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映画『F1®/エフワン』レビュー カーレース映画史を塗り替える臨場感への音楽の貢献

2025.6.27

#MOVIE

『トップガン マーヴェリック』のジョセフ・コシンスキー監督が、ブラッド・ピット主演で、モータースポーツの頂点を描いた王道エンターテイメント作、映画『F1®/エフワン』が6月27日(金)より公開されている。

劇伴音楽を担当したのは、先日の来日公演も話題になったハンス・ジマー。『パイレーツ・オブ・カリビアン』『バックドラフト』(=『料理の鉄人』)などのテーマでおなじみの名手だ。また、ドン・トリバー feat. ドージャ・キャット、エド・シーラン、ロゼらによる、この映画のために作られた新曲もふんだんに使用されている。

本作と音楽の関係を考えてみると、「自動車と音楽」の関係も見えてきた。連載「その選曲が、映画をつくる」第27回。

※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

カーレース映画史を塗り替える映像体験

F1®。エフワン。その名を発音するだけで、自動車文化に少しでも関心を持つ者ならば、曰くいい難いスリルと畏敬の念が湧き上がってくるのを感じるだろう。名実ともに自動車レースの頂点に位置する存在として、長年にわたって国際的な人気を誇ってきたF1®は、多くの者達を熱狂させる巨大エンターテイメントでありながら、同時に、信じがたいほどの過酷さを伴う求道的なスポーツだと目されてきた。数々のスタードライバーが、決して忘れがたい場面を(ときに自らの命すら引き換えにする悲劇とともに)生み出してきた一方で、各種エンジニアやピットクルー、車両メーカーやスポンサー等様々な人々が情熱と技術を傾ける、究極のチームスポーツとしても、多くの感動物語を紡いできた。

© 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

これまでにも、古くはジョン・フランケンハイマー監督の『グランプリ』をはじめとして、各年代の映画人がF1®に熱狂し、数々の名作を残してきた。しかし、猛スピードで駆け抜けるマシンをただカメラに映すだけでなく、それを一遍の映画として完成させるには、あまりに多くの制約が伴っていたのも事実だった。過去の「F1®映画」を観るとき、私達は心のどこかで、実際のF1®の観戦体験を、制作時点におけるできる限りのギミックを駆使して「それなりに」映像化してみたのがそれらの作品なのだと、割り切ってしまっていたのも確かだった。

今回公開された映画『F1®/エフワン』は、そうした過去の試みが到達しえなかった領域に思い切り深くまで突入してみせた、カーレース映画史を画する作品だといえる。監督を努めたのは、超大作『トップガン マーヴェリック』で同じくスカイバトル映画の歴史を塗り替えてみせたジョセフ・コシンスキーだ。とてつもないパワーを持つマシンの魅力と、そのマシンを通じて人間が体験することになる驚愕のスピード世界を描くにあたって、まさに適任中の適任というべき人物だ。

ジョセフ・コシンスキー監督 / © 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

あらすじを紹介しよう。1990年代にF1®ドライバーとして有数の実力を誇った男=ソニー・ヘイズ(ブラッド・ピット)は、ある大事故をきっかけに実戦から離脱し、ギャンブラーとして生活する傍ら、各種のレースへ雇われドライバーとして参加する日々を過ごしていた。そこへ、かつてのF1®時代のパートナー=ルーベン・セルバンテス(ハビエル・バルデム)が訪ねてくる。自身がオーナーを務めるF1®チーム=エイペックスがレースで連敗を重ね、存続の危機に瀕しているというのだ。ルーベンはソニーに、チームの専属ドライバーとしてF1®に復帰しないかと誘いにきたのだ。

