祖父も母も民謡従事者という民謡一家に生まれ育ち、『津軽三味線世界大会』優勝という輝かしい経歴を持つ若き名手、中村滉己。
3月18日にリリースされた2ndアルバム『Next Trad』は「⺠謡を聴く、を日常に。」をテーマに、ポップス、ジャズ、クラブミュージックなどさまざまなポップミュージックの要素と、⺠謡のエモーションが交わる一枚になった。
しかし、この多彩なアルバムは、中村の民謡を取り巻く環境に対するシビアな認識から出発している。自身が信じる民謡の魅力と、それが伝わらないもどかしさ。伝統文化として保存の対象になり、毎日何気なく聴くプレイリストの候補には最初から入らない。この状況を打破するために民謡の「外」に向かって間口を広げたことで、民謡の核心が浮かび上がることになった。今回は中村に、『Next Trad』を軸に感情、リズム、関係性など民謡でしかありえない魅力の数々を語ってもらった。
INDEX
活動の原点は悔しさ。思春期に経験した周囲とのギャップ
ー民謡に触れたのは何歳ごろですか?
中村:2歳くらいだと思います。物心ついてから、祖父が主宰する民謡教室に母が週2回連れて行ってくれていたんです。そこには三味線も太鼓もあって、ずっと民謡が聴こえてくるんですね。その音が本能レベルで好きでした。母が三味線を弾くので、僕もおもちゃの三味線を持たせてもらったりしてましたね。言葉を喋るよりも弾けるようになるのが先でした(笑)。

⺠謡⼀家に⽣まれ、1歳で初舞台。2歳から三味線を嗜む。2018年、14歳で津軽三味線⽇本⼀決定戦にて史上最年少優勝。2022年、津軽三味線世界⼤会にて個⼈A級優勝。同年、⽻⽣結弦アイスショー「プロローグ」に出演。2025年には東京フィルハーモニー交響楽団との共演や、邦楽界初となるミュージック・ペンクラブ⾳楽賞新⼈賞を受賞。伝統を継承しつつ、多様な⾳楽ジャンルとの融合を通して、次世代の伝統⾳楽を世界に発信し続けている。
ーそれくらい民謡があるのが当たり前の環境だと、家族同士のコミュニケーションツールにもなりそうです。
中村:そういう場面はすごくあります。家族みんな民謡歌手なんで、音楽番組を見ていると「この曲はあの民謡に似てるな」みたいな話題になりますし。野球中継で応援しているチームに点が入った時も「イエー!」じゃなくて、「ウオリャ!」という津軽民謡の合いの手が飛び交ったり(笑)。
ーまさに民謡一家の家族団欒ですね(笑)。
中村:僕はそれが普通だと思ってたんですよ。小学校1年生の運動会で、僕のクラスが勝った時に「ウオリャ!」って声を出したら、隣にいた女の子がビビって泣いちゃうなんてこともありました。
ー中村さんのように幼い頃から家業に接していると、思春期になって反発を覚えることもあったんじゃないですか?
中村:そういう人もけっこういますよね。でも、僕は全然嫌にならなくて。むしろ、思春期くらいが一番民謡にどハマりしてました。

ーそれくらいの年齢になってくると、「学校の友達は民謡を聴いていないようだぞ」ということもだんだんわかってきますよね。
中村:そうですね。ポップスのような、民謡以外の音楽にあまり触れてこなかったから、小学生までは周りのことを一切気にせず好きなだけ打ち込んでいたんです。でも、中学校に入る直前くらいに友達と好きな音楽の話題になって、僕は「津軽じょんがら節が好き」と答えると、みんなにちょっと引かれちゃって。そこで悔しさみたいなものが初めて芽生えました。みんなは『ミュージックステーション』で取り上げられるような音楽を聴いてるけど、自分が聴いてるものは地方の自治体が保存しているようなローカルな歌なんだという、そのギャップがショックだったような気がします。それが今の活動の原点の一つですね。
ー「みんなと同じじゃなくて恥ずかしい」ではなく、「悔しい」という感情だったんですね。民謡の魅力が伝わっていないことに対するもどかしさというか。
中村:僕の中では、民謡はパッションがあってロマンチックなものなので、ポップスと変わらないと思うんですよ。民謡の歌詞の構成をよく分析したら、ポップスの土台になっているようなものもたくさんあるので。

ーそういったことが理解されなくて悩むこともありましたか?
中村:ありましたね。民謡はアンチもいないし、ファンもいないんです。賛否両論が起こらない。無関心ゾーンに入ってるんですよね。演歌には「好きじゃない」と言う人がいるんですよ。
ー演歌はかろうじてテレビでかかるし、それをたまたま目にしてネガティブにしろ感情が動く人がいますもんね。
中村:そう。だからファンもいるし、『紅白歌合戦』に演歌枠があるんですよ。民謡はその土俵に立ってないので。この状況を変えるにはどうすればいいのか、かなり考えました。