2026年1月17日(土)、八重山諸島の中心都市・石垣島にて開催された青葉市子の単独公演『Luminescent Creatures World Tour in ISHIGAKI』。本記事は、橋本倫史による公演レポート後編。
青葉は2020年以降、日本最南端の有人島・波照間島を定期的に訪れ、自然と共にある暮らしに触れる中で、音楽だけでなく価値観そのものに大きな影響を受けてきた。最新アルバム『Luminescent Creatures』には、島での体験が色濃く刻まれている。
前編では青葉が大きな影響を受けるようになった八重山との出会い、そして「5年越しの夢」とも語る今回のコンサートへの思いとその舞台裏を紹介した。
そしてこの後編では、ついにやってきたコンサートのレポートを掲載。「八重山への里帰り」となる空間にどんな時間が、そしてうたが流れていたのか。
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「今日という日を、1年以上前から指折り数えて、ここまできました」(青葉)
17時28分。定刻の2分前、ころころと下駄の音を響かせながら、市子さんは楽屋から舞台に移動してゆく。客席と舞台の間には緞帳が下されていて、幕で隔てられている。


客席には、市子さんが波照間で録音した波の音が静かに響いている。この音は、最新作『Luminescent Creatures』を掲げたワールドツアーにおいても、開演前のBGMのように使われてきたものだ。その音が、八重山に里帰りして、会場に響いている。

緞帳を見上げていた市子さんは、波の音に反応するように、ピュロロロロと口を鳴らす。八重山でよく耳にする、アカショウビンの鳴き声のような音。客席の照明がゆっくり消えていくと、ストリングスの音と、市子さんが奏でるステージピアノの音が響き始めて、静かに幕が上がった。最初に演奏されたのは“Space Orphans”だ。
毎晩 ねむってしまうのはふしぎ
陸でもない 海でもない
しずかなところ
龍が めざめたあの日から
なにかをさがしてる
うちゅうのみなしご
波の音と混ざり合うように始まったこともあり、静かにふるさとに帰っていくような感じがした。1曲目の演奏が終わると、会場から大きな拍手が湧き起こる。
「皆さんこんばんは、はじめまして、青葉市子です。お越しくださって、ほんとにありがとうございます。今日という日を、1年以上前から指折り数えて、ここまできました。今日は最後まで、ゆっくり楽しんで行ってください。よろしくお願いします」
そう客席に挨拶して、2曲目の“24° 3′ 27.0″ N, 123° 47′ 7.5″ E”に入っていく。この緯度と経度が指し示す場所は波照間灯台で、歌詞も波照間のことばで綴られている。
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島々の自然に触れ、そこにある風景から生まれてきた楽曲たち

この日、コンサートの本編で演奏されたのは、1曲目の“Space Orphans”をのぞくと、すべて『アダンの風』と『Luminescent Creatures』に収録された楽曲だった。つまり、市子さんが八重山に通うようになって生まれた楽曲たちばかりだ。
6曲目に演奏された“帆衣”は、2020年にリリースされた『アダンの風』に収録されている曲だ。この曲には歌詞がなく、市子さんはただ音として歌声を響かせる。この日披露された“帆衣”の歌声は、アルバムに収録されたバージョンとは大きく違っていて、八重山の節回しが強く滲んでいる。そこに市子さんが過ごしてきた6年という日々が刻まれている。
『アダンの風』は、架空の映画のためのサウンドトラックをコンセプトに制作されたアルバムだった。“帆衣”も、それに続けて7曲目に演奏された“Easter Lilly”も、『アダンの風』に収録された楽曲だ。
あのこ
昔、贈り合った
かがやいて
貝のかけらたちも
うたっていた
お囃子の音色も
花のこと
潮風のカモメも
風のこと
浜に咲く果実も
言霊と
みんなここに眠る
出逢うまで
この曲は、2020年1月に沖縄のいくつもの島をめぐるなかで、「岬のてっぺんから、世界を見下ろしている、昔の少女、あるいは少年、先生、いろんな人たちの気持ちになって書いてみた歌」だと、MCで市子さんが説明していた。つまり、島々の自然に触れ、そこにある風景の中に佇んだところから、生まれてきた楽曲たちだ。

そこから、“Parfume d’étoiles”、“血の風”、“Hagupit”、“Dawn in the Adan”、“アダンの島の誕生祭”と、『アダンの風』に収録された楽曲が続いてゆく。“Hagupit”は、2020年夏に市子さんが石垣島に滞在していたとき、石垣島に接近した台風4号につけられた名前で、その台風に向けて書かれた曲だ。

