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『イカ天』とバンドブーム論――『けいおん!』から人間椅子まで

『けいおん!』と『ぼっち・ざ・ろっく!』から分析するバンドブームと『イカ天』

2024.12.26

#MUSIC

『イカ天』やそれに類似するムーブメントなどについて3回の連載で紹介する本連載。第2回は、『けいおん!』『ぼっち・ざ・ろっく!』から『ふつうの軽音部』までを題材に2000年代以降のバンドブームについて考察する。

※本連載に大幅加筆を加えた『イカ天とバンドブーム論(仮)』(DU BOOKS)より2025年2月に刊行予定。

アニメ『けいおん!』はカッコよさと簡単さの共存で「自分も弾いてみたい」と思わせた

筆者がフィクショナルな理想のバンドの筆頭として挙げたいのが、アニメ『けいおん!』の劇中バンド・放課後ティータイムである。アニメの舞台は女子校の軽音学部。バンドの練習や演奏シーンは殆ど登場せず、放課後に紅茶を飲みながらたわいもないおしゃべりに興じる女子たちの友情が作品の主軸を成している。ドラマティックな展開はほぼ存在せず、部室での無邪気な日常が延々と繰り返される。その作風は「日常系」「空気系」などとも称された。

『けいおん!』のヒットの大きな要因のひとつは、音楽である。主題歌や劇中歌は軒並みオリコンチャートの上位を独占。第1期、第2期合わせて180万枚を超えるCDが売れた。楽曲のクオリティの高さも圧倒的で、特にオリコン週間ランキングで1位を獲得した“GO! GO! MANIAC”や“Utauyo!!MIRACL”を初めて聴いた時はかなり驚いた、というか、正直、呆気に取られてしまった。アニソンとしては、『らき☆すた』のオープニングテーマ、“もってけ!セーラーふく”以来の衝撃であった、と言ってもいい。

アニメに興味がないという人も、騙されたと思ってこの2曲だけは聴いてみて欲しい。スラッシュメタル風の過激なギターリフ、変則的でつんのめるような高速のビートは、グラインドコアやマスロックといったエッジーな洋楽の要素を的確に抽出しており、音楽マニアの心も鷲掴みにするだろう。しかも、普通こうしたヘビーな楽曲に乗るのは男性の野太いシャウトだったりするのだが、『けいおん!』では、愛らしい声色の声優がボーカルをとるため、文字通り世界的にも類を見ない奇妙な化学反応が起きている。メロディに対する歌詞の乗せ方もそうとうにいびつで捩れており、どう考えてもカラオケで歌えるようなシロモノではない。こんな異物感に満ちた曲がオリコン1位を獲得したというのは、最早ひとつの事件と言うべきだろう。

ただし、裏を返せば、オープニングで使われるこの2曲以外はストレートで癖のないロックチューンが劇中歌となっている。放課後ティータイムがライブで演奏するという条件もあったのだろう。あまりにも彼女たちが演奏するのが困難に聴こえる曲はリアリティに欠けるため、採用されなかったと見える。だからこそそれらの曲は、視聴者に「これなら自分でも弾けるんじゃないか」「自分も弾いてみたい」と思わせた。

実際“ごはんはおかず”、“ふでペン ~ボールペン~”、“わたしの恋はホッチキス”、“ふわふわ時間”、“天使にふれたよ!”といった曲は、容易にコピーが可能な構造を有している。当然、バンドスコアも発売されているから、放課後ティータイムのように演奏するハードルはさほど高くないのだ。そして放課後ティータイムの劇中での演奏は絶妙なヘタウマ加減で、見事なリアリティを獲得している。これは、演奏したミュージシャンたちがあえて巧く演奏しすぎないように配慮されたもので、神は細部に宿ることを証明していると言える。また、『けいおん!』効果が楽器の売り上げが爆発的に増加したことは、各種データでも証明済みである(※)。『けいおん!』も(そしてのちに触れる『ぼっち・ざ・ろっく!』も)また『イカ天』に続く、「バンドをやる」ブームを誘発したのだ。

帝国データバンクの調査によると、2022年度は『ぼっち・ざ・ろっく!』の影響で、新たにギターを始めるライト層向けの販売が増加した楽器店もみられたという。アニメやマンガの影響で楽器の売上が伸長した例としては過去に『涼宮ハルヒの憂鬱』や『けいおん!』、『響け!ユーフォニアム』等がある。

もちろん、バンドを組むまでいかずとも、楽器の鍛錬に励み、その実力を衆目に向けて発信する者も増えた。実際、ニコニコ動画やYouTubeには、『けいおん!』の主題歌やキャラクターソングを思い思いにコピーした動画が溢れかえっている。魅力的なキャラクター造形を誇る『けいおん!』には、登場人物に自己を同化させ、パンクやヒップホップや『イカ天』がそうだったように「あれなら自分にもできそうだ」と思わせる力があった。それは、かつてバンドブームの頃、『イカ天』の熱気に魅せられて多くの若者が楽器を手にした光景にもダブって見えるのだ。

少し視点を変えてみると、もっと様々なことが見えてくる。作中で軽音楽部の女子高校生たちを演じた声優たちが、一堂に会し、劇中歌を演奏するというライブが2009年と2011年に行われた。彼女たちが実際に演奏したのはわずかであり、多くはプロのバンドが音を出していた。いわゆる「あてぶり」である。だが、そのわずかな実演が感動と感涙を呼んだのだった。声優陣はキーボードの琴吹紬を演じた寿美菜子を除いては楽器初心者であり、当然演奏は拙い。だが、その拙さや未熟さが曰く言い難い訴求力を持ち、観る者の胸を打つのだ。

巧拙に還元されない演奏や歌が、時として不可思議な魅力を放つのはさして珍しいことではない。これもまた、『イカ天』に通じる現象だろう。演奏はうまいにこしたことはない? いや、そういう問題じゃない。演奏がうまければうまいほど審査員はそのバンドを絶賛しただろうか? そして、視聴者は自分に引き寄せてそれらの演奏に感情移入しただろうか? 答えはノーである。未熟だからこそのびしろがあり、ポテンシャルを秘めている。それを『イカ天』の視聴者も、『けいおん!』のファンも無意識のうちに感知していたのではないだろうか。

例えばThe Shaggs(※)のような、普通に考えれば下手くそなバンドがなぜ多くのリスナーを虜にするのか。理屈では説明のつかない切なさや蒼さが込められているとしか言いようがない。ただ言えるのは、声優たちの一生懸命で全力投球の高校球児のような姿に、どうしても声援を送りたくなってしまう、ということだ。それは、親が子供の成長を見守る姿にどこか似ているかもしれない。

※アメリカの3姉妹によって結成された女性ロックバンド。ヨレヨレでヘロヘロの演奏が特徴で、通常の巧い下手の基準からは遠く離れているが、坂本慎太郎をはじめ、多くのファンが存在する。ヘンリー・ダーガーに代表されるアウトサイダーアートになぞらえて、アウトサイダーミュージックと呼ばれたりする。

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