誘いに応じ、イギリスのエイペックス本拠地に乗り込んだソニーだが、頑固者でときに不正ギリギリの戦略すら厭わない昔気質の彼は、才能はあるが経験未熟なチームの若手ドライバー=ジョシュア・ピアース(ダムソン・イドリス)や、テクニカルディレクターのケイト(ケリー・コンドン)等のチームメンバーと度々ぶつかり合う。それでも彼らは、世界各国で行われるシーズン中のレースを通じて、万年最下位の汚名を脱し、次第に好成績を収めるようになる。そして、ついに迎えた大一番。彼らは悲願の勝利を収めるべく、全チームの力を振り絞って戦いに挑むのだが――。

マシンを実際に運転しているのは……

まずは、これまでのレース映画では全く見たことのないようなスペクタクルに満ちた映像が全編にわたって展開される様に、何よりも驚かされる。通常、カーレースを題材とした映像作品においては、疾走するマシンを車外から様々なアングルで撮影した映像を主軸に、車体に取り付けられたカメラで撮られた素材を織り交ぜるという方法が常道であった。また、映画作品以外でも、レース中継番組などで、いわゆる「オンボードカメラ」視点の映像を見たことのある観客は多いだろうが、それらは基本的に、定点から車体前方を捉えるアングルに固定されているものだった。

今回の映画『F1®/エフワン』も、車外 / 車内のカメラをフル活用しているのは変わらないにせよ、そのアングルの多彩さや動きの面で、これまでとは全く異なった次元の映像世界を作りだすことに成功しているのだ。これらは、実際に疾走するマシンに多数装着された新開発の小型ハイスペックカメラによって実現したものだというが、端的に言って、まるで超スピードのマシンに同乗して辺りを見回しているかのような、素晴らしく劇的な効果を発揮している。自ら高性能な車両を駆ってサーキット走行を楽しんだことのある方、あるいはそこまでいかなくても、ハイスピードで駆け抜ける自動車の爽快感を体験したことのある方ならば、身体の奥底から湧き上がるようなあの時の興奮が、見事という以上のリアリティとともに映像化されている事実に、驚かないではいられないだろう。

© 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

それだけではない。猛スピードで疾走するマシンを実際に運転しているのが、ブラッド・ピット、ダムソン・イドリス自身であるという事実にも驚嘆させられる。しかも、劇中に登場するエイペックスチームの車両は、ダラーラ社製のF2マシンを、メルセデスAMGチームの協力の元F1®マシン仕様に改造したもので、スペック面でも本物のF1®車両に劣るわけではない一種のモンスターだ。ピットとイドリスの二人は、この車両をそれなりにコントロールできるようになるどころか、実際のレースが行われている場で撮影が行えるレベル――つまりプロレーサーに準ずる技術と運転時の負荷に耐える肉体のレベルまで達した上で撮影に臨んだというのだから、全くもって恐れ入る。シフトやハンドル、アクセル、ブレーキ等の操作法の習得はもちろん、実際のコースにおいてそれらを的確なタイミングで操るための応用的なトレーニングや、強烈な重力加速度(いわゆる「G」)に耐えるための走行訓練を数ヶ月かけて重ねたという。さらには、その猛訓練の成果を、脚本に書かれたセリフとともに、実際のグランプリの現場で限られた時間の中にNGを出さずに遂行するという、それ自体が離れ業というべきパフォーマンスを行っているのだから、輪をかけてすごい。そのような一見無謀ともいえるプロジェクトを、画策・調整・実行してみせた名プロデューサーのジェリー・ブラッカイマー以下、コシンスキー監督やスタッフのプロフェッショナリズムにも、脱帽というほかない。

ニューヨークのタイムズスクエアで行われた、本作のワールドプレミアに出席したブラッド・ピット / © 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

Led Zeppelinからドージャ・キャットまで、本作を彩るポップミュージック

プロフェッショナリズムの貫徹ぶりは、当然サウンド面にも反映されている。『デューン 砂の惑星 PART2』等の大作を手掛けてきた音響技師ガレス・ジョンによって、フォーミュラ1カーの凄まじいエンジン音やシフト操作音、レース会場の熱気に溢れる様子などが臨場感溢れるサウンドとして再構築され、観るものを否応なしに興奮させる。

