キネマポップを標榜し、2021年から活動する4人組バンド、カラコルムの山々。精力的なリリースとライブを重ね、各地でシンパを増やす彼らは、2026年4月に5枚目のEP『カラコルムの風待ち計画』を発表。ギターボーカルでありコンポーザーの石田想太朗が紡ぐ曲世界は深度を増し、バンドとしての彩りもグッと豊かになった。
石田は音楽以外にも様々なカルチャーからインスピレーションを受けており、中でもお笑いコンビであり劇団かもめんたる主宰である岩崎う大からの影響は特に大きい。う大の書くキャラクターについて、石田は「みんな、ダサくて気持ち悪い。だけどそれでも、生きようと、もがき続けているからカッコいい」と語る。
石田はう大をリスペクトしながら、強烈に「同じ空気を感じる」ということで、2人に「人間の描き方」について語ってもらった。音楽とお笑いの感覚と技法をなぞり合うようにコミュニケーションしながら、共通点や相違点にとどまらず、表現の核心が浮かび上がってきた。
とりあえず言えることは、こんな話をしてるバンドマン、他に類を見ない。2人の奇妙で真剣な創作談義をお届けしよう。
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「(カラコルムの山々の音楽は)映画に限らず、演劇的でもある」(う大)
う大:僕は全然音楽がわかってなくて。カラコルムの山々はどんなジャンルになるんですか?
石田:自分たちでは「キネマポップ」という名前をつけて呼んでます。同じような音楽をやっている友達はなかなか見つからないんですけど、ポップではありたいという気持ちもあるので。
う大:確かに、キネマの要素は感じますね。映画に限らず、演劇的でもあるというか。KERAさんの音楽に近い感じがしました。幻滅されるかもしれないけど、僕はカラオケで歌えるような音楽が好きなんで、カラコルムの山々のような音楽は「深いな」とか「広がりがあるな」くらいのことしかわかってないような気がします。
でも、あんまりお笑いに詳しくない人がかもめんたるのネタを見たときも、そういう感覚なのかなと。石田さんが僕たちに共感してくださってるなら、そういう部分なのかもしれないと思いました。

劇団かもめんたる主宰。劇団全作品の作・演出を務める。独自の世界観が評価され、かもめんたるとして2013年キングオブコント優勝。劇作家として岸田國士戯曲賞2年連続ノミネート。
石田:めっちゃうれしいです。いろんな表現において尖ったものが好きなので、う大さんにそう言っていただけると、僕が追い求めているものが客観的にもそうなっているんだなと思えます。
僕は曲を作る上で日本語にこだわっていて、英語は使わないんです。かもめんたるさんのネタに出てくる言葉も、全部知っている言葉なんですよね。日常の言葉というか。でも「それをここで言うか?」みたいな組み合わせによって、人間の意地悪さのようなものがすごく表現されているような感じがして。そういった日本語の妙をう大さんの普段の言葉にも感じて、キュンキュンしながら見ています。

2021年夏に結成された4人組「キネマポップバンド」、カラコルムの山々のフロントマン(Vo/Gt)。作詞 / 作曲を担当する。オルタナティヴなビートに乗せたドラマチックなポエトリーリーディングや歌唱が特徴。
う大:僕は、言葉は完全に道具という感覚なんですよ。使い方に、キャラクターが出る。考え込まれたセリフというよりは、自然と生えてきちゃったような言葉を選ぶのが好きで、そこに関してはフェチがありますね。
それと、どんなものでも共感を強く意識してて。「それをここで言うか?」というのも、共感だと思うんです。そういう言葉を書いた僕の力もあるかもしれないけど、それを感じ取る側にも同じような世界がないと絶対に通じないから。そこに興奮や快感がありますよね。
石田:共感については僕も考えています。カラコルムの音楽は授業に近いような気がしてて。先生から教えられることには別に共感しないじゃないですか。でも、授業が進むにつれて理解というかたちで共感が生まれる。言葉の定義はちょっと違うのかもしれないけど、「公式を覚えればこの式が解ける」というのも僕にとっては共感で。自分がいつも歌詞で自然と啓蒙してしまうのも、先生みたいなポジションが合ってるのかなとも思います。
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キャラクターの人間性をむき出しにする、それぞれの描き方
石田:かもめんたるのネタに出てくるキャラクターは、その場で思いついたことをシンプルに口に出してるだけなのに、キャラクター自体がめちゃくちゃ変だから、その言葉にいろんな意味が含まれてしまうというようなことが多いですよね。僕はそこがすごく好きで。みんなが一生懸命に隠してる承認欲求や暗さ、頑固さみたいなものが、自然に出た言葉だからこそ滲み出ちゃってる。
僕は曲を書くときに、最初にどういう物語なのか考えるんです。登場人物の見た目や背景、行動パターンも決めて、頭の中で映画的に動かしながらそのサウンドトラックを作るような順番なんですね。その中で、キャラクターをどう追い詰めて、人間性をむき出しにするかが重要で。僭越ながら、う大さんが作るネタや舞台にはいつも同じようなものを感じてます。
う大:良く言えば「人間愛」みたいな感覚は自分の中にあるんだけど、人によっては僕のネタに意地悪な印象を持つこともあって。登場する人間の痛い部分を見せてるから、それが攻撃的に感じるんだと思う。公開処刑みたいな。
石田:そう思う人もいるんですか。
う大:まあまあ、そう言いたくなる気持ちもわかる(笑)。でも、本当に意地悪だったらウケないんですよ。そこも結局、共感だと思うんですよね。人にとっては笑えない、一線を越えてるグロテスクな表現であっても、それを見て笑っている人の内面は無邪気なんだろうと思うんです。かもめんたるのネタを意地悪だと感じる人は、その基準が僕や石田さんよりも繊細なんだと思う。でも、他人の基準に従っちゃうとわからなくなっちゃいますよね。社会も変わるし、自分も変わるから、結局「今の自分」しか基準にならない。

石田:昔のネタを見返して「やりすぎてるな」と思うことはありますか?
う大:ないとは言い切れないかな。まず、「オカマ」みたいなワードを使ってるだけで、今の自分はドキッとしちゃう。その瞬間に笑いよりも「この頃は普通に使ってる言葉だったんだな」みたいなことに意識がいくから、ノイズになりますよね。