「ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)はどんなアーティストなのか」という問いを投げられたとしたら、僕はうまく答えられる気がしない。言うまでもなくノラは“Don’t Know Why”の人ではあるのだが、それは最初期だけの話。その後、発表された作品群を聴いてみると、似たようなものがほとんどない。それぞれがその音楽性だけでなく、サウンドの質感なども含めて、いちいち異なっている。そのうえ、そこに傾向があるようにも思えない。プロデューサーやコラボレーターだって様々な人が起用されていて、その共演者に合わせて、大胆に変化もしている。それはノラのソロ作にも言えるし、The Little WilliesやPuss N Bootsなどのプロジェクトでも同様だ。おそらくノラは常に「そのときの自分」を表現してきた。それはまるでその時期のスナップショットのようなものにも思える。
しかも、そのときどきのノラの作品には一筋縄ではいかないひねりが必ずある。ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)と共演し、デューク・エリントン(Duke Ellington)やホレス・シルヴァー(Horace Silver)の名曲をカバーした『Day Breaks』だって、単純なジャズ回帰で捉えられるものではなかった。ノラの中のジャズ成分がかなり多めに聴こえてはいたが、大胆にエフェクトを使ったり、ミックスを施した曲もあり、簡単に説明できるものではなかった。ノラの作品はいつだって、カテゴライズを拒み、言葉で捉えようとするとすり抜けていく。
2024年の新作『Visions』もこれまでのノラのどの作品とも異なっていて、捉えどころがなく、同時にノラ・ジョーンズらしさに溢れている。今回、取材のハードルが高いことで知られるノラ・ジョーンズ本人にじっくり話を聞けるチャンスが奇跡的に転がり込んできた。せっかくの機会に僕はノラの音楽の謎めいた部分について、つまり、ノラがどんな思いで、どんな姿勢でアルバムを制作しているのかを、『Visions』に沿ってまっすぐに質問してみた。ノラはとても誠実に、すごく真っすぐに、飾らない言葉で答えてくれた。
INDEX
リオン・マイケルズとの共同作業は、すごく楽しかった
―『Visions』の創作が始まった瞬間の話を聞かせてください。
ノラ:2020年にリオン・マイケルズ(Leon Michels)に「一緒に曲を作らない?」って聞いたんです。以前に私のアルバムでサックスを吹いてもらっていて、お互い知り合いではあったから。
2021年に“Can You Believe”という曲を一緒にレコーディングして、それから一緒にクリスマスアルバムを作ろうと依頼して、1年間ぐらい一緒に仕事をしました。クリスマスアルバム『I Dream Of Christmas』が完成してから、「さらに一緒に仕事を続けて、普通のアルバムだったらどんなものができるかやってみないか」って提案してみたんです。
実際にやりだしたのは、2022年の始めぐらいだったかな。といっても、1ヶ月に1、2回、数時間一緒に取り組んだだけだったけど、それはそれでとても楽しかった。そうやって1年半ぐらい断続的にレコーディングしました。
―『Visions』を作り始めたころ、青写真はありましたか?
ノラ:いや、なかったと思うな。先に方向性を決めるというよりは、このアルバムはどんな方向性になってもありだと思っていました。最初に一緒に作った“Can You Believe”をけっこう気に入っていたし、クリスマスアルバムを一緒に作って、お互いがどういう風に仕事をしていくのかは把握していたから。リオンと一緒に試してみたい曲のアイディアは少しあったけど、どんなサウンドになるかは想像していなかったですね。
―『Visions』のプロデューサーにリオン・マイケルズを起用した経緯を聞かせて下さい。
ノラ:彼は2016年と2018年の私のアルバムで数回サックスを吹いてくれていました。でも、実は彼のことはあまりよく知らなかったんです。その後、たまたま彼のバンドEl Michels Affairを聴く機会があって、すごくいい音楽だった。最初は気が付かなかったけど、「あー、これリオンなんだ! この人知ってるじゃん」って(笑)。それで、彼が優れたプロデューサーなんだと知って、一緒に曲を作ったら楽しいかなと思ったんです。最初は1曲のはずだったのがクリスマスアルバムに発展して、アルバムがあまりにも楽しかったから「もっと彼と仕事をしたい」と思うようになった感じかな。
―リオンの音楽のどんなところが好きだったんですか?
ノラ:うまく説明ができないけど、メロディアスだし、とにかく気分が良くなる音楽だと思ったんです。
―制作のプロセスにおいて、前作『I Dream Of Christmas』と今作『Visions』の違いはありますか?
ノラ:プロセスに違いがあったかは正直わからないけど、お互いにだんだん、一緒にやることが心地良くなっていっていた。お互いのことをより理解したり、音楽的な強みがどんなところにあるのかわかってきたんだと思います。それを活かしていった感じかな。
アルバムの7割ぐらいの曲は、私とリオンの二人でレコーディングしました。スタジオの中で、いろいろな楽器を演奏して、一緒に作業していくうちに楽曲が出来上がっていったんです。それがすごく楽しかった。とてもいいプロセスだったと思います。