maya ongakuはメンバー3人の生まれ故郷である神奈川県湘南地域を拠点にしながら、世界各地で精力的にツアーを重ねている。3年ぶりとなる待望の新作『Nothing Space Music』には、そうした活動のなかで育まれてきた世界に対するまなざしと、その裏に潜むものに対する鋭敏な感覚が音を通して表現されている。
「境界や分断は、この世界に存在する。ただ、僕らの音楽に触れることが、この世界に存在するさまざまな境界を、もう一度見つめ直すきっかけになることを願う」──maya ongakuの園田努(Gt / Vo)が新作に寄せたそのコメントは、彼らの思想の一部を表すものでもあるだろう。
今まででもっとも静かで、穏やかなmaya ongakuの姿が刻み込まれた新作『Nothing Space Music』。自分たちのペースを守るインディペンデントな活動姿勢と、音楽を思考停止の道具にしないための選択について、園田、高野諒大(Ba)、池田抄英(Key / Sax)に話を聞いた。
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江ノ島のコミューン的空間で育まれた、maya ongakuの原点
―みなさん出身は湘南ですよね。
園田:湘南です。僕と高野が鎌倉の中学校で、池田が茅ヶ崎出身。
池田:僕は茅ヶ崎出身なんですけど、高校は鎌倉にある七里ヶ浜高校です。
園田:七里ヶ浜高校は僕の実家からも近かったので、七里ヶ浜高校の人たちとは地域的な交流もあって。逆に僕は茅ヶ崎の高校に行ってたので、茅ヶ崎との縁もあるんですよ。
―じゃあ、みなさんのなかでは鎌倉と茅ヶ崎が地元という感覚?
園田:そうですね。鎌倉と茅ヶ崎の中間の江ノ島には「ACE GENERAL STORE」(※)っていう古着屋さんがあって、そこに遊びに行ってたんですよ。Suchmosのメンバーもよくいて、僕らもいつの間にか楽器をやるようになっていました。
※ACE GENERAL STORE:江の島駅から続く商店街の路地裏にある古着屋。店内には1960~1970年代の文化を軸に、古着やレコード、工芸などが並ぶ。禅の空間や、スタジオを併設した異様な空間に若者が集まっている。
―湘南って一括りに語られることが多いけど、鎌倉、茅ヶ崎、江ノ島って結構土地柄が違いますよね。
園田:鎌倉は結構村っぽいですね。今はいろんな人たちが引っ越してきてカオスになってるから、あまり一元的に言えないけれど、新しく引っ越してくる人に対する地域の人の目は小さいころから感じていました。
高野:僕も小学校から高校まで鎌倉だったのですが、隣の学校となると山の向こう側になるんですよ。だから他の学校との交流もなくて。でも、茅ヶ崎は鎌倉と違って平地だから、違う中学、高校でも関係ないんです。
園田:茅ヶ崎だと、隣の中学のやつはもう同じ中学ぐらいの感覚(笑)。それは鎌倉出身からすると衝撃的でした。
池田:茅ヶ崎市民からすると、鎌倉はやっぱり由緒正しい古都の雰囲気があるし、茅ヶ崎はもうちょっと雑多な感じですよね。人間関係ももうちょっとラフというか。

―湘南には都心と距離を置きながら自分たちの暮らしを維持してる方々も多いですよね。そうした地元の先輩方から影響を受けた部分もあるのでしょうか。
園田:あるとは思います。ただ、自分たちの親世代と、僕らが影響を受けたACE GENERAL STORE周りの大人たちとはちょっと違うと思いますね。ACE周りはSuchmosのメンバーも含め、僕らより6歳から10歳ぐらい上の人たちが多くて、僕らはそこに紛れ込んでいった感じなんですよ。彼らはちょっとアナーキーな空気があって、自治区化してましたね。毎日何かがか繰り広げられていて、僕らが見てきた大人たちとは全然違っていたんですよ。「こういう生き方があるんだ」と。
―湘南には特有の不良文化もありますよね。ACE GENERAL STORE周りはその影響も受けているのでしょうか。
園田:まさに湘南の不良文化だと思います。
高野:サーファーも多いですしね。
園田:『湘南爆走族』(※)の次の次の次ぐらいの世代なのかな。ACE GENERAL STOREのオーナーの父親が『湘南爆走族』のちょい上ぐらい。
※湘南爆走族:1982年に連載が始まった、原作吉田聡による湘南を舞台にした暴走族漫画
高野:その上になると、湘南の海で初めてサーフィンをやり出した世代とかになるんですよ。今の70代ぐらいの人たちは馬にまたがって浜まで行き、サーフィンをやっていたらしくて。
―馬!?
高野:乗馬クラブがあったらしくて。
園田:その下の世代はいわゆるオルタナティブサーフィンの文化に影響を受けていて、禅とか柔術とサーフィンが混ざったりするんですよ。その息子の世代がACEの中心になってるんです。で、一番若い世代が僕らなんじゃないかと。

