映画『1975年のケルン・コンサート』が4月10日(金)より劇場公開となる。同作は、18歳の女性を主人公とした青春ドラマを通して、ジャズピアニスト=キース・ジャレットの代表的アルバムがどのように生まれたのかを描くという、少し変わった構造の作品となっている。評論家・柴崎祐二が解説する。連載「その選曲が、映画をつくる」第37回。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承ください。
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キース・ジャレットの代表作、その「神話」性
ピアニストのキース・ジャレットが1975年に発売したアルバム『ザ・ケルン・コンサート』は、ジャズ史のみならず、近現代の音楽史における金字塔として、長らく不動の高評価を得てきた作品である。史上最も多くの数を売り上げたピアノ作品と言われている同作こそは、即興演奏家としてのキース・ジャレットの天才性を見事に捉えた彼の代表作のひとつであり、同時に、名門ECMレコードの一局面を象徴するアルバムとして、古今東西のファンから深く愛されてきた。
しかし、そうした傑作が生まれた背景には、必ずしも順風満帆とは言えない難しい状況があったこともよく知られている。
ジャレットは、1960年代にチャールズ・ロイドのバンドで頭角を現し、その後「帝王」マイルス・デイヴィスのバンドにも加わるなど、1970年代以降のジャズの革新的な流れを担う若き先導者となっていた。だが、芸術的な妥協を断じて許さない彼の姿勢は、次第に商業的な色彩を強めていく主流シーンと距離を取ることに繋がり、創作上のみならず経済的にも自らを困難な状況に追い込むことになった。また、同時期には、ECMのプロデューサー=マンフレート・アイヒャーや北欧ミュージシャンたちとの邂逅もあり、結果として、多くの同時代のジャズミュージシャンと同じように、ヨーロッパでの演奏活動を本格化していくことになった。
『ザ・ケルン・コンサート』は、まさにそうした状況の中で制作された実況録音盤だった。ひょっとすると、現在に語り継がれる不朽の名盤なのだから、さぞ準備万端の状態で演奏に臨んだ作品だと思われるかもしれないが、実態は全く違っていた。ヨーロッパ各地を小型自動車で周り、行く先々で尋常でない集中力を必要とする即興演奏を行う日々を送っていたジャレットの心身は、連日の睡眠不足と疲労、更には椎間板ヘルニアの発作によって極限に近い状況に置かれていたのだ。しかも、会場となるケルン歌劇場に用意されていたピアノは、彼が事前に指定していた愛用モデルではなく、リハーサル用の小型モデルだった――。
以上のようなエピソードの数々は、ジャレットのファンならば一度は耳にしたことがあるだろう。私自身も、あのような鬼気迫る演奏が記録された『ザ・ケルン・コンサート』が、実のところ相当に困難な状況の中で記録されたという事実それ自体に、言いようのないロマンを抱いてきたところがある。長年のジャズファンたる私にとって『ザ・ケルン・コンサート』とは、そういう「神話」めいた存在であり続けてきた。だからこそ、簡単に「理解」することを拒む何かがあると感じ続けてきたのも、正直なところだ。

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主人公は若干18歳のプロモーター
そのケルン歌劇場公演から50年の月日を経て制作された映画『1975年のケルン・コンサート』は、まさにそうした「神話」の裏側を描き出そうとする、大変野心的な作品だといえる。あらすじを紹介しよう。
高校生のヴェラ(マラ・エムデ)は、いつものように友人とともにジャズクラブを訪れたある晩、イギリスのベテランサックス奏者ロニー・スコットと出会う。大胆にも彼はヴェラに、自身のヨーロッパツアーのブッキングを依頼する。厳格な父の監視をかわしながら一人ブッキングの仕事を始めたヴェラは、持ち前の度胸と行動力で、見る見るうちに地元ジャズシーンの中で名を上げていく。
そんなある日、『ベルリン・ジャズ・フェスティバル』でのキース・ジャレット(ジョン・マガロ)のソロ演奏を目の当たりにした彼女は、美しくも力強いその演奏に強い感銘を受け、地元ケルンで彼のソロ公演を企画しようと奮起する。会場は、それまでジャズの公演が行われたことのない権威あるホール=ケルン歌劇場だ。母からの援助でなんとか開催資金を手にした彼女は、自らの将来を賭けた背水の陣で当日の公演に挑むが、そこには思いもかけないトラブルが待ち受けていた――。
このあらすじから分かるように、第一にこの映画は、同コンサートが実のところ若干18歳の女性プロモーター=ヴェラ・ブランデスの手による興行だったという驚くべき事実を元にしている(私自身、不勉強ながらそうした事実を初めて本作で知った)。したがって、実在のミュージシャンを題材とした通常の伝記映画とは物語の視点からしてまったく異なっているわけだが、まさにその視点の取り方にこそ本作の最大の魅力があると感じる。つまり本作は、キース・ジャレットの伝説的ケルン歌劇場公演を最大のクライマックスとする一人の女性のビルドゥングスロマン(※)となっているのだ。
※ビルドゥングスロマン:主人公の内面の成長を描く物語の1ジャンル。成長譚。
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映画の「即興演奏的」な構造とプロット
話法的にも、通常の伝記映画とはかなり異なっている。ブランデスを主人公としたドラマをメインに、途中、キース・ジャレットとマンフレート・アイヒャーを軸とする長い物語が差し込まれている上、ときおり架空のジャズジャーナリスト=マイケル・ワッツによるドキュメンタリー風の解説が入る作りとなっているのだ。プロダクションノートによれば、このような構造を採用した背景には、映画の話法自体を定型的なものから離れて即興的かつ当意即妙的にすること、つまり、映画のモチーフであるジャズ、そしてジャレットの即興演奏のありようと重ね合わせるという意図があったようだ。

