ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』への出演や、30代に入ってからの『ウルトラマンオメガ』主演抜擢など、近年、目まぐるしい活躍を見せる俳優・近藤頌利。しかし彼の俳優人生は決して順風満帆ではなく、夢を追うためにチャンスを待ち望む日々も続いた。周囲から反対の声があっても諦めなかったのは、芝居がとにかく「好き」だったから。
その「好きを、貫く」姿勢は、I.W.ハーパーの創始者であるアイザック・ウォルフ・バーンハイムが、質よりも量産をめざすバーボンの多かった時代に、情熱を持って何度も試行錯誤を繰り返しながら高品質なバーボンウイスキーを完成させた姿に重なる。逆境に負けず、高い目標を掲げ、情熱を絶やさず挑戦し続ける。気高い姿勢が大人の成熟を生み出すのだ。
「HARPER’S CROSSING~ I.W.HARPER とともに語る『好きを、貫く。』~」は、自分を信じ、「好きを、貫く」大人を応援するプロジェクト。chay、鈴木伸之、丘山晴己とのゴルフプレー、お酒の席での交流を終えたばかりの近藤に、「好きを、貫く」哲学を話してもらった。
※本記事はJ-WAVEの番組『GRAND MARQUEE』とのコラボレーション企画です。インタビューの様子は一部4月27日(月)、28日(火)の放送にてオンエアされます。
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決して順風満帆ではなかった俳優人生。それでも「好き」を貫くことで掴んだチャンス
セレイナ(番組ナビゲーター):近藤さんがそもそも俳優を志したきっかけを教えてください。
近藤:明確なきっかけはないんですが、幼い頃から消防士とか大工とかいろんな職業になりたいと思っていた記憶があります。それってよく考えると、どれも全部ドラマがきっかけだったんですよ。結局、自分はドラマに出たいのかなと気がついたのが小中学生の頃でした。
今考えると、僕は母子家庭で一人っ子なので、いろんな人たちに自分の存在を認められたいとか、自分を主張したいという気持ちがすごく強かった。それで中学生の文化祭の出し物で演劇をやって、俳優になろうと思いました。

俳優。16年にハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』で注目を集め、昨年、『ウルトラマンオメガ』で主演を演じるなど活躍中。
セレイナ:そういった学生時代を経て今に繋がっているんですね。俳優を始められてからは、決して順風満帆ではなかったとお伺いしました。それでも好きを貫けた理由は何だったんでしょうか?
近藤:好きだからですね。俳優が好きですし、今はドラマも演劇も好きですし、人前に出ることも好きだったので。でも仕事がないと好きなことができないじゃないですか。仕事をもらうには技量も必要ですし、好きを深める努力をしないといけない。だから初めの頃は、チャンスをもらうために事務所の雑用をやったりしていました。
セレイナ:すごくポジティブですね。それで実際にチャンスは訪れましたか?
近藤:チャンスをもらって、初めて受けたオーディションが『ハイキュー!!』だったんです。高校生の頃にバレーボールをやっていたので、経験を活かして頑張ったら、それがハマって。最初に言われていた役よりも、メインの役で合格しました。事務所もびっくりしてそこから仕事が増えたので、おそらく何歳になっても「俳優人生において、まず初めの分岐点は何ですか?」と聞かれたら『ハイキュー!!』だと答えると思います。

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30代で国民的特撮ヒーローに。旧友との約束を果たした『ウルトラマンオメガ』主演
近藤:(机にあるウイスキーを指して)これ飲んでいいですか⋯⋯?
セレイナ:どうぞ! 召し上がってください。I.W.ハーパーのウイスキー、ゴールドメダルをご用意しております。
近藤:フルーティーで味が美味しいですね。お酒感が強くて「これを飲んだら酔うだろうな」と思うウイスキーもあるんですけど、これは甘みがあって、飲みやすいです。


セレイナ:では、引き続き近藤さんのキャリアについてお話を聞かせてください。2025年は『ウルトラマンオメガ』の主演も務められました。世代を超えて愛され続ける国民的特撮ヒーローの主演に起用された時は、どんな思いでしたか?
近藤:「え? マジ?」ですよ、本当に(笑)。マネージャーさんから「出演できるかもしれない」と電話が来て、円谷プロとの面談に行ったんです。そうしたら、僕1人に対して30人くらい人がいる面談で、もうオーディションじゃないかと思いました。緊張しましたが、2週間後くらいにマネージャーから『ウルトラマンオメガ』の主演に決まったと連絡がありました。
特撮に出るのは、中学生の時からの夢だったんです。親友が大の特撮好きだったので、そいつに「俺は俳優になるから」と話をしたら、「じゃあ絶対にいつか特撮に出ろよ」と言ってくれて。そいつには「俺が特撮に出るまで見続けろよ」と話をしていたら、その約束が30歳にしてようやく叶いました。友達には1、2歳になる子どもがいて、「うちの子は頌利を見て育つのか」と言ってくれて⋯⋯感慨深かったです。
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ゴルフも人生もたくさん失敗するけど、リカバリーすればどうにかなる
セレイナ:今日はこの取材の前にアーティストのchayさん、俳優の鈴木伸之さん、丘山晴己さんとゴルフをプレーしてもらいました。今日のプレーはいかがでしたか?
近藤:今日は結構いいゴルフをできたと思います!
セレイナ:やっぱりゴルフは気持ちが出ると言うじゃないですか。
近藤:ゴルフは集中が大事です。最近ゴルフの仕事をした時に「どのショットもバーディーパットの気持ちで打て」と言われたんです。それを聞いて以来、より集中するようになって結果が振るうようになりました。何事も集中ですね。