2021年、江ノ島の海辺の集落から生まれた園田努、高野諒大、池田抄英による3人組バンドmaya ongaku。魂のルーツを超えたアーシーなサイケデリアを奏でる地元ミュージシャンの有象無象の集合体。2023年5月に1st album『Approach to Anima』をGuruguru BrainとBayon Productionよりリリースし11月にEU/UK TOUR、12月に国内TOURを行い成功をおさめ、2025年4月には初となるUS TOURを敢行し大成功を収める。またシアトルのYouTube動画コンテンツ『KEXP』にも出演を果たす。2026年8月に2nd Album『Nothing Space Music』をリリース。
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「好きなことをやって生きたかった」。江ノ島のボロ一軒家から始まったバンドの土台
―高校卒業後、先に1960年代後半のサイケデリックロックにハマっていた園田さんが、高野さんと池田さんにそのあたりの音楽を勧めていったそうですが、具体的にはどのあたりのアーティストを聴いていたのでしょうか。
園田:The Beatles、Cream、The Doors、The Velvet Underground、あとドノヴァンやサイモン&ガーファンクルなど、挙げれば切りがないですね。Pink Floydや、マイルス・デイヴィス『Bitches Brew』(1970年も好きだったし、1969、1970年あたりのものを聴いていました。
―実際に音楽を始めるのは高校卒業後ですよね。溜まり場となっていた家があって、そこの2階にスピーカーを持ち込んで延々Pink Floydみたいなジャムをやっていた、と。
園田:そうですね。江ノ島のボロ一軒家をみんなで借りて、自分たちでは「戸建て」と呼んでました。

―そこは音を出せたんですか?
高野:無理やり出してました(笑)。
園田:大学生だったから許されていたんだと思います。だって俺らがジャムを始めたら、周りの家々が雨戸を閉め始めるんですよ(笑)。戸建てにはいろんなことに興味を持った人たちが来てましたね。みんなで映画を見たり、いろんなことを話したり。
高野:みんな大学生だったから、働くことについてめっちゃ話していたのを覚えてる。
園田:ちょっとでも考えが甘いと詰めるんですよ。「それで就職すんの?」みたいな(笑)。
―昔の学生運動みたい(笑)。
園田:そういう空気でしたね。みんな目も血走ってきちゃって、中身のない発言をすると集中砲火(笑)。
池田:普通の友達は「お前らやべえよ」って逃げていくという(笑)。

―コミューン化していたということなんでしょうね。
園田:そう、完全にコミューンです。でも、ここからレールに乗るか、乗らないかということを自分で選ぶ時期だったので、あのとき話し合っておいて良かったと思う部分もあるんですよ。戸建てに出入りする友達のなかには就職した子もいたけど、俺らは音楽で食っていこうと思っていたので就職しなかった。
音楽をやることは楽しいし、好きなことをやって生きていきたかったんです。それは何かの組織に入り、資本主義に加担するということとは真逆なんじゃないかと思っていました。
―戸建てのような場所から始まったということは、maya ongakuというバンドの土台になっている気もするんですよ。ライブを観ていても、音によって観客とコミュニケーションをとっている感じがするんですよね。
園田:それはあるかも。最初はレコードをかけるイベントから始まったんですよ。みんなでバイトしてPAの機材を買って、それをレストランに持ち込んでレコードをかけて遊んでました。そのころのお客さんは友達か、その友達の友達だったので、DJブースの俺らとお客さんのあいだに上下関係がなかったんですよね。「みんなで楽しみたいよね」という気持ちはずっとあるし、音楽のエネルギーってそういうところに使うべきだと思うんですよね。

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固定観念から解放された、ドラムレス編成での自由な表現
―ところで、活動初期はドラマーがいたんですよね?
池田:ドラマーは3回変わってるんですよ。
園田:俺ら3人は普段から思想を共有してるから、ジャムったときにグルーヴが出るんだけど、1人目のドラマーはそういうことに興味がなかったから、音的にも無理に合わせてる感じがあって……。
池田:ドラマーはむずいんですよ。一番根底でしっかりしてなきゃいけないのに、ウワモノの3人が強すぎるっていう。
園田:2人目も3人目もそういう感じでいなくなっちゃいましたね。
高野:その結果、ドラマーを無理に入れるんじゃなくて、この3人で無理なくやったほうがいいんじゃないかという認識に変わりました。
園田:気持ちもすごく楽になったよね。固定観念に縛られず、自由に音を出せるようになったから。
―今のライブはルーパーのペダルを全員の足元に1つずつ置いて、それを同期させてやってるんですよね?
園田:そうですね。マザーコンピューターがあって、それとリズムマシンとシンセとルーパーを全部繋げて、クリックを共有してるという。
―リズムマシンは高野さんが足元でコントロールしてるんですか?
高野:最近足元でコントロールするようになりました。以前はベースを弾きながらだとコントロールできないから、ベースをループさせて、その間にリズムをコントロールしたり。
園田:決められたシーケンスを組むと予定調和化してきちゃうんですよね。「ここで(池田)抄英のソロを長くやりたいよね」と思ってもシーケンスを組んでいると対応できない。その日の会場も自分たちの状態も毎回違うし、そういうことに対応しながらライブをやれたほうがいいので。
高野:ドラムレスでライブをやることになったとき、「パソコンを使いたくない」っていう話はしていました。アプローチ的にもPCじゃなくて、楽器のアプローチで作った展開のほうが好きなんで。

