アーツ前橋の企画展『ぬけみち展 かわす・つくる・ともにいる—生きるための回路』。タイトルに込められた「ぬけみち」が意味することとは? 「未来は良くなる」と希望を見出すことが難しく感じられ、言葉にならない不安や閉塞感が静かに広がる現在。このような時代だからこそ、社会や都市、他者との関係に向き合い、現実をわずかにずらす試みを行っている人々がいる。本展に参加しているのは、演劇、建築、ファッション、デザインから現代アートまで、多様な領域で活動するそんな7組の作家たちだ。
つまり、「ぬけみち」とは、作家たちが現実に向ける視点や態度を言い表す言葉。身の回りの環境を見つめ直したり、誰かと新しい関係を結んだり、見慣れた風景のなかに別の可能性を見出したりすることで生まれる、「この場所・この社会」をわずかにひらく実践を指して「ぬけみち」としている。展示から2組の作品をピックアップし、どのような「ぬけみち」が可能であるか、考えてみたい。
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三野新&山本卓卓が「健康と幸せ」を考える

会場のエントランスをくぐると、最初に目に入ってくるのがネオン管で綴られた「あなたは必ず幸せになる」の文字。「幸せ」の文字だけがピンク色に光り、なにやら足場が組まれている。劇作家 / 演出家 / 俳優で第66回岸田國士戯曲賞を受賞した山本卓卓が「幸せと健康」をテーマに、『あなたは必ず幸せになる』と『わたしは幸せになった』という2本の戯曲を書き下ろし、写真家で劇作家の三野新が上演型インスタレーションとして演出した作品だ。その入口でこのネオン管が怪しい光を放っている。
ふたりはこのネオン管の言葉を「自分の所在位置を意識させられる呪いのような言葉」として差し出している。どういうことか。
「幸せ」とは本来、個人の身体や時間のなかで感じ、味わうような、パーソナルなものであるはずだ。家族との時間を幸せなものだと感じるかもしれないし、ひとりでふらっと旅に出てささやかな幸せを噛み締めるかもしれない。そうした各々の種類の幸せの形もあるはずなのに、一方で、年収がいくら以上だから、どういうエリアに暮らしているから、どんな企業に勤めているから、といったある共通認識の尺度で「幸せ」が比較されてもいる。
山本はそうした現実に感じる窮屈さを起点に、「幸せ」について考え、戯曲の執筆に挑んだ。その背景にあるのが、近年意識的に取り組んでいる「健康」というテーマだ。

医療の発達や、AIの活用による余暇の増加に伴い、人間が最も高く価値を感じるようになるものが「健康」なのではないか。山本はそう仮定した。健康は、幸せと切っても切り離せないだろう。他者や社会との比較によって測られ、収入や生活レベルと結びついた「幸せ」ではなく、本来の個人的な意味における「幸せ」と紐づいたものとして。


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赤城山でのフィールドワークを通して発見した「歩く」ことと健康
戯曲の執筆にあたり、山本と三野は群馬に足を運びフィールドワークを重ねた。赤城山に毎朝登り、日の出を見てから仕事に行くという地元の人々のコミュニティと出会い、健康や幸せというテーマの普遍性について思考を重ねたという。

そして書き上げた戯曲のひとつである「あなたは必ず幸せになる」は、次の台詞で幕を開ける。
あなたは必ず幸せになる
面食らったでしょう? だって、食らわせたんだから、面を。喰らわせるつもりで言ったんだ「あなたは必ず幸せになる」って。そこであなたはきっとこう思ったはず。
「幸せ? 意識させんなよ。意識したら自分の所在位置、確認しちゃうじゃねえかよ。それが不幸の始まりじゃんか。許せねえ。オレに幸せ意識させたオメエのことをオレはぜってぇ許せねえ!」って。「あなたは必ず幸せになる」より
三野が演出した体験型インスタレーションを鑑賞者は歩き、インスタレーションの随所に設置されたスピーカーから流れてくる役者たちの声=山本が手がけた戯曲の台詞に耳を傾けると、自ずと自分にとっての「幸せと健康」に思いを巡らせることとなるだろう。

作品における台詞の内容に必ずしも共感せずとも、そのきっかけとなるような言葉が随所に出てくるはずだから。車椅子の利用者など、インスタレーションに上がるのが難しい来館者にも、別の形で作品世界を体感できる仕掛けが用意されているというから、気になる方は会場でスタッフに尋ねてほしい。どんな足元も怖がらずに歩ける人にとっての「健康」と、一見すると不安定な足場を歩くことが困難な人にとっての「健康」。その状態や形に差異こそあれど、各々にとっての「幸せと健康」の結びつきを見つけることができるのではないか。作家たちのそんなメッセージをこの演出から読み取ることができた。


