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マチアプ疲れの世相を写す『マテリアリスト 結婚の条件』。A24製作ロマコメをレビュー

2026.5.28

#MOVIE

映画『マテリアリスト 結婚の条件』が5月29日(金)より劇場公開となる。初監督作『パスト ライブス/再会』が大きな話題となった韓国系カナダ人女性の劇作家=セリーヌ・ソンが監督・脚本を務めるロマンティックコメディ作品だ。映画ジャーナリストの金原由佳がレビューする。

マッチングアプリに疲れた2020年代の恋愛映画

優れた恋愛映画とはなにか。自分にだっていつか運命の人が現れると鑑賞者に予感させるハッピーエンドは、評価のひとつであるだろう。ただ、映画史においての優れた恋愛映画とは、その作品が発表された時代の観客たちが漠然と抱いている恋愛相手、結婚相手を決めるまでの揺れと価値観の実相を明確に浮かび上がらせた作品であることだ。

例えば1970年代、スウェーデンの離婚率を引き上げたといわれるイングマール・ベルイマンの『ある結婚の風景』。国営放送の全6話の連続ドラマがあまりにも大好評を得て、急きょ、劇場公開までされた同作がくっきりと描いたのは、結婚制度にまつわる束縛と窮屈さ、夫婦のセックス観のズレで、それを無理に継続する必要性を問う内容だった。

1990年代、アメリカのキャリア志向の働く女性たちが自身への応援映画として愛したのは、ノーラ・エフロンのロマンティックコメディ。いずれもメグ・ライアンをヒロインに迎え、『恋人たちの予感』では女たちがいかにパートナーとのセックスでイッている振りを上手にしているかを実況説明させ、『めぐり逢えたら』や『ユー・ガット・メール』では会ったことのない相手であっても、偶然耳にしたその声や、メディアを通して触れた考えや文章から、見てくれに左右されず、自分にふさわしい相手だと見抜くセンサーが誰しもあるはずだ、その直感に従え! と信じ込ませた。

『めぐり逢えたら』のノーラ・エフロン監督 / “114468652AP013_TechCrunch_D” by TechCrunch is licensed under CC BY 2.0.

さて、2020年代となって颯爽と現れた劇作家・映画監督のセリーヌ・ソンは、理想的で感情的な愛や、夢や情熱を重視する生き方を優先するロマンチック派の恋愛観とはしっかりと距離を置く。ブレイクスルーとなった『パスト ライブス/再会』(2023年)は韓国から家族で海外移住した女性が、子ども時代の初恋の人との絆をいつまでも忘れずに大切にしながらも、人生の折々、彼との関係をより深めることよりも、常に自身のキャリアを築くことを優先し、最終的には劇作家への道を選び取るまでを描いた。

彼女の武器は「ロマンチシズムを排した、リアリスティックな結婚観」。それは監督2作目となる『マテリアリスト 結婚の条件』でさらに鋭さを増している。

セリーヌ・ソン監督 / Copyright 2025 (C) Adore Rights LLC. All Rights Reserved

今作は約2,000万ドルと言われる製作予算に対して、全世界興行収入が約1億800万ドル、北米では約3,650万ドル、公開週末の興行収入としてA24史上でも上位に入る約1,200万ドルを記録し、『Deadline』『Variety』によるとA24の2025年の配給作においては最大のヒット作となった。

更に面白い現象として、この映画の公開に連動して、『ワシントンポスト』や『ニューヨークポスト』『フォーブス』『タイム』誌などのメディアが次々と、「現代人のマッチングアプリ疲れ」についての記事を掲載した。アメリカではコロナ禍のロックダウンの時期に、極端に出会いの機会が失われたことでマッチングアプリの利用が急増したのだが、嘘の経歴の自己申告、既読スルー、終わりのない横スワイプ、そしてAIのアルゴリズムによるお薦めが微妙に自分の好みと遠いなどのお疲れモードを肥大化させ、利用者は減少傾向にあるという。その反面、復権しているのが、人の確かな審美眼が介入する高級結婚紹介所。まさに本作の主人公=ルーシーのような、専門家による出会いのキューピットの役割が増大していることを、この映画が物語るのである。