音楽の配置も見事だ。前作『トップガン マーヴェリック』がそうだったように、エピローグ部のLed Zeppelin“Whole Lotta Love”や、Queenの“We Will Rock You”、Ratt“Round and Round”、ビリー・スクワイア“The Stroke”等、大音量のハードロック〜オールドロック系名曲が画面を彩る他、ドン・トリバー feat. ドージャ・キャット、エド・シーラン、テイト・マクレー、バーナ・ボーイ、ティエスト & セクシー・レッド、レイ、ドム・ドーラ、ロゼ、オボンジャイアール、ロディ・リッチ、マイケ・タワーズ、マディソン・ビアー、ペギー・グー、ポウサ、ミスター・イージー、ダーコら、ジャンルや地域を超えた数多くのポップスターが新たに楽曲を寄せている。

https://open.spotify.com/intl-ja/album/2HwRKkEp7jXbxXwcGyZYHK?si=-4uosJffTRGQw-oHqeAyLg

これらのトラックが入れ代わり立ち代わり現れ、劇中の緊張感と爽快感を維持する役目を果たしていると同時に、上述の「ダッドロック」曲やクリス・ステイプルトンやゲイリー・クラークJr.らによる無骨なルーツロック曲と、各種の最新型エレクトロニックミュージックの対比が、ソニーとジョシュアの世代ギャップや価値観の違いを巧みに表しているのに気付く。また、西アフリカからの移民3世(と推察される)ジョシュアの文化的なルーツを示すように、ナイジェリアやガーナ等のアーティストの楽曲が目立っているのも興味深い点だし、さらにいえば、世界中のコースを旅するF1®というスポーツの特質を示すように、ラテン〜アジア圏にルーツを持つアーティストのトラックが複数選ばれているのも聴き逃がせない点だ。

劇伴の巨匠が苦心した、音楽の「テンポ」

本作の音楽使用においてそうした部分以上に注目すべきは、音楽と映像がより美学的、根源的な次元でも見事な相互効果を生んでいるという点だろう。疾走するマシンと、そのマシンが切り裂くめくるめく風景の移り変わりと音楽の調和ぶりこそが、この映画を貫く「リズム」を形作っているのだ。その意味で、上記楽曲にもまして印象的な役割を担っているのが、ハンス・ジマーによるスコアだ。

ハンス・ジマー / “Hans Zimmer in 2022” by Raph_PH is licensed under CC BY 2.0.

ジマーは、これまで『トップガン マーヴェリック』等でもコシンスキーと見事な共同作業を行ってきた現代の巨匠だが、ここでも、エレクトロニクスとオーケストラをふんだんに用いて、機械的な律動感と人間的なダイナミクスが融合した見事なサウンドを作り出している。プロダクションノートに掲載されたジマーの発言を引用しよう。

「私は、オーケストラが“人間”で、エレクトロニクスが“機械”だと考えていました」

「レーシングカーには人間が乗っています。だから音楽でも、それを再現したかった。ルイス(・ハミルトン)(*)と実際に会話を重ね、あのマシンの中にいるときの感覚を聞いたことが、オーケストラの音や旋律の書き方、音楽に込めた優雅さ、美しさ、そして力強さに大きく影響しています」

*劇中にカメオ出演し、本作の製作にも名を連ねる実在のトップドライバー。本作には、彼の他にも多くのドライバーやクルー等が本人役で姿を見せている。

左からブラッド・ピット、ルイス・ハミルトン、 ダムソン・イドリス / © 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

彼がそう述べる通り、随所で聴かれるビート感の際立ったトラックは、一方では電子音による機械的な印象を、他方では壮麗なオーケストレーションによる人間的な感覚を併せ持っている。硬質な金属と弾性を湛えた肉体のぶつかり合いを想起させるそのサウンドは、まさに自動車を高速で駆る時の、畏怖と興奮の入り混じった感覚を呼び起こす。彼はこうも言う。

