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その選曲が、映画をつくる

ヴェンダースが音楽を教えてくれた。最新作『PERFECT DAYS』もその選曲は健在

2023.12.18

#MOVIE

「環世界」とその横断に、賦活される「生のありよう」

いかにもウェルメイドで静謐な、品の良いムードが支配する『PERFECT DAYS』だが、そうした外見上のスムースさに反し、提示されるメッセージはかなり骨太、というか、実に正道めいたものだ(*)。いくつかのシーンやセリフで示唆される通り、この映画はずばり、メタファー化された数多くの「環世界」の存在と、その中で自覚的に生きることの輝きや喜び、あるいは逆に、それらが互いに混じり合う瞬間の輝きや喜び、そしてまた、そうした瞬間を通じて賦活される生のありようを祝福しているのだ。

*実際のところ、一部のシネフィルが妙に忌避しがちな概念である「メッセージ」が堂々と発されている、というだけでいかにも勇気あることではないか。

「環世界」とは、1900年代はじめ、ドイツの生物学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した概念だ。彼は、それぞれの種は客観的に把握される唯一かつ普遍的な世界を生きているのではなく、その知覚を通じて、各種に特有の主観的世界=「環世界」を生きていると考えた。近年、日本の哲学者・國分功一郎が、ベストセラーとなった著書『暇と退屈の倫理学』の中でこの「環世界」を重要な概念として取り上げ、注目を集めた。

本作にこの「環世界」の概念をより一般化し噛み砕いた上で当てはめてみれば、本作は、それぞれの環世界に生きる社会の様々な人々の「交わらなさ」と、しかし同時に当人がどう構えようが結局は社会的な存在であるがゆえにときに「交わってしまう」人々の生のありようを、静かに描き出しているのだと理解できるだろう。人間は、それぞれの環世界を完全に俯瞰することはできないが、ときに環世界同士を移動し、つなぎ、滲むように交わらせてしまうこともある(できる)のだ。それはしばしば私達にとって快くはない体験となるだろうし、國分の言葉を借りれば、人生の「退屈」に倦むことにもつながる。しかし、私が思うに、そうした人間のアンビバレントなありようは、人間が人間である所以、あるいは社会的な存在である所以の、もっとも深い部分に関わるものでもあるはずだ。人は、変わらない日常の自分だけのルーチン(「環世界」)と、そこにやってくる裂け目のような出来事(「環世界の横断」とでもいうべきか)に触れた時、自らの来し方と行く末を彩るにじみの存在に、はたと気づくことになるのだ。

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