私は今、自分の欲望を飼い慣らしている。食べないということは、自分の意思で自分の体と心を制御できているということ。多幸感と高揚感が止まらない。なぜ? 私は不食を実践できる特別な存在だから……。
そうして食を否定した先にあるのは? ジェシカ・ハウスナー監督は、『クラブゼロ』でカルトや洗脳のしくみを描き出す。舞台は多感な思春期を過ごす生徒たちが通う寄宿学校。自身のアイデンティティを見つけようと模索する彼らの心の隙間に、不食を説く栄養学の教師・ノヴァクの言葉がするりと入り込む。ハーメルンの笛吹き男の物語さながら、ノヴァクに従い始めた生徒たちは、一体どこへ進んでいくのか。
前作『リトル・ジョー』を越え、さらなる不快感を描いた本作を作り出した、ジェシカ監督の思想とは。そして、支配する / される関係は、どのようにして起こるのだろうか。ジェシカ監督に話を聞いた。
※本記事には映画本編の内容に関する記述、および摂食障害に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
自分の考えを心から信じている、実在するカルトのリーダーから着想を得た主人公像
ー『クラブゼロ』は、『第76回カンヌ国際映画祭』コンペティション部門に正式出品されています。現地では、作品に対して賛否両論があったと伺ったのですが、監督はそういったリアクションをどのように受け止めましたか?
ジェシカ:私の作品としては普通の反応でした。自分の映画は、観客を真っ二つに分ける作風なのかなと自負しています。気に入ってくださる人もいれば、自分の期待していることが描かれていないと怒る人もいるような映画ですから。今は、賛否どちらの意見も生まれることが褒め言葉のように感じています。
ー本作では、食事や栄養学が主なテーマになっていますが、どうしてこういった題材について描こうと思ったのでしょうか?
ジェシカ:この映画は「操ること / 操られること(manipulation)」についての作品です。どんな考えも自分の頭の中でどんどん成長して、過激化する可能性があると思いますが、テーマに食を選んだのは、トピックとして実存主義的だからです。
生きている私たちにとって避けられないものであり、同時に体に直接入れるという親密さやパーソナルな側面がありますよね。さらに、何を食べるかや食べ方についてなど、食には文化や社会的なルールとの関わりもたくさんあります。このように、私たちの人生に深く関わっているというところが面白いなと思いました。
ー栄養学の教師であり、生徒たちに「意識的な食事(conscious eating)」を教えることになる主人公ノヴァクを演じたミア・ワシコウスカ(Mia Wasikowska)へは、監督が直々にオファーしたそうですね。2人でノヴァクの人物像について話し合いながら、役のイメージを明確にしていったと伺っています。ミアとはどのような会話をしたのでしょうか?
ジェシカ:彼女とは、非常に興味深いリサーチをしました。カルトを抜けた方に話を伺ったのですが、私は「なぜカルトを始めるのか」について興味があったので、特にリーダーの方がどんな方なのかを調べていきました。権力を持ち、他者を自分の支配下に置きたいと考えるサイコパスのようなリーダーもいたのですが、一方では、自分が行っていることを本当に信じているリーダーもいました。彼らは、自分の考えは正しくて良いことなので、信者に伝えたいと心から思っている。私は後者の人物像が面白いと思いました。この人物がまさにノヴァクです。
ジェシカ:つまり、ノヴァクは自分がいいことをしていると完全に信じているんです。神と自分は繋がっていて、神からの啓示やメッセージを子どもたちに伝えている。ある種、聖人のような人間です。聖人というのは、背景を調べていくと実は結構過激だったりするんですよね。