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ノラ・ジョーンズ、音楽づくりを語る「その瞬間の感覚を捉えたい」

2024.5.10

#MUSIC

「ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)はどんなアーティストなのか」という問いを投げられたとしたら、僕はうまく答えられる気がしない。言うまでもなくノラは“Don’t Know Why”の人ではあるのだが、それは最初期だけの話。その後、発表された作品群を聴いてみると、似たようなものがほとんどない。それぞれがその音楽性だけでなく、サウンドの質感なども含めて、いちいち異なっている。そのうえ、そこに傾向があるようにも思えない。プロデューサーやコラボレーターだって様々な人が起用されていて、その共演者に合わせて、大胆に変化もしている。それはノラのソロ作にも言えるし、The Little WilliesやPuss N Bootsなどのプロジェクトでも同様だ。おそらくノラは常に「そのときの自分」を表現してきた。それはまるでその時期のスナップショットのようなものにも思える。

しかも、そのときどきのノラの作品には一筋縄ではいかないひねりが必ずある。ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)と共演し、デューク・エリントン(Duke Ellington)やホレス・シルヴァー(Horace Silver)の名曲をカバーした『Day Breaks』だって、単純なジャズ回帰で捉えられるものではなかった。ノラの中のジャズ成分がかなり多めに聴こえてはいたが、大胆にエフェクトを使ったり、ミックスを施した曲もあり、簡単に説明できるものではなかった。ノラの作品はいつだって、カテゴライズを拒み、言葉で捉えようとするとすり抜けていく。

2024年の新作『Visions』もこれまでのノラのどの作品とも異なっていて、捉えどころがなく、同時にノラ・ジョーンズらしさに溢れている。今回、取材のハードルが高いことで知られるノラ・ジョーンズ本人にじっくり話を聞けるチャンスが奇跡的に転がり込んできた。せっかくの機会に僕はノラの音楽の謎めいた部分について、つまり、ノラがどんな思いで、どんな姿勢でアルバムを制作しているのかを、『Visions』に沿ってまっすぐに質問してみた。ノラはとても誠実に、すごく真っすぐに、飾らない言葉で答えてくれた。

リオン・マイケルズとの共同作業は、すごく楽しかった

―『Visions』の創作が始まった瞬間の話を聞かせてください。

ノラ:2020年にリオン・マイケルズ(Leon Michels)に「一緒に曲を作らない?」って聞いたんです。以前に私のアルバムでサックスを吹いてもらっていて、お互い知り合いではあったから。

2021年に“Can You Believe”という曲を一緒にレコーディングして、それから一緒にクリスマスアルバムを作ろうと依頼して、1年間ぐらい一緒に仕事をしました。クリスマスアルバム『I Dream Of Christmas』が完成してから、「さらに一緒に仕事を続けて、普通のアルバムだったらどんなものができるかやってみないか」って提案してみたんです。

実際にやりだしたのは、2022年の始めぐらいだったかな。といっても、1ヶ月に1、2回、数時間一緒に取り組んだだけだったけど、それはそれでとても楽しかった。そうやって1年半ぐらい断続的にレコーディングしました。

―『Visions』を作り始めたころ、青写真はありましたか?

ノラ:いや、なかったと思うな。先に方向性を決めるというよりは、このアルバムはどんな方向性になってもありだと思っていました。最初に一緒に作った“Can You Believe”をけっこう気に入っていたし、クリスマスアルバムを一緒に作って、お互いがどういう風に仕事をしていくのかは把握していたから。リオンと一緒に試してみたい曲のアイディアは少しあったけど、どんなサウンドになるかは想像していなかったですね。

ノラ・ジョーンズ
シンガー、ピアニスト。1979年3月30日ニューヨーク生まれ、テキサス育ち。現在はニューヨークに在住。2002年リリースのデビューアルバム『Come Away With Me』が世界的なヒットを巻き起こし、第45回『グラミー賞』で最優秀アルバム賞を含む5部門を受賞。以来、9作のスタジオアルバムを発表、9回『グラミー賞』を受賞し、5,200万枚以上のアルバムセールスを記録。楽曲は世界中で100億回以上ストリーミングで再生されている。2022年にはPodcast番組『Norah Jones Is Playing Along』をスタートし、彼女のお気に入りのミュージシャンたちとのトークやコラボレーションパフォーマンスを披露している。

―『Visions』のプロデューサーにリオン・マイケルズを起用した経緯を聞かせて下さい。

ノラ:彼は2016年と2018年の私のアルバムで数回サックスを吹いてくれていました。でも、実は彼のことはあまりよく知らなかったんです。その後、たまたま彼のバンドEl Michels Affairを聴く機会があって、すごくいい音楽だった。最初は気が付かなかったけど、「あー、これリオンなんだ! この人知ってるじゃん」って(笑)。それで、彼が優れたプロデューサーなんだと知って、一緒に曲を作ったら楽しいかなと思ったんです。最初は1曲のはずだったのがクリスマスアルバムに発展して、アルバムがあまりにも楽しかったから「もっと彼と仕事をしたい」と思うようになった感じかな。

―リオンの音楽のどんなところが好きだったんですか?

