ポール・トーマス・アンダーソンの新作が評価をかっさらう一方で、ルカ・グァダニーノやアリ・アスターらによる物議を醸す作品も登場した2025年下半期。
今期もライターの木津毅と長内那由多による恒例の振り返り対談を実施。インドやブラジル発のローカリティー溢れる作品から、賛否両論に揺れるジャンル映画、ストライキ期に制作されたであろうテレビシリーズの現状まで、縦横無尽に語り合う。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承ください。
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『ワン・バトル・アフター・アナザー』独走の下半期
―まずはざっくりと2025年下半期を振り返るといかがでしたか?
木津:作品単位でいいなと思うものはありましたが、全体として大きな動きが見えてくる感じはしませんでした。一つ驚きだったのは『ワン・バトル・アフター・アナザー』(ポール・トーマス・アンダーソン監督)がこんなにも盛り上がったことです。日本の映画ファンの最大公約数的な支持が、そのまま海外の批評家たちの最大公約数とも完全に一致している。こうした状況は近年、実はあまりなかったのではないかという気がしています。

ライター。映画、音楽、ゲイカルチャーを中心に各メディアで執筆。著書に『ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん』(筑摩書房)がある。
木津毅:2025年下期のベスト映画/ドラマ
・『私たちが光と想うすべて』(パヤル・カパーリヤー)
・『アイム・スティル・ヒア』(ウォルター・サレス)
・「オスロ、3つの愛の風景」(ダーグ・ヨハン・ハウゲルード)
・『バード ここから羽ばたく』(アンドレア・アーノルド)
・『ワン・バトル・アフター・アナザー』(ポール・トーマス・アンダーソン)
・『ハウス・オブ・ダイナマイト』(キャスリン・ビグロー監督)
・『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』(マイク・リー)
・『旅と日々』(三宅唱)
・『トレイン・ドリームズ』(クリント・ベントレー)
・『アフター・ザ・ハント』(ルカ・グァダニーノ)
長内:裏を返せば、下半期は『ワン・バトル・アフター・アナザー』以外に目立った話題がなかったとも言えます。北米の賞レースを見ても、現状は1強状態ですよね。もう少し他に張り合える話題作があってもいいのにな、と感じています。

映画 / 海外ドラマライター。東京の小劇場シーンで劇作家、演出家、俳優として活動する「インデペンデント演劇人」。主にアメリカ映画とTVシリーズを中心に見続けている。
長内那由多:2025年下期のベスト映画/ドラマ
・『愛はステロイド』(ローズ・グラス)
・『私たちが光と想うすべて』(『何も知らない夜』)(パヤル・カパーリヤー)
・『アイム・スティル・ヒア』(ウォルター・サレス)
・『ワン・バトル・アフター・アナザー』(ポール・トーマス・アンダーソン)
・『エディントンへようこそ』(アリ・アスター)
・『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』(マイク・リー)
・『ロスト・バス』(ポール・グリーングラス)
・『WEAPONS/ウェポンズ』(ザック・クレッガー)
・『フランケンシュタイン』(ギレルモ・デル・トロ)
・『トレイン・ドリームズ』(クリント・ベントレー)
・『アフター・ザ・ハント』(ルカ・グァダニーノ)
長内:ジョシュ・サフディ監督の『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』が大きな波を作りそうな雰囲気はありますが、日本での公開は2026年ですし。自分のベストを見返しても、上位に配信作品が多くて、劇場公開作としては少し寂しい、盛り上がりに欠ける下半期だったなと思います。正直、ラスト2カ月は消化試合のような感覚でした。