セレイナ:ちなみにベストスコアはいくつですか?
近藤:84です。
セレイナ:すごいですね! 始めたのはいつ頃ですか?
近藤:2年半前くらいですね。たまたま芸人さんの先輩に中古のクラブを全部いただいて、先輩からラウンドに誘っていただいたのをきっかけに始めました。
僕、ゴルフデビューがラウンドなんですよ。僕は「習うより慣れろ」の精神が強いので、ボールを打つ感覚を味わったり、そもそも緑が広がっているところに行く喜びにハマったタイプですね。逆に、打ちっぱなしに行って、全然うまくいっていなかったらハマらなかったかも。行き始めたばっかりの頃は、周りに経験者が多かったので、一緒に行っているメンバーの中で一番下手くそだったんですが、負けたくない一心で練習しました。


セレイナ:今は周りの皆さんを超えましたか?
近藤:超える時もあるし、負ける時もあるし……。でも絶対負けたくないのが飛距離なんです。パワーはあるタイプなので、ドライバーは負けたくないですね。でも、ゴルフは本当に失敗の方が多いです。
セレイナ:失敗しても前を向いてチャレンジできるのはなぜでしょう?
近藤:ゴルフも人生と一緒で、たくさん失敗するけど、リカバリーすればどうにかなる。例えば、演劇でうまくいかなくても、うまくいかなかったことを利用して、次のシーンでその感情の流れを保ったらうまくいったり、予想してなかった表現が生まれたりすることもあります。失敗してもリカバリーできるのがゴルフの良さですし、最終的に少ない打数でカップに入ればいいんですから。1打目が失敗しても、2打目や3打目うまくいけばパーで終われるので。とにかくポジティブに考えてやっています。

セレイナ:日々忙しいお仕事の合間をぬってゴルフに行かれていると思うんですが、近藤さんにとってゴルフはどんな存在ですか?
近藤:本当に息抜きになります。俳優のお仕事が休みなく続くのも嬉しいんですが、ずっと演技ばかりやるより、他でいろんなことを吸収しないと新しい表現が生まれないと思うので、今は息抜きの場を大事にしています。
あと、友達が増えました。ゴルフを通じて新しい人たちと出会ったので、コミュニケーションの場としても活用しています。ゴルフを好きになって、趣味だと口に出していたら仕事にも繋がりました。まさに好きが仕事になっていますし、これからもやりたいです。

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近藤頌利とI.W.ハーパーに共通するハングリー精神
セレイナ:ご自身の「好きを、貫く」という点で、今後のキャリアをどう進めていきたいとお考えですか?
近藤:僕、言霊を信じているんですよ。なので、やりたいことやなりたいものは口に出していこうと思っています。それこそ、30歳でウルトラマンになるってまあ滅多にないと思うんです。24、25歳の時に、事務所に「特撮に出たい」と相談したことがあるんですが、「もうそんな歳じゃないんじゃない?」と言われました。できても一番手は難しいから、それならちゃんと土台を作って太い役者を目指す方がいいんじゃないかと言われて。
それで1回は諦めたんですが、夢をもらった作品だったので、やりたい気持ちはどこかでずっとあったんです。やりたいとずっと言っていたら、29歳の時にチャンスが舞い込んできたので、やっぱり「好き」と思い続ける、口で発する、体現することが大事だなと思います。

セレイナ:これまでいろんな役柄に挑戦されてきたと思いますが、自分らしくいるためにこれだけは譲れないこだわりはありますか?
近藤:妥協はしたくないですね。もちろん、あんまりうまくいかないこともあるんですが、極力は時間の限り芝居を探求し続けたいと思っています。OKがかかった後に、いつも「こっちのパターンもあったんじゃないかな」と考えてしまうんです。そういったものづくりや解釈の違いについてはずっと考え続けていきたい。「これでOK、次にいこう」とどんどん先に進むよりは、別のパターンもあったんじゃないかという可能性を追求したいです。
―お話を聞いていると、近藤さんの「好きを、貫く」姿勢にはI.W.ハーパー創業者であるアイザック・ウォルフ・バーンハイムとのシンパシーを感じます。彼が4ドルだけ握りしめて不退転の覚悟でドイツからアメリカに渡り、プレミアムバーボンを広めていったという逸話がありますが、このエピソードについてどう思いましたか?
近藤:僕も一文無しで新幹線代を事務所に前借りして東京に来たんですが、出てきてから家がないと気づきました(笑)。それで大阪の舞台で知り合った友達に電話をして、3ヶ月ほど泊めてもらったんです。親にお金を借りて舞台に行く定期券を買ったり、人に助けられながらなんとかやりくりしていました。無謀だと思われようと、意外と生きていけるものですね。
始めたての頃は全く食えないですししんどかったですけど、僕は俳優を名乗りたかったので、バイトはしたくねえと思い続けて。その葛藤の中で生きてきたので、4ドルを握りしめて渡ったというエピソードを聞いて、共感しました。今後はハーパーのお酒を飲む時に、仲間と酒を交わしてるように感じるかもしれないです。
―まさに、I.W.ハーパーは友情の間にあるお酒とされているそうです。
近藤:僕とI.W.ハーパーの出会いは偶然で、あるお酒の場でみんなが他の銘柄を注文する中で「ハーパー」って言う人がいたんです。響きがカッコいいと思って「じゃあ僕もハーパーで」と言いました。そんなふとした出会いでしたが、今後はもっと深く関われそうな気がします。