ノラ:うまく説明ができないけど、メロディアスだし、とにかく気分が良くなる音楽だと思ったんです。

―制作のプロセスにおいて、前作『I Dream Of Christmas』と今作『Visions』の違いはありますか?

ノラ:プロセスに違いがあったかは正直わからないけど、お互いにだんだん、一緒にやることが心地良くなっていっていた。お互いのことをより理解したり、音楽的な強みがどんなところにあるのかわかってきたんだと思います。それを活かしていった感じかな。

アルバムの7割ぐらいの曲は、私とリオンの二人でレコーディングしました。スタジオの中で、いろいろな楽器を演奏して、一緒に作業していくうちに楽曲が出来上がっていったんです。それがすごく楽しかった。とてもいいプロセスだったと思います。

「長い糸のようなものを、一緒に動かしている」

―クレジットを見ると、ほとんど二人で作曲していますよね。一緒に作曲するプロセスがどのようなものだったか、もう少し聞かせてもらえますか?

ノラ:多くの曲では、リオンがドラム、私がピアノかギターを弾いて、構成を整えるところから始めました。ある程度の構成を作りながら、同時に歌うこともあったな。そうやって曲を作っていって、出来た曲をまた二人だけで演奏して、それをレコーディングしました。

―例えば『Begin Again』『Little Broken Hearts』『Day Breaks』でも、作曲のクレジットが共同になっている曲がありました。それらとはやり方は違うんですか?

ノラ:少し違うと思います。リオンと一緒に曲を書くのはかなり独特なものだから。一方で、誰と一緒に作るのもそれぞれがクリエイティブな作業だから、今回だけが特別ではなく、毎回違っているとも言えるかな。同じようなやり方だったら、毎回同じような感じの曲になると思うから。常に違っていると思います。

―いろいろな楽器を演奏して、たった二人だけで作るやり方は過去にもあったんですか?

ノラ:ジェフ・トゥイーディー(Jeff Tweedy)と一緒に作ったとき(『Begin Again』)は、彼がギター、私がピアノを弾いたり、二人ともギターを弾いたりして曲を書きました。デンジャー・マウス(Danger Mouse)と一緒に作ったとき(『Little Broken Hearts』)も色々な楽器を使ったな。彼がドラムを叩いて、私がピアノかキーボードを弾いたり、彼もギターやキーボードを弾いたりして、曲を編んでいってた。楽器は違うけれど、同じような感じで曲を作っていたと思います。

―こういう形で、少ない人たちでいろいろな楽器を奏でる作曲と、普段の自分の作曲では、出てくるものにどういった違いがあると思いますか?

ノラ:もちろん違います。他の人と一緒に作曲すると、違ったエネルギーのものになっていきますよね。例えば、彼らが、自分で浮かぶものとは違う傾向のコード進行に展開させていったりとか。全て説明できるものじゃないけど、全ての事柄が、あらゆるものに影響を与えると思います。

―あなたが持っていたアイディアから作った曲はどれですか?

ノラ:わりと多くの曲がそうですね。“Visions”“Queen Of The Sea”“I’m Awake”は、私が自宅で書いた曲をスタジオに持ち込んで、一緒にアレンジを考えました。“On My Way”とか“All This Time”は、私が持っていた古いボイスメモから作られた曲。最初のパートだけ私のアイディアで、それをアレンジし直したり、一緒に他のパートを考えたりしています。

一方、“Staring At The Wall”みたいに、最初からスタジオの中で一緒に書いたものもありました。リオンに「何か速いテンポのものをやろうよ」と言われて、彼がドラムを叩き始めたんだけど、私は「そんな速さでピアノを弾けない!」と言って(笑)、ギターでリフを弾き始めたのがこの曲です。“Alone With My Thoughts”はスタジオの中で一緒に書いたんだけど、そのときは歌詞がついてなかった。ボイスメモを探ったら以前書いた詩があったから、それを曲と合うように少しいじって完成させました。

―その場で出たアイディアが種になって、そこから育った曲はどれですか?

