたものだ。

前書きによるとクソバイスとは「求めていないのに繰り出される、クソみたいなアドバイス(上から目線で持論を押し付ける行為)」のこと。「仕事ばかりしていると婚期逃すよ」、「酒豪の女はモテない」、「才能は10代で輝かないともう無理」など、ゲンナリするクソバイスがオンパレードで収録されている。リアルタイムで読んでいた私は「うわあ、こういうこと言う人いるよな……」と頷きまくった。これが人生相談、ひいてはコミュニケーション全般における暴力性を認識した最初だったと思う。

この当時に比べれば、クソバイスを言う人もずいぶん減った、はず。おそらく減った。減ったよね? なんだか不安になってきた。ここでクソバイスをめぐる状況を、一度確認しておく必要があるんじゃないだろうか。

犬山さん、10年たってクソバイスはどうなりましたか?

言い返せないモヤモヤから生まれたクソバイス

ークソバイスという言葉はどういった経緯で生まれたんですか?

犬山:その頃、『SPA!』で「痛男!」(イタメン)という酷い名前の連載をしてたんです。男性から受けた痛い言動をまとめたコラムだったんですけど、続けていくうちにアラサーの女性たちがめちゃくちゃ男性から上から目線のアドバイスをされていることがわかったんですね。

今から15年ほど前ですから、「早く結婚しないと」、「子どもを産むタイムリミットが」というようなことがカジュアルに言われていましたし、女性側が「私、何も知らなくてヤバいんです」みたいなことを言うことで自分を下げるようなテクニックを使って男性を接待するような場面もありました。

犬山紙子(いぬやま かみこ)
仙台のファッションカルチャー誌の編集者を経て、家庭の事情で退職。20代を難病の母親の介護をしながら過ごす。2011年、女友達の恋愛模様をイラストとエッセイで書き始めたところネット上で話題になり、マガジンハウスからブログ本を出版しデビュー。現在はTV、ラジオ、雑誌、Webなどで活動中。2014年に結婚、2017年に第一子となる長女を出産してから、児童虐待問題に声を上げるタレントチーム「こどものいのちはこどものもの」の立ち上げ、社会的養護を必要とするこどもたちにクラウドファンディングで支援を届けるプログラム「こどもギフト」メンバーとしても活動中。新著『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』では、母娘関係、性教育、ジェンダー、SNSとの付き合い方、外見コンプレックス、いじめ、ダイエットなど子育ての不安を専門家へ取材。

犬山:でも、こっちが何も聞いてないのに「その歳で彼氏いないの? ヤバいね」なんて言われても、なかなか言い返せなくて。「君のためを思って」が枕詞になっているし、ここで噛み付いたら私の方が悪者になっちゃう気がして。言い返せない自分にすごくモヤモヤしてたんですね。

連載でこういった気持ちを書くうちに「これってアドバイスのていのクソ、クソバイスじゃん!」と思い命名。コラムで使ってたらネット上でもすぐ浸透して、やっぱりみんなクソバイスにイライラしてるんだなと。じゃあクソバイスのエピソードを集めて本を作ろうという、そんな流れです。

ー今でこそマンスプレイニングやマイクロアグレッションという概念もよく知られるようになりましたが、当時はまだ一般的ではなかったですよね。

犬山:私もまだフェミニズムには触れていなかったですし、そういう言葉も不勉強で知らなかったんですね。

でも、マンスプレイニングは女性が男性から受けるものですけど、クソバイスは男性も受けているんですよね。同性の上司からとか、女性からもあるでしょうし。私がクソバイスという言葉を思いついたきっかけはジェンダーとすごく関係があるんですけど、結果的にジェンダー関係なく使える言葉になったと思います。

