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つらくても、立ち上がり続けてきた。新津由衣が石崎光と振り返る『傑作』までの物語

2024.4.12

新津由衣『傑作』

#PR #MUSIC

RYTHEMの再始動と、シンガーソングライターとしての最高峰の模索

―その1年は新津さんにとってどんな1年でしたか?

新津:ちょうどRYTHEM再始動の時期でもあったんです。コロナ禍になって、「私が音楽で世の中に貢献するには?」と考えるようになったときに、RYTHEMの音楽がコロナで寂れてしまった世界の人たちの心に届くんじゃないかとよぎったときがあって。本当にありがたいことに、ファンのみなさんはデビュー記念日とかに「今でも聴いてます」っていう声を毎年届けてくださっていて、「期待に応える準備が今の私ならあるぞ」と、その頃生まれた“メロディ”という曲の歌詞に「RYTHEMとしてもう一度歌を歌いたい」っていう気持ちを書きました。それで、YUKAに再始動の話をしに行ったんです。

―それもあって、新津由衣としての動きが止まってしまったと。

新津:RYTHEMとしてのクリエイティブの責任を取ることと、新津由衣として、人間の皮をブワッと上げて、自分の中のモンスターを表に出す作業は全然別ものだから、それを同じ熱量でやれるかどうかにはまだ迷いがあって。毎日3曲ぐらい曲を作って、1ヶ月で100曲ぐらいのデモができたんですけど、全部ボツボックスに入れてたんですよ。本当に大スランプ。曲は出てくるけど、全部知ってる世界っていう感じだったんです。

―まさに石崎さんが言う通りだったわけですね。

新津:「もうこれ以上の驚きは私の中にはないの? 感受性死んだの?」っていう感じ。それで光さんにZoomで相談をしたら、「由衣ちゃんは自由なものを作りたいんじゃない?」「ベートーベンとかバッハとか、そういう作曲家たちのように『作曲をする』っていうことをもっと突き詰めたら?」って言ってくれて。

石崎:何となく弾いて、何となく歌って、何となく作ったメロディじゃなくて、音符一音一音を突き詰めて、「ミの次は本当にソでいいのか」みたいな、1回そこまで考えてみたら? っていう話をしたんですよね。「本来の意味での作曲をしてみよう」みたいなね。

―クラシックであり、スタンダードと呼ばれる音楽を一度自分なりに解釈・理解して、その上で自由な創作を目指すのがいいのではないかと。

石崎:まさにそうで、フィジカルに感じるいい悪いではなく、本当に作品として捉えたときの良し悪しを俯瞰して、客観的に見れるようになって欲しいっていう話をしたんです。

新津:100曲ボツにしたのは感覚的なもので、そのときの気分とか心模様をただ吐き出してる感じだったんです。そうじゃなくて、「新津由衣が令和のシンガーソングライターとして出せる音楽の最高峰はここに詰まってるのか?」って、もう一回デモを聴き直して、「ここよさそう、今光った!」みたいな、そういう風に少しずつ音を紡いでいきました。アーティストとして自分を見ている目と、プロデュースや先生として自分を見ている目と、両極端な目ができちゃった感じだったので、そこからはその両方を使って、行ったり来たりしながら作っていくような作業でしたね。

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