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海外ツアーで見えた、自分たちのペースを守るための「自治区づくり」
―活動開始以来、海外ツアーを重ねていますよね。どのような理由から海外の活動を重視しているのでしょうか。
園田:やっぱり幾何学模様に出会ったことが大きいんですよ。日本での活動について少し疑問を感じるところもあったんですけど、幾何学模様のメンバーが「嫌なものは嫌だ」「いいものはいい」っていうことの射程をめちゃくちゃ細かく決めて活動してる姿を見て、やっぱそれが一番大事なんだなと思いました。
1つの国で、どデカくパイを取って、それで3人のメンバーが1年食うっていうやり方じゃなくて、複数の国でちょっとずつ純粋なパイを取り続けるほうが豊かだと思うんですよね。僕らは日本でやってるわけで、日本でのやり方も変えていきたいし。
―NiEWでの連載『maya ongakuの米国西域記』を読むと、海外ツアーがいかに過酷かということも伝わってきます。実際、海外ツアーで疲弊して活動休止してしまうバンドもいるわけですが、なぜmaya ongakuは続けられるんでしょうか。
園田:でも、うちらにもありますよ。去年なんかはライブをやりすぎて、ちょっとしんどい時期もあったし。その都度みんなで話し合って、「これは嫌だ」ということを確認するようにしています。だから、今年の前半はライブをやらなかったんですよ。もしかしたら春のフェスも出れたかもしれないけど、一旦休もうと。

―やっぱり「自分たちのことを自分たちで決定できる環境を作る」ことが重要なんでしょうね。
園田:超大事ですよ。ここからどんどん良くなっていくとは思うんだけど、いまだに僕らの活動はパーフェクトじゃないし、maya ongakuを続けたいという気持ちは3人とも変わらないと思うから。
―自分たちの活動ペースを守るうえで、地元である湘南に住み続けることも重要なんでしょうか。
池田:重要ではありますよね。海外ツアーのことを考えたとき、高い家賃を払って東京の狭い部屋に住むよりも、もう少し自然が多くて、家賃が安くて部屋も広い湘南に住むほうが……。
園田:めっちゃリアル(笑)。
池田:自分たちがもともと馴染みの場所っていうのもあるし、経済的にも精神的にもそっちのほうがいいですよね。
高野:都市じゃないほうが自分たちのペースを守りやすいですし。
園田:だから、自治区づくりを湘南でやってるような感じですよね。すごく小規模だけど。
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「逃避なんて、もうやめない?」新作に込めた、思考を促す静けさ
―新作『Nothing Space Music』は新しいスタジオで録ったんですよね。
園田:そうですね。今までの作品は、うちの実家がやってる中古車ディーラーの2階に防音室を建てて作ったスタジオで録ってたんですけど、さすがに飽きてきて。「新しい場所を探すか」という話をしていたところ、平塚市にもともとヤマハ音楽教室だった場所を見つけて。そこにスタジオを作るところからアルバム制作が始まった感じです。
―そのスタジオで作業を進めたことは、今回の作品にどのような影響を与えたと思いますか?
高野:録り方もだいぶ変わりましたね。
園田:広いからエアー録り放題だったし、箱の空気が色を決定づけた感じはありました。音を録っただけで、ひとつの場になるというか、そこが圧倒的に違ったかなと思います。
―園田さんがセルフライナーノーツのなかで書いてる言葉がすごく重要ですよね。「音を聴いていると、その音が塗りつぶしてしまった、そこにあるはずだった沈黙のことを考えるようになった」と。ここでいう「沈黙」についてもう少し詳しくお話いただけますか。
園田:僕らの音楽の聴き方をコントロールしたいわけじゃないんですけど、SNSを見ていると「maya ongakuは逃避できる」とか「異世界に連れていってくれる」という書き込みをよく目にするんですよね。でも、逃避なんて、もうやめない? そういう時代じゃないでしょ? みたいな気分があって……。
どの時代も常にたくさんの問題があるわけですけど、今はその問題がどうにもならないぐらい深刻になってると思うんですよね。資本主義的な問題もそうだし、社会の分断もそう。テクノロジーの進化が早すぎて、新しい時代の子供たちと高齢者が会話できなくなってる気がするし。
音楽が現実逃避的に聴かれること自体、悪いことばかりではないと思うんですよ。それこそシティポップみたいな文化も発展してきたわけだし。でも、そういう時代ではなくなりつつあるとも思っていて。だからこそ、今回のアルバムは聴いて考えさせなきゃいけないなと思ったんですよ。
―考えさせなきゃいけない?
園田:聴き手をコントロールしたくないということは大前提なんですけど……。下手したら自分たちの音楽が「考えさせないこと」に加担してしまうんじゃないかという危機感があって。「そういう目的で音楽をやってるわけじゃない」ということを言いたかったんです。
―すごくよくわかります。自分たちの音楽を世界のことを忘れ、逃避するためだけの場所にしたくない、と。maya ongakuの表現は決して非日常的なものではなく、あくまでも日常と地続きになったものでもあるわけですよね。
園田:そうですね。日常の中でいろんなものを見なくなってるから逃避をしたくなるわけで。

