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「鑑賞サポート」はどこまで進んだか。演出×ろう者×通訳で語る、舞台手話通訳の現在

2025.10.27

EPOCHMAN『我ら宇宙の塵』

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この数年、舞台芸術においては舞台手話通訳やバリアフリー字幕のタブレット貸し出しなど鑑賞サポートに力を入れる公演が増えてきた。例を挙げるのであれば、ミュージカル『SIX』や舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』の舞台手話通訳付き公演の盛況も記憶に新しい。しかしながら公演全体数から鑑みると、その実施や周知は十分とは言い難く、ろう者や難聴者の観客は限られた選択肢から作品や観劇日を選ばなくてはならないのが現状でもある。かくいう私も、その必要性を痛感したのはここ最近のこと。恥ずかしい話だが、ろう学校に通う親類ができてはじめて、鑑賞サポートの現状について今まで以上に思いを巡らせることとなった。

そんな中、俳優で演出家 / 劇作家の小沢道成の主宰するEPOCH MANでは、『我ら宇宙の塵』のロンドン公演と10月22日に開幕した国内での再演ツアーの両方で鑑賞サポートを実施。そのうち3公演で舞台手話通訳付きの上演を予定し、手話監修を自身もろう者である板橋弥央が、舞台手話通訳を田中結夏が務める。日本における映像や演劇の鑑賞サポートの実情、ロンドンでの経験を通じて感じたこと、そして、実際に舞台手話通訳付きの公演を上演する上で大切にしていることについて、稽古場の一角で作品を囲みながら、小沢道成と板橋弥央と田中結夏の3人に話を聞いた。

「日本語に字幕はいらない」という考えを変えたい

―まず、国内での現在の鑑賞サポートをめぐる状況についてお聞きしたいと思います。ここ数年でジャンルや団体を横断して、舞台手話通訳付きの公演が増えた感触はあるのですが、実際のところはどうでしょうか?

田中:たしかに、ここ数年でろう者や難聴者のお客様だけでなく、聴者のお客様の中でも舞台手話通訳の認知は広まってきました。しかし「もっともっと舞台手話通訳付きの作品が当たり前になってほしい」という思いがあるのも正直なところです。

田中結夏(たなか ゆか)
「となりのきのこ」代表、舞台手話通訳者、手話通訳士、俳優、保育士。埼玉県出身。埼玉県立芸術総合高校 舞台芸術科卒業。2020年より、特定非営利活動法人「シアター・アクセシビリティ・ネットワーク」の舞台手話通訳チームに所属。2023年には、“舞台×手話×子ども”の三本柱を掛け合わせた個人ユニット「となりのきのこ」を立ち上げる。舞台手話通訳者としては、これまでに25作品以上の舞台に携わる。主な作品に、タカハ劇団『美談殺人』『ヒトラーを画家にする話』『他者の国』、劇団銅鑼『いのちの花』『ふしごな木の実の料理法』、ミュージカル『SIX』、丸美屋食品ミュージカル『アニー』、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』などがある。

板橋:そうですね。ろう者の一人として感じているところをお話すると、日本ではろう者が舞台を観に行くこと、あと映画の中でも邦画を観に行くことがまだまだ気軽にはできないんです。字幕や通訳が付いている日や回を調べてそこを狙って行くしかないので、思い立ったその時に行く、ということがそもそもない。最初は特定の場所でもいいから、「そこに行けば通訳や字幕付きの作品が観られる」という場所があるといいなと思います。そういった場所があるのとないのとでは大きく違うんじゃないかなって……。

小沢:とても考えさせられるお話です。「日本人なら誰もがわかるもの」とされ、当たり前のように字幕なしで上映されること、「日本人なのに邦画を気軽に観に行くことができない」という状況を僕自身も気づくことができなかったし、知った今、広く伝わってほしい実情だと感じました。

小沢道成(おざわ みちなり)
演出家 / 脚本家 / 俳優。京都出身。自身が主宰する「EPOCH MAN」では出演のほか脚本 / 演出 / 美術 / 企画制作なども手がける。2021年上演の『オーレリアンの兄妹』が第66回岸田國士戯曲賞最終候補作品に選出。23年上演の『我ら宇宙の塵』が第31回読売演劇大賞「優秀作品賞」「優秀演出家賞」「最優秀女優賞(池谷のぶえ)」の3部門を受賞。近年手掛けた作品に陣一人芝居『Slip Skid』(脚本 / 演出)、東洋空想世界『blue egoist』(脚本)、『しばしとてこそ』(演出 / 美術)、『Bug Parade』(脚本 / 演出 / 美術)など。『我ら宇宙の塵』UK版の『Our Cosmic Dust』が2025年6〜7月にロンドン・Park Theatreにて1ヶ月のロングラン上演された。26年4~5月にEPOCH MANの新作公演『The Closet Revue』をザ・スズナリにて上演予定。

