2028年度前期のNHK連続テレビ小説『ほんのモキチ』の制作 / 主演発表会見が行われ、主演を河合優実、作者を宮藤官九郎が務めることが決定した。
同作は、実在する歌人・斎藤茂吉とその妻・輝子をモデルにした、NHK連続テレビ小説史上「最も不仲な夫婦」の物語。輝子は、日本を代表する歌人の妻として献身的に夫に尽くすわけではなく、「悪妻」と呼ばれながらもひたすら自分に正直に、自由に生きた人物だ。晩年にはエベレスト登山をはじめ、世界108カ国を旅し、「痛快ばあさん」として名を馳せたという。
今回宮藤は、15年ぶりに連続テレビ小説を執筆。モデルとなる2人をドラマ上では「杜(もり)テル子」「杜モ吉」とし、大胆に再構成したフィクション作品を作り上げた。タイトル『ほんのモキチ』は、家庭で絶大な存在感を示すテル子に対し、モ吉は大黒柱かつ偉人にもかかわらず「ほんの小さな立場のモ吉」であることと、「キモチ(気持ち / 心)」の健康をテーマにしたドラマであることの2つの意味が込められている。
河合の演じるテル子は、奔放、負けず嫌い、派手好き、やたら前向きといった性格を持つ役どころ。河合は「斎藤輝子さんという人の人生をお借りして、いまどんなことを描けるだろうかと考えています」と、役やモデルと真摯に向き合う姿勢を見せている。なお河合と宮藤は、2024年のドラマ『不適切にもほどがある!』以来のタッグとなる。
また、制作発表会見での河合と宮藤からのコメントと、制作統括を務める板垣麻衣子による制作にあたってのコメントが公開された。
作・宮藤官九郎 制作 / 主演 発表会見コメント
15年ぶりに“朝ドラ”をやらせてもらうということで、できれば実在の人物がいいなと考えました。いまは女性が活躍する時代なので、自由に言いたいことを言う女性のキャラクターで、そして夫婦の話をコメディーで描きたいと思いました。
モデルとなる斎藤輝子さんは、斎藤茂吉という偉大な人にまったく尽くしていないということで、これを朝からドラマで見たら楽しいだろうなと。また、輝子さんはとにかく奔放な方だったのでやりがいがあっていいんじゃないかと思いました。
この夫婦の話を描くにあたり、夫婦げんかのシーンを書くことになりますが、そこはしっかりと喜劇になっていないと難しいなと感じました。その時に真っ先に河合さんが浮かびました。河合さんのセリフやお芝居のキレ、思い切りが一番大きかったですね。
河合優実 制作 / 主演 発表会見コメント
「ほんのモキチ」の主演・杜テル子役を務めることになりました、河合優実です。このような場所に立たせていただけることになり、関係者の皆様といつも支えてくださっている家族と友人、そしてこれまでの作品を見てくださった視聴者・観客の方々、すべてのご縁がつながっていまここに立っていると思います。
本当に“朝ドラ”は特別な作品だと思います。主演としてその真ん中に立たせていただくのは手放しにうれしいだけではなく、オファーを受けたときは心臓がバクバクしてしまい、そのことしか考えられなくなるような魔力がある番組だと思います。
いまは覚悟が決まってやる気満々です。よろしくお願いします!