木津:長内さんが得意とされているアメリカ映画の分野だと、見るべき作品が劇場公開されず、急に配信で公開されるパターンが定着してしまいましたからね。映画を熱心に追っている人ほど、結果的に「配信作品ばかり見ている」という状況が如実に出た半年間だったように思います。
長内:局所的な盛り上がりとしては『WEAPONS/ウェポンズ』(ザック・クレッガー監督)がありました。公開初週の新宿ピカデリーでは全席完売という上映回も多くありましたが、全国の規模で見るとわずかな館数の公開。メインストリームから洋画がどんどん遠ざかっていることを肌で感じます。
木津:『WEAPONS/ウェポンズ』に関しては、複雑な心境もあります。今のアメリカで特大ヒットを狙えるのは、やはり考察要素のあるホラーやジャンル映画に限定されてしまうのか、と。作品としての力は『罪人たち』(ライアン・クーグラー監督)のほうが高いと感じましたが、『WEAPONS/ウェポンズ』は後半の力技のような魅力も含め、SNSで盛り上がっていましたね。
長内:いわゆる考察系の消費のされ方ですね。
木津:良くも悪くも、戦略的にマーケティングされた作品が近年の大作映画では強いなと感じます。
長内:イベント化しないとお客さんが集まらない現状がありますよね。『マーティ・シュプリーム』もティモシー・シャラメのプロモーションの仕方は、イベントを積み重ねて一気に熱量をぶち上げていく手法。これにはハリウッド内部でも驚きはあるでしょうね。
木津:シャラメ自身、自分がスターであることを背負って立つタイプなのかもしれません。
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賛否両論を呼んだ『アフター・ザ・ハント』と『エディントンへようこそ』
―上半期の対談では、木津さんはA24作品に注目されていましたが、実際にいかがでしたか?
木津:『テレビの中に入りたい』(ジェーン・シェーンブルン監督)や『顔を捨てた男』(アーロン・シンバーグ監督)などは、A24ブランドとして通好みな作品でありながら、日本の観客にもしっかりと届いていた印象です。少し変わった映画を見たいならA24という認識が完全に定着しましたね。アメリカで賛否両論だった『エディントンへようこそ』(アリ・アスター監督)みたいな、冷静に考えると一般向けとは言い難い作品が日本で話題になるのも、ブランドが信頼されている証拠ですよね。


長内:毎月24日の「A24の日」の再上映イベントも盛り上がっていますし、12月には未公開4作品から投票で上映作を決める試みもありました。ブランド化も定着しましたよね。
また、A24に限らずボディホラーの話題作が多くなっていることが気になります。『顔を捨てた男』『テレビの中に入りたい』のほか、上期の『サブスタンス』(コラリー・ファルジャ監督)や、2026年1月に公開の『TOGETHER トゥギャザー』(デイヴ・フランコ監督)などですね。なぜ今、自分の体が損なわれる恐怖を描くボディホラーが同時多発的に製作されているのか。
木津:デヴィッド・クローネンバーグやデヴィッド・リンチを好むような、映画オタク的な嗜好が今のA24周りの観客と合致しているのが一因かなと思っています。
長内:それもあるかもしれないですね。さらに言うと、現在のように現代劇が作りにくい時代において、世の中に対する不安を個人の一番身近なところ——つまり自分の身体との関係に投影しているのかもしれないと思っているんですよね。
―たしかにアイデンティティ・ポリティクスの時期から、現代劇が作りづらいと言われますよね。
木津:僕がポジティブに受け止めているのは、『エディントンへようこそ』や『アフター・ザ・ハント』(ルカ・グァダニーノ監督)のように、海外で賛否が起こった作品の存在。これは映画作家が、現代の議論がわかれる複雑な問題に対して向き合っている証拠だと思うんです。4、5年前よりも、映画を通して多様で複雑な視点を発見する機会が増えている気がします。現代の作家たちがそこに果敢に挑んでいる。

長内:現代劇が作りにくい状況下でも、限られた作家たちは挑戦的な作品を世に出していますよね。その2作品は、下半期の重要な収穫だと思います。
『アフター・ザ・ハント』は見たばかりですが、グァダニーノの旺盛な創作意欲に驚きました。上半期の『クィア』が極めて情熱的で前のめりだったのに対し、今回は全く違う手触りです。この5年ほどの社会の動きを、冷静に、かつ脚本の力を活かして描いています。脚本も素晴らしいですね。
木津:脚本を手がけたのはノラ・ギャレット。「ブラックリスト(製作前の優秀脚本リスト)」に載っていた無名の新人だそうです。海外の一部では「アンチフェミニズム映画」という安易なレッテルを貼る向きもあったようですが、実際に作品を見れば、Me Too運動が抱える複雑な側面を真摯に描いていることがわかります。グァダニーノがそうした政治的・社会的に入り組んだ現代の問題に挑んだことは、映画の持つ「現代に向き合う力」を再認識させてくれました。グァダニーノのように、ヨーロッパにルーツを持つ監督だと、アメリカを客体化して描けるのが面白いです。