板橋:僕にとって邦画っていうのは幼い頃から「観たくても観られないもの」だったんですよ。あと、海外の映画も字幕は入るのですが、日本人が出てきた時の日本語のセリフには字幕がつかない、ということもあって。そうなると、英語で話されている部分の字幕情報のみで会話の流れを予想するしかなくて、登場人物が大事なことを言っていても想像で補うしかできないんですよね。そのことで作品の面白みがどんどん下がってしまう。映画の字幕には「日本語だから日本語字幕をつけなくてもいい」というイメージがどうしてもあって、そのあたりを「どうしたら変えられるだろう?」といつも考えています。

板橋弥央(いたばし みつお)
株式会社エンタメロード所属。東京都出身。台湾人の母を持つ。2006年に日本ろう者劇団に入団し、自主公演や手話狂言などに出演。2011年に劇団を退団後は、台湾のろう社会の現状や文化の魅力、そして手話について全国各地で講演活動を行う。2013年より、演劇グループ「男組」を結成。同年10月に旗揚げ公演。以降、全国各地で公演を行っている。現在はイベントMCを中心に、手話指導や表現者としても幅広く活動。

―非常に重要なお話だと思います。私も最近気づいたのですが、映像配信のサブスクでも会社によって日本語字幕があるものとないものがありますよね。サブスクの字幕もそれをきっかけに疑問に思うようになりました。

板橋:ろう者にはNetflixが人気なんですよ。基本的にどの作品にも字幕が付いているから。映画にしろ、サブスクにしろ、私自身もこうしたことに気づく度に窓口に「日本語字幕をつけてほしい」という要望を出したりもしているのですが、ほとんどが「前向きに検討いたします」で終わってしまい、そこから先には進まない。今の田中さんの表情を見る限り、同じような経験があるのではないでしょうか。

田中:すごくわかります。これは舞台芸術においても同じことが言えると思います。私自身もここ数年で、事業者さん宛に鑑賞サポートや舞台手話通訳の導入をお願いするお手紙を書いたり、直接お伺いしてお話させていただいたり、自分が担当する舞台の案内を送ったりする活動も行っているのですが、やはり全てがスムーズにとはいかないのが現状です。

一方で、公演規模の大きかった『SIX』で舞台手話通訳を取り入れた影響はやはり大きく、他作品でも取り入れるきっかけになりました。そんな風に一歩一歩を繋げながら、ようやく少しずつ道が開けてきたような、そんな状態な気がしますよね。

小沢:ベース自体がまだ整っていないというのもある気がしますよね。というのも、EPOCH MANもですが、小劇場で活動している団体はとくに予算が限られているので「どの団体でも鑑賞サポートができる」ようにするのは、難しいのが現状だと思います。助成金の有無によっても、予算が大きく左右されるとも思いますし。

イギリスと日本、鑑賞サポート導入状況の差に思うこと

―舞台芸術の実情はもちろん、日本の文化や芸術全般において喫緊の問題であることが伝わってくるお話でした。海外における鑑賞サポートの状況もお聞きできたらと思います。

小沢:ロンドン公演でまず驚いたのは、鑑賞サポート自体が劇場公演の1つのルールになっていたことでした。舞台手話通訳もあれば、字幕もあり、リラックスパフォーマンス(※)という選択肢もあって、団体側が作品に応じて方法を選ぶ形だったんですよね。そうした環境が一つのフォーマットとして整っている状態にまず感動をしました。さらに驚いたのは、舞台手話通訳のリハがなく、僕から細かくお伝えしなくても事前の打ち合わせのみで対応をして下さったこと。そのくらいの場数をすでに踏んでいること、ロンドンではそれが当たり前になっているということを痛感する瞬間でした。

※発達障害や自閉症など、劇場での鑑賞に不安のある人も一緒に公演を楽しめる公演。イギリスでいち早く取り入れられ、ヨーロッパから各国に広まっている公演形態。

板橋:1年間で1000本近くの舞台手話通訳付きの公演が上演されているので、経験値が全然違うんですよね。あとはやはり制度の違い。日本はようやく動き始めたような感じですが、ヨーロッパ、特にイギリスはだいぶ進んでいる。そういう意味でも日本はこれからだと思いますし、田中さんも多くの作品を通じて場を拓いて下さっているので、それが当たり前になっていけばいいですよね。

田中:私もイギリスで現地の通訳者の方とお話した時にも「30年くらいの差があるかもしれない」とサラッと言われて……。でも、それを聞いた時に妙に腑に落ちたんです。30年の差をすぐ埋められるとはもちろん思っていないし、すぐに埋めたところできっといい形にはならないんじゃないかなって。今の日本は焦らず、みんなでより良い形を丁寧に探っていく段階なのかなって思うんですよね。だから、30年の差には焦っているけれど、今やるべきことに対しては焦ってはいけないなって思いました。

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