制作統括 板垣麻衣子 コメント(制作にあたって)
ほんのキモチ、見た人の心が明るくなるといいな。ほんのキモチ、日本の朝が楽しくなるといいな。そんなことを思いながら、これまで連続テレビ小説を制作してきました。
そして、このたび、「ほんのモキチ」です。
常に第一線で活躍されている宮藤官九郎さんに 15 年ぶりに連続テレビ小説を書いていただけること、大変光栄で嬉しく思っています。笑いに溢れた明るいタッチの宮藤さんの作風は朝のドラマにとてもマッチしていると思い、オファーしました。
そして、ヒロイン・テル子を演じていただくのは、並外れた演技力を持つ河合優実さん。モデルの斎藤輝子さんは、エネルギーに満ち、自分を貫く強さがあり、まわりを振り回すこともあるけれどなんだか憎めない、そんな不思議な魅力をもった人物です。その多面的な役柄を演じられる人は?と想像した時に、河合さんしか思い浮かびませんでした。河合さんと一緒に新しいヒロイン像に挑戦するのがとても楽しみです。
日々辛いことがあっても、テル子を見ると笑っちゃう。そんなドラマを、キモチを込めて、お届けします。
2028年度前期 連続テレビ小説『ほんのモキチ』
【放送予定】
2028年春~
※NHK ONEで同時・見逃し配信予定
【制作】
2027年秋 クランクイン予定
【作】
宮藤官九郎
【出演】
河合優実
【スタッフ】
制作統括: 板垣麻衣子 訓覇圭
プロデューサー: 村田有里
演出: 井上剛 津田温子 ほか
【制作体制】
NHKとNHKエンタープライズによる共同制作
<物語>
東京・青山にある大病院の令嬢、テル子。
病院の跡取りに選ばれ、婿養子としてやってきた山形の神童、モ吉。
理想の夫婦の誕生と思いきや、これが悲劇の始まりだったー。
1895(明治28)年。病院を経営する杜紀一(もり きいち)の家に女児、テル子が生まれます。紀一は、テル子の婿候補として全国から書生を集め、競わせようと計画。その一人が、山形県金瓶村のモ吉少年(15)でした。中学生のモ吉は、級友の勧めで文学に目覚め、歌人を志します。
その後、東京帝国大学医科大学に進んだモ吉は、紀一のお眼鏡にかない、テル子の婿養子(むこようし)として入籍します。この時、モ吉は23歳、テル子はなんと9歳でした。
やがて病院の一角で、新婚生活を始めた2人でしたが、テル子は一切の家事をせず、女中たちにすべてを任せ、長男が誕生しても育児は乳母に任せっきり。見兼ねたモ吉はたびたびテル子を叱責、日々繰り広げられる夫婦喧嘩(げんか)が、病院中の名物となっていきます。
以降も、テル子とモ吉は、関東大震災や、病院の大火事、東京大空襲など激動の人生を共にしますが、一向に気が合うことはありません……。
「全くソリの合わない夫婦は、なぜ離婚に至らず40年以上も連れ添ったのか―
戦時中ですらお互い決して歩み寄らず、我が道を行く男女の本音のぶつけ合いは、みっともないを通り越して爽快で溜飲(りゅういん)が下がるでしょう。そしてお茶の間の心を解きほぐし、ストレス社会を生き抜くヒントがそこに隠されている…はず?
家族のため、夫のためではなく、ただ自分のために生きることが、図らずも周囲を明るく、元気にする…こともある? という現代人へのメッセージでもあります。
<モデルとなる人物について>
【斎藤輝子(さいとう てるこ)(1895〜1984)】
大病院を経営する斎藤家の娘として、将来の「院長夫人」を宿命づけられ育つ。学生時代に、婦人誌の「令嬢特集」で表紙を飾ると、奇抜なファッションと“緋牡丹(ひぼたん)”のキャッチコピーで一躍時の人となる。
結婚後は、震災、大火事、戦争と激動の時代を生き、病院を守ることに腐心する。一方で、妻の立場に縛られず、自分を貫き自由に生きた。
晩年には、南極、エベレスト登山など世界各地を冒険し、その破天荒な生き方が注目を集め、テレビ番組にも多数出演、再び時の人となった。
【斎藤茂吉(さいとう もきち)(1882〜1953)】
山形県金瓶(かなかめ)村の農家に生まれる。幼少期から優秀で、同郷の斎藤紀一(きいち)の目に留まり、上京して養子となる。正岡子規に傾倒して短歌を作り、1913年刊行の歌集『赤光』が高評価を得て、広く文壇に影響を与えた。
歌人として活躍する一方で、輝子の婿として大病院の跡を継ぐことに。実直な人柄から、苦悩多き日々の中でも、最大の悩みは、愛する輝子との夫婦生活が上手くいかないことだった…。