ノラ:“Alone With My Thoughts”“Staring At The Wall”“Swept Up In The Night”はそうですね。

―どこかのタイミングで出たひとつのアイディアがその曲を変えた、みたいな例はありますか?

ノラ:そうですね、何かいい例があるといいんだけど……。私たちがスタジオでやっている全てのことは、音楽に影響する。相互作用で変わっていくんですね。例えるなら、数分ごとに流れが変わっていく長い糸のようなものを、一緒に動かしている感じ。説明するのが難しいけど、全てがそういう感じで変わっていると思っています。同じ曲でも違う人と一緒に作っていたら、きっとまったく違う音楽、違うサウンドになっているはずです。

―ところで、なぜアイディアが夜中や寝る前に浮かんだのでしょうか?

ノラ:曲って、静かなときに出来上がると思うんです。でも、静かな瞬間ってなかなかないですよね。電話はかかってくるし、頭の中はいつも色々な事で忙しいし。だから、夜だったり、瞑想しているときや、お風呂にいるときに出来ることが多いんだと思います。

即興演奏のバックグラウンドが反映された“Staring At The Wall”

―『Visions』はこれまであなたとの作品とも異なる特別な作品だと思います。一方で、ずっとあなたの音楽を聴いてきた僕は、どの曲もめちゃくちゃノラ・ジョーンズの曲だな、とも感じます。でも、やっぱり今までと違うんですよね。『Visions』はそこが素晴らしいと思っています。今回のリオンとの制作方法だから出てしまった、普段の自分なら出なかった部分があったら教えてください。

ノラ:私が最初にスタジオの中で曲を書いたのは、デンジャー・マウスと作ったアルバム(『Little Broken Heart』)でした。それまでは「曲やアイディアを持たずにスタジオに入って、そこで様子を見ながら書く」ということに、心地良さを感じなかったんです。あの経験をきっかけに、そういう作り方もやるようになりました。

https://open.spotify.com/intl-ja/album/3N9ECfsk4OUDKhmhPT3OPX?si=cAx5mIBDTp2v0THfWftsFQ

ノラ:リオンとの作業では、常にアイディアが浮かんできて、「スタジオに入ったのに何も起こらない」ということがなかったんですね。エキサイティングで、とてもいいケミストリーだったと思います。彼は事前に何かを考えてきて、それを私に強いるようなことはしなかったし、私もそれをしなかった。二人ともとてもオープンで、音楽を作るのをただ楽しんだ、という感じでした。二人でひたすらアイディアを出し合って、それが上手く曲としてまとまったんです。

―もしかしたら、今回リオンと二人で作曲をしたのは、“Staring At The Wall”のミュージックビデオに映っているスタジオですか?

ノラ:そうそう。あの曲はあのスタジオで収録していて、ビデオで見てもらっている通りにレコーディングしています。あのビデオは、どういう風に制作されているのかを見てもらうのにとてもいい方法だと思って、あの形にしたんです。

https://www.youtube.com/watch?v=LTptGqn53VE

―“Staring At The Wall”のMVは本当に素敵で何度も見ました。ヴィンテージの機材や楽器が揃っているスタジオの環境がアイディアを生んだこともあるのかなと想像しましたが、どうですか?

ノラ:そうだと思います。あの曲は本当に早いペースで出来上がりました。きっと今までで一番早く出来上がった曲なんじゃないかな? そこがすごく気に入っています。彼がドラムを叩き始めて、私がギターを弾いたら、メロディーが浮かび上がって、あの「Ahhh woooh」っていうコーラスを思いついたんです。それで、ギターとドラムを録って、ボーカルもぱぱっと収録した。不思議なことにこの曲に関しては、歌詞も早いペースで出来上がったんです。

―そうなんですね! なぜそんなに早く出来上がったのでしょうか?

ノラ:わからない(笑)。インスピレーションが沸いてきちゃったのかもしれません。

―そんなスピード感でスタジオで音を出しながら作曲をするというのは、セッションのようなものなのかなと想像します。だとしたら、それは、「即興」や「インタープレイ」をゆっくりやっているような状態なのかとも想像します。あなたの「即興力」みたいなものが発揮されているといいますか。

ノラ:そうそう。おそらく全ての曲がそういう風に出来上がっています。レコーディングは、作り込もうと思えば思うほどクールな音にならない。私は元々即興をたくさんやってきているから、あまり考え抜かれていないところから何かが生み出されるほうがベストなものになる、と考えているところがありますね。

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