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藤本タツキ『ルックバック』は、なぜクリエイターに衝撃を与えたのか

2024.6.28

#MOVIE

藤本タツキ原作の劇場アニメ『ルックバック』が今週金曜から公開。同作を、よしもと漫画研究部の部長で年間1,500冊以上の漫画を読む漫画大好き芸人・吉川きっちょむが解説

クリエイターに激震が走った漫画『ルックバック』公開の日

映画『ルックバック』が6月28日から劇場アニメとして公開される。原作である漫画『ルックバック』は、2021年7月19日0時に集英社の漫画誌アプリ・サイト『少年ジャンプ+』にて無料公開された藤本タツキによる143ページに及ぶ長編読み切り作品である。公開されるやいなや爆発的な反響を呼び、閲覧数は初日に250万、2日目に400万を突破した話題作だ。そして同年に発表された、宝島社『このマンガがすごい!2022』オトコ編第1位に輝き、『チェンソーマン』に続いて2年連続の1位となった。

© 藤本タツキ/集英社

学年新聞で4コマ漫画を連載している小学4年生の藤野は、同級生から絶賛を受けていたが、ある日、不登校の同級生・京本の漫画も掲載したいと先生に告げられ、その画力に衝撃を受ける。その後、2人はともに創作の道を歩むが、やがて袂を分かち、それぞれの道へ踏み出す。画力の差を見せつけられ挫折するも再起しひたむきに努力する過程やドラマティックな2人の少女の出会い、共に漫画に向き合う姿、不条理な出来事が起きる中での創作を続けることへの無力感、そしてフィクションを描くことの意味を瑞々しくリアルに描ききっている。『少年ジャンプ+』に初公開された日、漫画家をはじめ『ルックバック』を読んだ様々なクリエイターに激震が走りそれぞれが思わず心情を吐露したのも記憶に新しい。語彙力を失うほど素晴らしいという感嘆の声から、あまりの完成度の高さから漫画家として自信を失ってしまうという意見まで多く見受けられた。なぜここまで読んだ者の胸に刺さり心を揺さぶったのだろうか。

漫画『ルックバック』に編み込まれた「時代性」

近年の『週刊少年ジャンプ』 連載作品の中でも、一際異彩を放った『チェンソーマン』を生み出し、漫画界のトップランナーとして活躍してきた藤本タツキ。『ルックバック』はそんな藤本タツキ自身を投影した内容となっている。彼自身、作中の主人公の一人・京本と同じく山形でモデルとなった美術大学に通った経歴があるのだが、大学に入る直前の2011年には東日本大震災を経験している。以降、18歳からずっと無力感のようなものがつきまとい、悲しい事件がある度に、自分がやっていることが何の役にも立たない感覚が大きくなってきたそうなのだが、『ルックバック』はまさにその気持ちを無理矢理消化し吐き出すための作品だった。『ルックバック』発表時点で東日本大震災から約10年。いまだ日本国民の心の奥底に落とした影は大きく、さらにコロナ禍の閉塞感も相まって作者同様に無力感を感じる人々も多かったのではないだろうか。『ルックバック』は、そんなタイミングで全員が心のどこかで感じていた創作や物語が持つフィクションとしての無力さを拾い上げ、フィクションだからこそできる力で現実の不条理を殴り飛ばして、救ってくれたのである。公開からすぐに大きな反響を呼んだ理由には、そんな時代性もあったと考えられる。

映画から受けた影響を漫画に落とし込む

また作中には様々な小ネタが仕込まれており、本編をそのまま受け取るだけでも素晴らしい作品なのだが、文脈を知っているとより楽しめる部分もある。映画からのオマージュも多く、現実の悲惨な出来事をフィクションで書き換えるという点では、1969年、アメリカで実際に起こった「シャロン・テート殺人事件」を扱ったクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』がモチーフになっており、作中にはパッケージらしきものまで背景に描かれている。

藤本タツキは『ファイアパンチ』や『チェンソーマン』、『週刊少年ジャンプ』巻末や単行本のコメントで頻繁に映画について言及しており、モチーフとしても自身の漫画に取り入れるほどの映画好きである。漫画を描く上でも、モノローグを極力減らし説明的すぎず、映画から影響を受けたであろうカメラワークや構図にこだわり、それらを漫画というメディアに落とし込んで描いているのが読み手に伝わってくる。『ルックバック』に関してはそれがさらに顕著で、人物や背景に注目してもらうためにまず、元から多くないセリフ量を削り、効果音を無くしている。読むと狙い通り、画面の静けさと映像的な表現に目がいく視線誘導が巧みに効いている。そして、動画から切り抜いてきたかのような自然な表情や、コマ送りのような動作の表現が素晴らしく、時間経過を描く技工が輝いている。藤野が自室の机に向かってひたすら絵を描くシーンでは、背景の窓から見える景色や部屋の小物だけで時間が経過し、季節が巡っているのを表現している。

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

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