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アンビエントミュージックと雅楽の決定的な違い
―そういう意味で言うと、石田さんがお話してくださった雅楽の特徴というのは、三船さんにとってもインスパイアされる部分が多いですか?
三船:そうですね。僕はこれまで雅楽にきちんと向き合ってこなかったけど、現代のアンビエントミュージックがやってることを、1300年前の段階ですでにやっていた感じがするんですよね。
石田:自分もブライアン・イーノは大尊敬しているんですが、この間イーノのドキュメンタリー映画を観てきたんです。でも、ひとつだけ「これは多分相容れないな」と思うことがあって。
―それはどういうことですか?
石田:映画の中でイーノは「芸術は、人間の感情がすべて」というようなことを言ってたんです。僕自身、人間の感情すら自然の一部として捉えているので、やっぱり根本のところでアンビエントミュージックと雅楽は違うなと感じましたね。
例えば、ポピュラー音楽のレコーディングって、大抵ドラムとベースから録るじゃないですか。でも、古典雅楽をスタジオで録音する時は、ほかの音を先に録音していって、最後に打楽器を録るんです。雅楽では、打楽器という心臓の音に近い「人間らしい音」が最後にスッて乗っかるんですよね。古い日本画を見ても、人間が小さく描かれているじゃないですか。それと同じ感覚だと思うんです。
三船:すごくわかります。アンビエントと雅楽は、表面上は似てるんだけど積んでるエンジンが違うというか。僕はベルリンと東京の2拠点生活をしてるんですけど、ヨーロッパは基本的に「我思う、故に我在り」という思想の人たちが多くて。もちろん全員じゃないですけど、「自分があって世界が存在する」という人間中心の考え方が基本にある。
イーノが言うように、音楽的にも最初に自分の感情があって、その先に外界がある。でもアジアでは、ご飯を食べるときもみんなで取り分けたり、みんなで場を作るという感覚や文化があったり、「あくまでも自分は世界のひとつでしかない」という感覚が深い時間をかけて培われてきた気がする。その違いは音楽的にも反映されていると思いますね。

石田:雅楽以外の場所でこんなにわかってくれる人に初めて会いました(笑)。さっきも言ったように、森や自然の中にいると、一定のリズムのものがひとつもないんです。カエルもすぐに鳴き止むし、等間隔で鳴り続けるものがない。でも、唯一等間隔のものがある。それが心臓の音なんですね。
ヨーロッパ人は自然の中で鳴り響いている多様な音の中でも、自分自身の心臓の音にフォーカスを当てたんじゃないかと思うんですよ。そこから音楽を作り出した。でも、日本の人たちは自分たちの心音ではなく、自然のほうにフォーカスを当てたと思うんです。そうした違いはアンビエントと雅楽の間にもあると思いますね。
―東洋と西欧ではベーシックな自然観にも違いがありますよね。自然とは管理できないものであり、あくまでも自然と共存しようとする東洋的観点に対し、西欧において自然は人が征服し、管理するものとされます。
三船:実際、ドイツの田舎でもだいたい森には人間の手が入ってますもんね。イングリッシュガーデンとか最たるものですよ。シンメトリーに整備されていて、完全にコントロールしようとしている。でも、日本に帰ってくると、雑木林みたいにごちゃっとしていて、そこに居心地の良さを感じるんです。
―三船さんはヨーロッパと日本を行き来してるから、東洋的な視点をある種、客観的に見ているところもあるんでしょうね。
三船:そうだと思いますね。逆に日本人であることをものすごく意識させられるようにもなりました。過去の人間たちが受け継いできたものを踏まえて「じゃあ、今の僕にできるのはどんなことなんだろう」と考えているんです。