「映像と同調する音楽のテンポを考えるのに、延々と時間を費やしました」

「テンポが早すぎると映像が遅く見える。逆に遅すぎるとズレてしまう。だから映画全体に合うテンポを探し出しました。しかも、この映画はどのシーンもテンポを落とさないんです。セリフの場面ですら。ずっと脈打つような感覚が続いているんです」

「セリフの場面ですら」というジマーの指摘のわかりやい例は、映画前半にソニーがエイペックスの社屋を訪れ、チームのメンバーと皮肉交じりの応酬を行うシーンに確認できる。通常の会話のシーンでは考えられない頻度でカットバックが行われ、特有のリズムを生み出しているのがわかるだろう。この「リズム」を他場面でも持続し、いかにして観客の身体感覚へと敷衍し劇中を貫く律動へと引きずり込むかという課題は、上に語られる通り、何よりもジマーの見事な作曲によって達成されていると感じる。

反目し合っていたソニー(ブラッド・ピット)とジョシュア(ダムソン・イドリス)は、次第にお互いを認め合っていく / © 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

ジマーのスコアは、基本的な拍節構造としてはいわゆる「Four on the floor」=4つ打ち形式で展開していくのだが、そのシンプルなビートが、マシンのエンジンのサイクルやシフト操作のサウンド、さらには編集のリズムとジャストな同期感覚を導き出し、さらに別の場面では、シンコペーションやポリリズミックな構造をも形作っていく。その上で、電子音とストリングスを交えたアレンジが場面場面で見事な演出効果を発揮し、ハーモニーやダイナミクスの推移によって、登場人物の感情や情勢の変化をも引導していく。エレクトロニックミュージックとフィルムミュージックの両方を知り尽くした彼一流の仕事を、随所で味わうことができる格好だ。

なぜ私達は運転するとき、リズミックな音楽を好んで聴くのか

以下はちょっとした私見というか補足になるが、この映画のサウンドを「体感」している中で改めて思わされたのは、なぜ私達は自動車を運転するときに、リズミックな音楽を聴くのを好んでやまないのだろうかということだった。

もちろん、F1®の凄まじいスピード世界が、単なる車好きの一般ドライバーである私が普段体感している世界と全く隔絶したものであることは分かっているつもりだ。しかし、たとえモータースポーツの世界に普段縁がないとしても、自動車という機械構造物を駆って走り抜けるとき、何か調子の良い音楽がかかっているとその爽快感がいや増すことを否定する人は少ないだろう。その「爽快感」の背景には、おそらく私達人間が、煎じ詰めれば単なる機械でしかないはずの自動車の駆動音に、否応なく生命のリズムを重ね合わせてしまうという、音響心理学的な習性にあるのではないだろうか。もっと根源に迫った言い方をするならば、私達がなにがしかの律動的な音の連なりに、「拍節」という概念を見出してやまない――つまり、それを「音楽」という存在として認知してしまう習い性こそが、自動車の運転時における様々な音や風景の把握にも適応されているのだろう、ということだ。

ソニー(ブラッド・ピット)と、旧友でチームオーナーのルーベン(ハビエル・バルデム)の絆も見どころのひとつだ / © 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

表現を変えれば、自動車(という機械構造物)は、その宿命としてはじめから既に「音楽的」なのだ、といえるかもしれない。であれば、その自動車界のトップ・オブ・トップを占めるF1®という存在は、何にもまして「音楽的」だということになる。コシンスキー、ジマー以下本作のクルーたちは、鋭敏な直感力と卓越したプロフェッショナリズムによって、そのことを誰よりも深く理解していたのではないか。爆走するフォーミュラ1カーの姿と劇的なサウンドの饗宴が刻まれた本作、映画『F1®/エフワン』は、わたしたち観客を、「リズム」という概念の成り立ちの地点まで、ものすごいスピードで連れ去ってくれるのだ。

『F1®/エフワン』

2025年6月27日(金)全国公開
監督:ジョセフ・コシンスキー
出演:ブラッド・ピット、ダムソン・イドリス、ケリー・コンドン、ハビエル・バルデム
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
f1-movie.jp

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