こう書くと、映画史に詳しい方であればジョン・カサヴェテスの初期作『アメリカの影』などの方法論を想起するかもしれない。たしかに、手持ちカメラを多用したクライマックス近くのスピーディーな撮影や、音楽の響きとインタープレイ的に連動していくカットの運動性など、「ジャズ的」と表現しても差し支えなさそうな技法が駆使されてはいる。だが、定石通り事前に脚本を練り込んで制作に臨んだという本作が目指したであろうところは、即興的要素を出発点としてそれを再構築していくカサヴェテスのような方法論とは当然異なっている。映画全体を貫くボルテージがクライマックスへと至る中でどんどんと上昇していく感じや、大トラブルに対してその場ごとの必死の解決策で応じていくプロット自体が、どこか「即興演奏的」に感じられる、といった方が実際の印象に近しい。
こうした「即興性」のアナロジーは、上のような技術的な次元よりも、むしろ本作が描こうとしているテーマとの重なり合いという視点から読み解いてみるべきかもしれない。そのような分析を展開するには、ひとまず当時のブランデスを取り囲んでいた社会情勢と、1970年代前半に至るまでの歴史的な背景を考えてみるのがいいだろう。

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カウンターカルチャー隆盛後の西ドイツ
ブランデスが青春時代過ごしていた1970年代、より厳密にいうと、1960年代末から1970年代前半というのは、様々な意味での「若者の反乱」が巻き起こった時代だった。アメリカではベトナム戦争反対運動が大きな盛り上がりを迎え、新たな価値観とライフスタイルを実践するヒッピー文化が栄え、ロックミュージックに象徴される様々な文化的な革新が巻き起こった。ヨーロッパでは、1968年5月のパリにおける「革命」を象徴的な出来事として、北米同様ベビーブーマー世代の若者達による大規模な反乱が吹き荒れた。
そして、当然ながらそれらの運動は、既存の価値観への抵抗と権威への反抗を伴っていた。彼らの親世代が奉じてきた旧弊な価値観や社会常識は真っ向から挑戦を受け、世代間の対立はかつてないほど高まっていった。そのような時代の変革には、当然ながら女性の権利主張やマイノリティのアイデンティティ獲得といったトピックも密接に関係していた。その当時の西ドイツでも、議会外反対派の存在やコミューン運動、アンダーグラウンド出版、実験的ロックミュージックや電子音楽の爆発、家族規範への反抗などが広範なムーブメントとして展開され、様々な実践を生み出していった。