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「見えないもの」を浮き上がらせるアートの役割
―シンプルに言えば、今回のアルバムは静けさみたいなものに満ち溢れているし、穏やかな作品でもありますよね。ただ、静かであるけど、すごく強い作品でもありますよね。こういうアルバムを今出すということは、世界に対するみなさんの態度を表してる感じもしたんです。沈黙を押し潰すものに対して、「それでも音を鳴らすんだ」と抵抗していくんだという。
池田:今回、歌詞のなかで「複素数」っていう言葉が出てきますけど、「見えないものを意識しよう」という話はしていました。音が鳴っているその裏の世界について考えようと。
園田:「虚数を見よう」っていうことですよね。複素数は実数と虚数を合わせたもので、実数は1、2、3という僕らが知っている数字のことですよね。虚数は数字の裏にある数で、「i」とかで表現されるもの。たとえば動物のコミュニケーションって人間のように単語で会話していると思われがちなんだけど、実は複素数的な裏に通底する別のイメージの共有があるんじゃないかという話があって。そういうことをずっと考えていました。言語的じゃない部分でのコミュニケーションの仕方があるかもしれないという。
―その話に繋がるのかわからないんですけど、園田さんの歌詞ってちょっと古風というか、それこそ「万葉集」に載ってる和歌みたいな響きがありますよね。
園田:マジっすか。これから「万葉集」を読んでみようかなとは思ってたんですけど。
―近世以前の時間感覚とか、あるいは現代的な意味性に囚われないプリミティヴな感覚を言葉で表現しようとしているのかなと思って。
園田:そもそも詩ってそういうものですよね。さっきの話で言うと、誰かにものを伝えるときって実数的なものを重視しがちじゃないですか。でも、虚数のことを考えると、もっと別のコミュニケーションの取り方が見えてくる気もするし、詩は虚数の部分を直接的に浮かび上がらせる方法だとも思っていて。詩やアートって、意味わかんないことをあえて言うことによって虚数を際立たせたり、裏の世界を際立たせる行為だとも思うんですよ。
―なるほど。
園田:その歴史にちゃんと乗っからなきゃなっていう感じはありますね。そういう行為でしか伝わらない本質があると思うんですよ。
―「実数の裏にあるものをどのように浮き上がらせるか」という問いって、アニミズム(※)的な感覚にも繋がっているのでしょうか。たとえば、海のリズムから受け取ったものが影響していたり。
※アニミズム:生物や無機物を問わず、万物に霊魂や精霊が宿っているとする世界観や信仰のこと。
園田:うーん、繋がってるとは思うんですけど、アニミズムもいろいろあると思うし、そのあたりのことを表現するのは難しいですね。
―すいません、ちょっと話を広げすぎました(笑)。
園田:いや、でも、言ってることはすごくわかります。そもそもアート表現自体、アニミズムみたいなものを取り戻す行為でもあると思うんです。今のこの社会構造の中では、無意識的な信仰であるとか自然に対する畏怖って意図的に見えなくされてますよね。アーティストというのはその感覚をもう1回呼び覚ます人たちのことだと思っていて。
―maya ongakuがやろうとしているのは、逃避するものではなくて、呼び覚まし、取り戻すための音楽なのかもしれませんね。
園田:そうそう。逃避じゃなくて、立ち向かっているつもりなんですよ。その上で自分たちの音楽を逃避に使う日があってもいいし、「今日はなんか考えちゃったな」って日があってもいい。そこは自由にやってもらえればいいと思います。