マッチメイカーだった監督の実体験が基に

「マテリアリスト」には「唯物論者」という意味もあるが、本作のタイトルでは、恋愛を感情だけでなく「資産価値」で判断する物質主義者、のようなニュアンスだろう。

前作に続き、セリーヌ・ソンの実体験を基に映画化しているという前情報から、てっきり、結婚相談所で結婚相手を探した経験を描いたものかと予想していたら、彼女は劇作家としての収入が安定していない時期、知人の紹介でマッチメイカーの面接を受け、採用され、理想の相手を探すクライアントたちの運命の人探しを手伝っていたのだそうだ。その設定がそのまま、『マテリアリスト 結婚の条件』でダコタ・ジョンソンが演じる主人公、ルーシーの職業としてトレースされている。

ルーシー(ダコタ・ジョンソン) / Copyright 2025 (C) Adore Rights LLC. All Rights Reserved

ソンは6ヶ月でこの仕事をやめたというが、その理由は仕事が面白くなりすぎて、このままでは一生、この業界から離れられなくなると危機感を覚えたからだという。彼女が刺激を受けたのが、クライアントたちが結婚相手への明確なこだわりを持っていて、それをマッチメイカーには包み隠さず、全てを明かしてくれること。そして、スペック重視の「結婚市場」に横たわる理想と現実、さらにはあまたの条件の先に求めている本物の愛を求める熱情だったという。

その体験が反映された主人公ルーシー(ダコタ・ジョンソン)は、高級結婚相談所での優秀なマッチメイカーとして上流社会では名を馳せている。映画前半には彼女が数々のクライアントの「譲れない条件」を聞き取り調査するシーンがあるが、男性は女性に若さを、女性は男性に高身長を望み、掲げる理想のラインを外すことでぐっとお薦めの人選が拡大するのにも関わらず、そうできないこだわりを浮かび上がらせる。

マリリン〜マドンナ、「マテリアルガール」の系譜

「6インチ(約15cm)で男性の市場価値が2倍は変わる」というルーシーの台詞があるが、彼女の仕事では、ありとあらゆることが数値化され、結婚を決めるデータとして使用される。

興味深いことに、配給元であるA24は本作の宣伝トレイラーのBGMに、1980年代の物質主義をアイコニックに歌ったマドンナの“Material Girl”のカバー版をメイン曲として使用していた。<’Cause the boy with the cold hard cash is always Mister Right(私は知ってる、お金を持っている男の子が“Mr.正解”)><You know that we are living in a material world And I am a material girl(この世界、結局みんな物欲まみれじゃん? 私も立派なマテリアルガールだし)>との歌詞はそのまま、今作のクライアントへの批評として響いていく。

そもそも“Material Girl”のミュージックビデオは、1953年の映画『紳士は金髪がお好き』でマリリン・モンローが「世の男性たちがブロンド女性を好むなら、女性だってダイヤモンドが一番の親友よ」と魅惑的に歌う“Diamonds Are a Girl’s Best Friend”のパフォーマンスを直接引用したものになっていて、アメリカ映画史におけるマテリアルガールの系譜を強く意識した内容となっている(ちなみに先日、『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』のリン・ラムジー監督にオンライン取材したとき、彼女の書斎にも『紳士は金髪がお好き』のマリリン・モンローの大きなポスターが飾ってあった)。

https://www.youtube.com/watch?v=6p-lDYPR2P8

一方、セリーヌ・ソンが今作を作るにあたってリファレンスとした映画リストに挙げているのは、イギリス映画が多い。A24のInstagramに投稿されたそのリストの一部を紹介すると、結婚適齢期のバイブルであるジェーン・オースティンの原作を映画化したジョー・ライトの『プライドと偏見』(2005年)やアン・リーの『いつか晴れた日に』(1995年)、ジェームズ・アイヴォリーの『眺めのいい部屋』(1986年)、『ハワーズ・エンド』(1992年)。マイク・リーは『秘密と嘘』(1996年)、『キャリア・ガールズ』(1997年)などが挙げられており、全体的にクラシックで、普遍的な、揺れる運命の人探しの映画が選ばれている。

今作の物語には面白い転調が用意されていて、マッチメイカーであるルーシーは、自身が成立させた顧客の結婚式で、これ以上の条件をそろえた人物はいない、その意味で奇跡や妖精にちかい「ユニコーン」と形容されるセレブ男性ハリー(ペドロ・パスカル)から、「君に紹介されるのではなく、君がいい」とそこからストレートの求愛を受ける。クライアントの運命探しにはクリアな思考が働くのに、いざ、自分がその対象となった途端、何がよいのかもやがかかって、見えなくなってしまうのが皮肉だ。