ー結婚、出産、育児などに関するクソバイスは、女性が女性に言うこともあるんですよね。「私も苦労してきたから言うけど」というような。

犬山:ありますね。最近は自分が抱えた痛みを次世代に引き継ぎたくないという方も増えているので、素晴らしいと思いつつ、なくなったわけではないと思います。いろんな場で、そういった意識の格差が開いているのを感じますね。

ー『言ってはいけないクソバイス』を読み返すと「人前で豚骨のカップラーメンを食べるのは女子力が低い」と言われたエピソードが載っていて面食らいました。「女子力って久しぶりに目にしたな」と隔世の感があるんですが、今でもあるところにはあるという。

犬山:全然あります。そういうことに気をつけている場では本当に減りましたけど、そのゾーンから一歩出ればいくらでも残ってます。例えば、結婚した後に義両親からいろいろ言われて困ってる友達もいますし。世代の差はありますよね。あとは、知識として「言ってはいけない」とは知っているけど、「そんなこといったら何も言えない」って開き直るパターンも。

弱音と自己責任論

ー当時、クソバイスエピソードを集めたら、約8割が女性からだったそうですね。

犬山:私の読者に女性が多かったというのが大きいとは思うんですけど、クソバイスにうんざりしてるのはほぼ女性でした。これは私の主観ですが、女性の方が「男性より感情的で論理的な思考ができない」というポジションに置かれがちなんですよね。そもそもその発想こそが論理的じゃないのですが。また、男性の前で知っていることも知らないふりをしなければいけない空気だとか。

ー「知らなかった! すごーい!」という感じのサービストークをしないといけない。

犬山:私もいまだにやりそうになってびっくりするんですよ。「私、まだこれやるんだ?」みたいな瞬間が全然ある。ただ男性は男性で、クソバイスされたモヤモヤを表に出すと「弱さ」として判断されちゃうから言いづらいという環境はあると思います。自己責任論で「自分が悪いから」と気持ちを押し込めちゃう男性が多いのかなと。

ー弱音を吐けない男性は多そうです。

犬山:「弱音を吐いてもしょうがない、共感されてもしょうがない」という諦めがある気がしますね。

ー弱音はどんどん吐いた方がいいのに。

犬山:おっしゃる通り。つるちゃん(※)も私だけしか言う相手がいないと、私と険悪になった時に誰にも言えなくなるし、私が毎回良い対応ができるわけでもなく。だから男友達と会ったり話したりしているのはパートナーとしてもありがたく見ています。

※犬山のパートナー、劔樹人。漫画家、バンド「LOLOET」のベーシスト。

ー確かに、精神的な逃げ道はいくらあってもいいですもんね。

犬山:そう。つるちゃんが友達の弱音も聞けたら素晴らしいじゃないですか。私は信頼してる友達にはめっちゃ話すんですよ。子育てを始めて以来、一緒にご飯に行くことは月に1、2回に減りましたけど、その代わりLINEがすごい。仲良し4人組のLINEグループは、気づくと300件くらい通知が溜まってます(笑)。しんどいことがあったら、友達しか見ていないXのアカウントに書き込むこともありますし。それにいいねをもらうくらいが楽な話題もありますしね。無意識に使い分けてるのかもしれない。

温泉のようなコミュニティを育てる

ー意識の格差が広がっているのは、とても重要な問題ですよね。犬山さんの本などを読んで自分が感じる辛さが何なのかわかっても、周りとは共有できない状況なのであれば、さらに辛さが増すような気もします。

犬山:それこそ相談もできないですもんね。でも、構造を知っておいた方がいいと思うんです。原因がわからない不安や恐れを抱いていると、それこそ陰謀論とかにハマってしまう可能性もあるんじゃないかと。悩みを持つことは誰しもあって、それ自体は悪いことじゃないですけど、悩みを抱えて孤立することと、悩んでいる自分を責めてしまうことは怖いと思います。この悩みは社会の構造に起因するんだなとわかれば、自分を責めることはなくなりますよね。「真っ当なモヤモヤ」として心の中でラベリングできるようになる。そうなると、友人ともシェアしやすくなると思うんです。