1956年生まれのブランデスは、まさにそうした広義の「カウンターカルチャー」が隆盛した直後にやってきた世代だった。より正確に言うと、上の世代の反抗的精神をはじめから内在し、それをときに自覚的に対象化しながら実践していった世代にあたる。1970年代以降は、反権威主義的な政治運動の沈静化が世界的に観察された時期でもあったが、その一方で、より実践的かつ生活実態に密着した試みが各分野で蓄積されていった時期でもあった。劇中で描かれるように、あからさまに政治的な言説を繰り返す友人のイザや、彼ら周辺の交友関係は、まさにそうした西ドイツ若者文化の一局面を活写したものだといえる。
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物語を彩るクラウトロックとジャズ
こうした歴史的な展開を描き出す背景装置として、やはり大きな演出効果を発揮しているのが、ポップミュージックの存在だ。
ただ、許諾が得られなかったという事情から、本作内ではキース・ジャレット本人の演奏音源は一切使われていないということを先に述べておかねばならない。普通ならば、特定のミュージシャンを題材とする音楽映画にとってこれは致命的な障壁となるはずだが、本作では結果としてその「不在」がうまく機能しているように感じられる。その穴埋めをするように、というわけでもないかもしれないが、要所要所で流れる既存音源の数々が、実によい効果を発揮しているのだ。
まず、先述した「カウンターカルチャー」以後の空気を瞬時に立ち上げる存在として何より印象的な役割を担っているのが、いわゆる「クラウトロック」と呼ばれるドイツ産ロックミュージック――CANの“Mother Sky”、NEU!の“Hallogallo”などだ。
イザが、CANのバンド名の由来を「Communism(共産主義)」、「Anarchism(無政府主義)」、「Nihilism(虚無主義)」の頭文字を並べたものだと説明する下りをはじめ、これら一連のバンドの音楽が使用された箇所は、反復的かつ陶酔的なそのサウンドが当時の一部若者たちに対して持っていたであろう政治的な意味合いを、強く訴えかけることに成功している。中でも、地元ケルンの急進的な演劇学生を中心に結成されたFloh de Cologneによる“Sei ruhig, Fliessbandbaby”の存在感は強烈だ。権威主義的な家父長と彼に対立する子供のダイアログ形式を取るこの小曲は、まさに劇中におけるブランデスたちの気分をそのまま代弁するような存在として用いられている。
では、ジャズはどうか。言うまでもなく、随所に用いられている。マイルス・デイヴィスの実際の演奏記録映像をはじめ、カーメン・マクレエが歌う“Inside a Silent Tear”や、クライマックスを飾るニーナ・シモン(ここにフェミニズムの思想が含意されているのは明らかだろう)の“To Love Somebody”、さらにはジャレットの生演奏を模した(その勇気に敬意を表したい)スイスのピアニスト=ステファン・ルスコーニの独奏など、様々な演奏音声が使用されており、ジャズファンならばいちいち盛り上がらざるをえないだろう。
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「ジャズ史のお勉強」パートは、なぜ必要だったのか
その中で、個人的に最も興味を引かれたのが、先述した架空のジャーナリスト=マイケル・ワッツがジャズの歴史を簡単に説明するドキュメンタリー(風の)パートだ。彼はまず、カウント・ベイシー・オーケストラの“Jumpin’ At The Woodside”の演奏を紹介し、バンドリーダーによってあらかじめ決められた編曲、そして長さの決まったソロを披露するビッグバンドジャズからの歴史的変遷を説明していく。スモールコンボ化を経たビバップのスタンダード再解釈からポストバップ〜フリーへ……という説明は、まさにジャズの教科書通りといったところだが、その分初心者にもわかりやすい内容となっていると言えるだろう。そして、このような説明が挟み込まれることで、アンサンブルを排した単独の完全即興演奏を行うキース・ジャレットが、歴史的に見てどれだけ革新的な存在だったかということが、即座に理解できる仕組みになっているのだ。

素朴な見方をすれば、この文字通り説明的なパートは、劇映画としては不要にも感じられる。しかし私は、本作が提示しようとしている最も重要なテーマにとって、ぜひとも必要なパートだと感じた。
どういうことか。つまり、ここで語られているジャズの歴史が、そのまま20世紀文化とサブカルチャーの精神史的なアナロジーになっているのではないか、ということだ。当然、そうした読みはあまりに単線的であること、さらにはビッグバンドジャズ(以前の実践)があたかも「保守的」な存在であったかのような重大なミスリードを誘う危険性があることは、先に指摘しておかねばならない。だが、おそらく監督のイド・フルークら制作陣は、そのような危険を承知した上でもなお、20世紀後半に現れた新世代の女性たちが、様々な「決まりごと」や「フレーム」を掻い潜りながら、一個の実存的存在として「個人的=政治的」に、かつ「即興的」に生き抜くことを要求され、なおかつそれを主体的に実践しようとした様を、ジャズの歴史の(当時の)先端に位置するキース・ジャレットの誇り高き独奏のありように重ね合わせようとしたのではないか……? 私にはどうもそう思われるのだ。
※その意味では、終盤部に「古い」ジャズの巨匠であるデューク・エリントンの含蓄に富んだインタビュー映像が挿入されるのは、そうした「危うさ」へ収斂してしまうことへの牽制と読むこともできる。また、ジャレットの即興演奏との対立軸で捉えられるべきは、むしろ劇中で上演されているアルバン・ベルクのオペラ『ルル』に代表される20世紀前半のクラシック音楽〜現代音楽なのかもしれないが、その『ルル』自体がそれ以前のオペラにくらべきわめて先鋭的だったという事実に照らすと、これもまた一概には言えなくなりそうだ。
