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『ヤマシタトモコ20周年展』レポート。「ケア」と「居場所」の時代に一層響くその表現

2026.10.28

#ART

漫画家ヤマシタトモコの代表作『違国日記』は、2023年に連載を終えたあとも、2024年に実写映画が公開され、2026年のはじめにはTVアニメの放送がはじまった。完結してもなお、この物語は新しい読者に届き続けている。

なぜいま、私たちはヤマシタトモコを必要としているのだろう。旧尾崎テオドラ邸で開催中の『ヤマシタトモコ20周年展』を鑑賞しながら、「ケア」や「居場所」が注目される現在いやますその魅力について、あらためて考えた。

世田谷にたたずむ洋館。こぢんまりとした2部屋に並ぶ原画たち

世田谷区豪徳寺。商店街の外れ、静かな住宅街の路地を曲がると水色の洋館が現れる。「旧尾崎テオドラ邸」。明治時代に建てられ、昭和のはじめ頃に現在の場所に移築された建物だ。

洋館の扉を開け、玄関でスリッパに履き替える。サイズの合わないスリッパで黒っぽい木の床を進むと、人の家にお邪魔しているような、少し落ち着かない感覚になる。

この瀟洒な洋館で開催されているのが『ヤマシタトモコ20周年展』である。

玄関から階段へと続く廊下は少し薄暗く、角にはステンドグラス風のレトロなランプが足元を照らすように置かれている。吹き抜けの階段を上がると、踊り場の縦長の窓から柔らかい光が差し込んでくる。濃い色の木の手すりと白い壁のコントラストが美しい。

2階の展示室へと続く踊り場の縦長の窓から光が差し込む

展示室は2部屋だけの、こぢんまりとした空間だ。厚手のクラシックなカーテンが引かれ、天井からは洋館らしいランプが下がっている。

白黒の原稿が、ガラス張りの棚の引き出しに収められている。一段ずつ引き出し、屈んで覗き込むようにして観る。ガラス越しではあるものの、近い距離でじっくりと観ることができるのは嬉しい。カラーの原稿は額に収められ、目線の高さで向き合う。

引き出しのなかの『違国日記』。手で描かれた線を覗き込む

ヤマシタトモコは1981年生まれ。2005年にデビューし、繊細な人間ドラマからコメディ、サスペンスまで多くの作品を描いてきた。『違国日記』は2017年から2023年まで『FEEL YOUNG』(祥伝社)で連載された全11巻の作品だ。人見知りの少女小説家・高代槙生(35歳)が、交通事故で両親を亡くした姪の田汲朝(15歳)を引き取り、ぎこちない同居生活をはじめる。対照的とも言える二人が関係を築いていく過程を、静かに描いた物語だ。

最初の展示室は『違国日記』を中心に構成されている。その手描きの一色原稿とネームが並べて展示されていて、原稿の方にはセリフがほとんど入っていない。吹き出しは描かれているものもあれば、描かれていないものもある。トーンも貼られていない。

『違国日記』朝が「ふつうで卒業式にでたかったのに!!」と怒る場面(左) / 母のことを過去形で話すと言う朝に、槙生が「過去完了形」と返す場面(右)

セリフのない漫画の原稿は、人物の表情や、髪や服のしわの流れ、視線、コマとコマの間が無防備になる。描かれた線だけがそこにある。線の強弱やかすれに、描くという行為の生々しさを感じる。迷いなく引かれたであろう線に、何万回と繰り返された時間の積み重ねを見る。

展示されているのは原稿だけではない。セリフや場面を取捨選択した跡が残るネタ帳、普段使っている画材、水張り用の板、それに趣味で編んでいるというニットまでが並ぶ。ネタ帳は会期中に時々ページがめくられるそうだ。20年にわたって、一人の作家が机に向かい、言葉を選び、線を引いてきた。その手触りが、部屋のあちこちに佇んでいる。

画材やネタ帳が展示されている。ネタ帳ではセリフや場面を取捨選択した痕跡が見られる

もうひとつの展示室では、『BUTTER!!!』『YES IT’S ME』『運命の女の子』など過去の人気作品のカラー原稿や雑誌の表紙、最新作の『竜巻』のデジタル原稿までが並ぶ。『竜巻』はミニマムなコマ割りで描かれるサスペンス群像劇だ。セリフも入ったデジタル原稿からは、手描きの原稿とは違った密度の高さを感じる。作家の20年の歩みが2つの部屋を通して俯瞰できる。

最新作『竜巻』のネームと、セリフの入ったデジタル原稿

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