ただ、友達ってそういう話をできる関係ばかりじゃないですよね。趣味だけで繋がっていることも多いし。お互いのことをちゃんと尊重できるかどうかを見極めることが大切ですよね。意を決して打ち明けた時に「それはあんたも悪いんじゃない?」みたいに喧嘩両成敗で片付けられたら、もっと辛くなっちゃうので。

ーセクハラに対して「短いスカートを履いてた方も悪い」と言うような。

犬山:そうそうそう。そういうリアクションはないだろうという信頼関係は大事ですよね。私は「温泉友達」って呼んでるんです。一緒にいると温泉に浸かっているような感覚になれる友達。もちろん他人同士なので、100%理解しているかはわからないんですが、自分一人のアクションではどうにもできないような痛みをその友達と共有することで孤独にならないし、自分を責めることもなくなるので。

ー温泉友達のコミュニティを持っていない人でも、信頼できそうな友達の悩みを「大変だったね」と聞くようにするとか、自分から働きかけることでちょっとずつ温泉状態を育てていくこともできそうですね。

犬山:私は温泉に入れてもらった側なんです。本心から相手に「大好きだよ」と言える友達がいて、その子に引っ張られてみんなも「好き」って言い合えるようになって。言葉にしているから、お互いに確固たるリスペクトと愛があることに疑いがないんですよ。そうなると、安全基地になるから、弱い部分をさらけ出しても自分が不当に責められることがないと安心できる。その友人にはずっと感謝してるんですけど、そういう関係性は自分からでも作れると思うんですよね。条件付きではない愛情を相手に手渡すという意味で子育てにも近いと思います。それが温泉関係を作っていくんですよね。

ー男性同士のコミュニティだと、言葉で愛情を示すのに抵抗がある人も多そうです。

犬山:「愛してる」は難しくても「リスペクトしてる」は言えるんじゃないですか? 何か相手がやったことに対して「それいいね」とまめにリアクションするコミュニティは作れると思うんですよね。

ー確かに。最近、些細なことでも「あー、楽しいなあ」と口に出してるおじさんがいると場が朗らかになることに気づいて、実践するようにしてます。

犬山:素敵ですね(笑)。おじさんって本人に自覚がなくても権力を持ってしまうものだからこそ、ご機嫌なおじさんはいいですよね。私もご機嫌なおばさんになりたいです。

近著『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』での変化

ー『言ってはいけないクソバイス』には、各エピソードの終わりに言い返すための文言「クソバイス返し」が載っています。もし今犬山さんがこの本を作るとしたら、クソバイス返しで反撃するのとは違うコンセプトにするような気がするんですが、いかがでしょう?

犬山:本に書いたようなことを実際に言い返すのは難しいと思うんですよね。あれは、心の中の田嶋陽子さんに正論を言ってもらってスッキリしようみたいな感覚だったんですけど(笑)。今だったら、心をどうリカバリーするかに重きを置くと思います。ノーガードでクソバイスを受けると、自責させられますから。出来事を俯瞰で見て自尊心を保つためにはどうすればいいか、心理学の先生とかいろんな人に話を聞きにいくんじゃないかな。なぜクソバイスが生まれてしまうのかと言う構造についても考えて、章を設けるでしょうし。あと、女性だけの本ではないので、男性の声ももっと聞きたいですね。

ー『言ってはいけないクソバイス』の頃より、近著『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』では専門家の話を聞くことの比重が増えていますよね。

犬山:それは分野によって何が良いか変わるかもしれません。いろんな人の体験談を聞くことも、専門家の話もどっちもすごく大事だと思っているんですけど、これまで研究者が積み重ねてきた知見を無視するのは違うなと。私がない知恵を振り絞って机の上で2週間かけて考えたことも、専門家に聞けば1分で「そうか!」とわかることもある。この「そうか!」を自分に落とし込んで、周りの友達とか読者の方々にどう伝えるかを考えるのが私のやることだと思うので。