結局、運命の人探しの根底には、自分がこの先の人生において何を優先するべきなのか、その青写真がしっかりとみえていないと、性格の相性、生活習慣、価値観、金銭感覚、家族関係、将来設計など、自分の生き先にマッチする人物像も見えないという身もふたもない事実がルーシーの身に降りかかる。

同時に、その結婚式の会場で、給仕のアルバイトをしている舞台俳優の元カレ=ジョン(クリス・エヴァンス)とも再会。最初から明確なトライアングルを意識させる関係性で、実際、以降恋の鞘当ての様相も強くなっていく。

左からジョン(クリス・エヴァンス)、ルーシー、ハリー(ペドロ・パスカル) / Copyright 2025 (C) Adore Rights LLC. All Rights Reserved

白眉は、「完璧な富豪男性」側の描き方

今作のセットデザイナーであるエイミー・シルバーは『Variety』のインタビューで、この映画におけるニューヨークの地理の描写は、登場人物の社会経済的な格差を浮き彫りにする役割を担っていて、それぞれのアパートメントの場所とその内装で所属するクラスが一目瞭然となるように設定していることを明かしている。

記事によると、ルーシーが暮らすのはブルックリンハイツで、家賃はおおよそ月3,200ドル。お洒落な内装だが広さはコンパクト。売れない役者である元カレ=ジョンのアパートがあるのはブルックリン区の南西部に位置するサンセットパークで、家賃は自分も含め3人のルームメイトでシェアして月3,400ドル。

そして、富豪のハリーが暮らすのはトライベッカのペントハウス、ちなみに所有物なので、家賃はない。推定価格は1,200万ドルで、実際の邸宅を借りて撮影が行われた。インテリアの内装はすべてシックで、ルーシーはキングサイズのベッドにふんだんに使われているジンジャーリリーのシルクのシーツの優美な肌触りを経験して、本物の富裕層が日常で手にしているリッチさを実感する。同時に、自分もまた、彼の所有物にふさわしいアイテムなのか、常に緊張を強いられる感覚を抱くこととなる。

ジョン(左)役のクリス・エヴァンスは、キャプテン・アメリカ役など「マーベルのスーパーヒーロー役として最も多くの映画に出演した」ギネス記録保持者としても知られる / Copyright 2025 (C) Adore Rights LLC. All Rights Reserved

クリス・エヴァンスの演じる夢を追う売れない俳優の魅力は、誰だって手に取るようにわかるはずだ。永遠に若いピーターパンであり、母となり年々齢を取っていくウェンディのような女性たちにとって、それが手放せない理由はこれまでもいろんな映画で扱われてきた。変わらない彼を愛でることは、変わっていくしかない自分の生き方には眩しすぎる。今作の白眉はそれよりもむしろ、ユニコーンである側のハリーの造形だろう。

ハリー(右)を演じたペドロ・パスカルは、同時期公開の映画『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』の主演も務めている / Copyright 2025 (C) Adore Rights LLC. All Rights Reserved

何もかも兼ね備えている人物であるが、それは幼い頃から数々の試練を家族から強いられ、有無も言わさず、ある種の「矯正」に応えてきたゆえなのだ。そうした男性の、身に縛りついた窮屈さと折り合おうとしている息苦しさが、ペドロ・パスカルの優美な立ち居振る舞いから見えてくる。『華麗なるギャツビー』、あるいは『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』『ロスト・イン・トランスレーション』『her / 世界でひとつの彼女』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』『マリッジ・ストーリー』の系譜に連なる、スペック至上主義の優位にいるのにとことん孤独、という人物像があるから、今作の運命の人探しにまつわる「条件」の空虚さがひしひしと伝わってくるのである。

https://www.youtube.com/watch?v=SdB3gBO5FzI

『マテリアリスト 結婚の条件』

5月29日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー

監督・脚本:セリーヌ・ソン
出演:ダコタ・ジョンソン、クリス・エヴァンス、ペドロ・パスカル
配給:ハピネットファントム・スタジオ
Copyright 2025 (C) Adore Rights LLC. All Rights Reserved

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