フィービー・ブリジャーズの3rdアルバム『Lost Weekend』が、8月14日(金)にリリースされる。
前作『Punisher』以来、約6年ぶりのアルバムとなる同作。彼女はこの6年の間に、SZAのアルバムへの客演、テイラー・スウィフトのスタジアムツアーへの帯同、そしてboygeniusとしてのグラミー賞受賞、さらにはニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン公演を即完売させており、インディー界の才女から「メインストリームに立つスター」へとスケールアップを果たした。同作は、スタジアム規模の狂騒を経験したアーティストが、自身の根幹にあるパーソナルな音楽性と改めてどう向き合うのかを示す、キャリアにおいて重要な意味を持つアルバムとなる。

巨大なスターダムの渦中にいる彼女が、新作に『Lost Weekend』というタイトルを冠したこと自体、ロック史における重要な文脈を現代に呼び覚ます。
1973年から1975年にかけて、ジョン・レノンがオノ・ヨーコと別居し、LAで毎晩のように酒に溺れていた時期も、同じく「失われた週末(Lost Weekend)」と呼ばれている。しかし、ジョンのこの期間は単なる悲劇ではなかった。ここでの「Lost」とは、何かを「失った」という受動的な悲劇ではなく、「我を忘れて殻をやぶる」こと。周囲の期待やポップスターとしての体裁から解き放たれ、徹底的に自分を見つめ直し、本質的な自分を吐き出すための能動的な行為。この時期のジョンは、全米1位を獲得した名盤『Walls and Bridges』を制作し、デヴィッド・ボウイと“Fame”を共作するなど、ポップスの制約から離れ、自由で実験的な実りを迎えた。このタイトルを選び取った彼女の現在地もまた、当時のジョンの姿と重なり合う。
ジョン・レノンがそうであったように、彼女もまた、スターとしての苦悩や傷を、単なるエモーショナルな悲劇として同情を誘うような素朴なアーティストではない。その証拠が、米国の大人気コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』でのパフォーマンスに表れている。彼女は死の象徴である「骨格標本の着ぐるみ姿」で出演し、自らのトラウマや世界の終わりを悲痛に歌い上げる楽曲“I Know the End”を演奏し、最後に突如テレビカメラの前で笑顔のままギターを粉砕してみせた。自身の痛みすらも一歩引いて客観視し、ギターを壊すという使い古されたロックスターの振る舞いをあえて演じることで、皮肉たっぷりのユーモアへと変えてしまう。この冷徹な批評性こそが彼女の本質と言っていい。だからこそ同作も、決して感情的に垂れ流される表現にはならず、コントロールされた鋭利なものになるに違いない。
巨大なポップスの市場を経験したアーティストの多くは、そのスケールに合わせるように華やかなシンセポップやアリーナ向けの分かりやすいサウンドへと舵を切ることが多い。しかし、彼女が同作で選び取ったのは、ポップスへの同調ではなく、自身のルーツである内省的でパーソナルなインディーフォークのさらなる探求なのではないか。
この選択は、boygeniusにおけるメンバーの役割を振り返ると腑に落ちる。ルーシー・デイカスが地に足のついた「文学的なストーリーテラー」であり、ジュリアン・ベイカーがギターを掻き鳴らしエモーションを爆発させる「血肉のプレイヤー」だとしたら、フィービー・ブリジャーズは、音の隙間や残響をコントロールし、静かで神秘的な楽曲の空気感を漂わせる「空間の設計者」。バンドならではの肉体的な熱量や、スタジアムの熱狂をくぐり抜けたからこそ、自身が最も得意とする「空間の設計者」としての静かで深い内省的な音像を深化させる。
3rdアルバム『Lost Weekend』は、スターとしての完璧に管理された「平日」に安住し、アリーナ向けのポップネスへと同調する作品ではなく、「Lost Weekend(我を忘れて本質的な自分を吐き出す週末)」へと飛び込み、6年間で培ったメインストリームでの経験やポップスのニュアンスを取り入れながらも、自身の音楽性を引き上げたアルバムとなるのではないだろうか。
フィービー・ブリジャーズ『Lost Weekend』

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■アーティスト:Phoebe Bridgers(フィービー・ブリジャーズ)
■タイトル:Lost Weekend(ロスト・ウィークエンド)
■品番:DOC400JCD[CD]DOC400JLP-C6[LP/国内流通仕様]
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■発売元:ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