ー私たちが人生相談を受ける時は、素人の立場から答えることがほとんどだと思うんですよね。軽々しく素人診断してはいけないのは当然としても、全て「専門家に聞いてください」では相談に答えたことにならないし、専門家の知見をもとに自分なりの意見を言うというバランスが大事なんだなと。

犬山:人生相談って、つい魔法の言葉を探そうとしちゃうじゃないですか。相談された側は「その一言で楽になりました」って言ってほしい欲が出ちゃう。でも、その欲は絶対に捨てなくちゃいけない。人の相談を踏み台にして気持ちよくなったらダメなんですよね。

何で素人に相談するのかというと、「ねえねえ、ちょっと聞いてよ」ってことだと思うんです。カウンセリングしてほしいわけじゃなくて、まずは否定せずに話を聞いたいんじゃないかな。その話に対して、「私はこんなことがあったよ」と自分の例なんかを持ち出して労りあって。悩みは解決しなくても視界は広くなりますよね。まずはそれくらいでいい気がするんです。相手が解決法を知りたがっていたら、それこそプロに頼ることを薦めますし。

常識の押し付けで孤立させていないか

ー『言ってはいけないクソバイス』の後書きにも「相手を心配し、事情を丁寧に聞き、そこから生まれるアドバイスをするときは気持ち良くなんかないはずです」と書かれています。

犬山:そうそう、全然気持ちよくないですよ(笑)。相談に乗る方も、同じくらい苦しいですから。

ー「自分が気持ちよくなっていないか」は、相談に乗る時は常に自問自答しないと危ないですね。

犬山:「いいこと言ってやった!」みたいな瞬間は、本当にダメですね。

ー最初は気をつけていても、いつの間にか気持ちよくなっちゃったり……。

犬山:「あれ、私のターン長いな?」っていう(笑)。気持ちよくなっちゃった相談ほど、相手が自分のアドバイス通りにしないとイラッとするんですよ。「あんな男やめとけって言ったじゃん!」みたいな。例えば、明らかに別れた方がいいモラハラパートナーであっても「今すぐ別れなよ」って言ってしまうのはあまり良くないと、最近まで知らなかったんですよね。

ー暴力を受けているような場合でもですか?

犬山:緊急保護しなくちゃいけない時は通報するなり然るべき機関に繋ぐことが大切ですが、そうではない場合「別れなよ」って言ってもDV被害にあっている人は環境的にそんなことすぐできないんですよ。そもそも洗脳されて自分が悪いと思わされているパターンも多々あるし、報復が怖くて逃げられない、逃げた後の生活、自分の仕事や住む場所、子供がいれば子供の学校もどうなるかもわからない。そこをすっ飛ばして第三者が「別れなよ」と言うのは、言う方は気持ちが良いけれど、言われた側は責められたような気になって再度頼りにくくなる。「別れろって言ったじゃん!」って責めてきそうな人にはもう相談できないじゃないですか。だから、そういうときは否定せず話を聞きながら、専門家に繋げるようにしています。友人としてできるのは、相談に乗る門戸を開いておくことと、専門家につなげるよう働きかけることなのかなと思っています。

私もやっぱり心配だから、ついつい相手の事情をすっ飛ばしてこういうことを言っちゃうこともあるし、それの全てが悪いと言うわけではないと思うんですけど、多分一生後悔しながら考え続けるんだろうなと思います。

ー「そんな会社辞めちゃいなよ」とか「今すぐ地元を出た方がいい」とか、常識に照らせばそうなんだけど、そうできないから困ってるんだよ、と。

犬山:意を決して相談したのにそう言われるのなら、もうしないでおこうと思っちゃうかもしれない。もしそうなったら、相談してくれた人が孤立するのが怖いですよね。

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