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楽曲にはっきりと刻まれていた、波照間との出会い

“アダンの島の誕生祭”まで演奏を終えると、「ありがとうございます」と拍手にこたえながら、市子さんは立ち上がった。「ここまで、『アダンの風』という作品からお届けしました。では――ここからは去年リリースした新作、『Luminescent Creatures』からお届けしたいと思います」。
そう口にすると、アルバムの冒頭に収録されている“COLORATURA”の演奏が始まる。ひゅううーーーと風が通り抜けるように、市子さんは長い息を吐く。そうして歌唱に入ってゆく。ソロでコンサートの舞台に立つときに比べると、市子さんの歌唱のありかたがどこか違っている。特に“COLORATURA”のように、クラシックギターやステージピアノを奏でず、立ち上がって歌唱に専念する曲は、潮の流れに身を任せて海の中を泳ぎ回っているかのように、歌声がのびやかに届いてくる。

続く“Luciférine”でも、市子さんは楽器を手にせず、立ったまま歌い始める。Luciférineとは、発光バクテリアやホタルが持っている発光物質を指すフランス語だ(アルバムタイトルにある「Luminescence」もまた、「発光」を意味する)。演奏を始める前、市子さんは客席に向けて、「自分の中にある細胞が、ぴかぴかぴかっとするイメージで、聴いてください」と語りかけていた。
この日、石垣市民会館で演奏された“Luciférine”に耳を傾けていると、そこに波照間との出会いがはっきりと刻まれているように思えた。言い換えれば、『アダンの風』に収録されている曲と、『Luminescent Creatures』に収録されている曲とでは、市子さんの依って立つ場所が大きく異なっているように感じられた。

「2020年に『アダンの風』を制作していたときはまだ、自然にコミットする意識が強かった気がするんですよね」。公演前日、市子さんはそんな話を聞かせてくれた。
青葉:ただ、何度も通うようになって、ムシャーマ(※)にも参加するようになると、人との関係が大きくなってきて。もちろん、島の力も圧倒的にあって、波照間にいるだけで満たされるところもあるんですけど、人間の力って濃いんだなって思うんですよね。『アダンの風』の頃はまだ、その土地のエッセンスをお借りして、あとは自分で花を咲かせるようなやりかたでしたけど、この5年は、もっとこう、その土地がほんとうに見てきた歴史に触れようとした上で――でも、そっちにだけ振り切れるんじゃなくて、そこから生まれてくる自分の音と、半々ぐらいでミックスするように、楽曲を作るようになっていて。その違いは大きいかもしれないですね。
※ムシャーマ:祖先を供養し、豊年と無病息災を願う波照間島最大の神行事。
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「うたを知れば知るほど、特別な島になっていく」(青葉)
市子さんが波照間との縁を深めたのは、2021年の春、2回目に島を訪れたときのことだった。波照間にある「みんぴか」というパーラーを訪れた際に、店主の本庄綾子さんから「もしかして、青葉市子さんですか?」と声をかけられた。せっかくだから、島を案内しましょうかと車を出してくれて、島のあちこちを見てまわった。それをきっかけに、市子さんは何度となく波照間に通うことになる。綾子さんは琴の先生で、綾子さんのパートナーの本庄森さんは三線の先生とあって、波照間の民謡にも造詣が深く、ふたりからうたを教わることもあったという。

青葉:私が通い始めた頃は、コロナ禍が始まったばかりだったので、ムシャーマも中止になっていたんです。2023年にようやく再開されることになったんですけど、その年は本庄家が参加を控えられていた年だったんですね。そうすると、いつも本庄森さんが弾いていた弥勒節のパートを演奏できる人がいなくなってしまう。それで森さんから、「もしも市子さんが一生懸命練習して、同じ部落の皆の前で演奏して合格と言ってもらえたら、自分の代わりにムシャーマに参加したらいいさ」と言ってもらえて。それで猛練習して、初めてムシャーマに出たんです。
島最大の神行事にも参加し、島に暮らす人たちとの関わりも増え、波照間に伝わるうたもたくさん教えてもらうようになった。そこで市子さんは、波照間で紡がれてきた営みに触れたのだった。
青葉:波照間の皆さんは、ものすごく頑張り屋さんなんですよね。今はキビの島なんで、冬の間は皆、とにかくキビを頑張る。大げさに聞こえるかもしれないけど、ほんとに命懸けでキビを育ててるんです。波照間に伝わってきたうたを聴いていても、「仕事を頑張りましょうね」って、お互いを奮い立たせる歌がたくさんあって。そういううたを知れば知るほど、特別な島になっていく。人口400人の島だけど、そこに集落が5つもあって、それぞれ節回しが違ったりするんですよね。それを、ちょっとこう、海に潜って珊瑚の生態系を見るようにして、波照間のことを見つめているような気もします。それは俯瞰で観察してるってことじゃなくて、島の皆と一緒にいるのがほんとに楽しくて、向こうで過ごしてるんですけど。

いちどだけ、市子さんと同時期に波照間に滞在したことがある。その夜、市子さんは民宿のご主人と一緒に、波照間の泡盛・泡波を飲みながら「ゆんたく」していた。ただ酒を飲んで語らうだけでなく、民宿のご主人が口にする波照間のことばを、こまめにメモに残していた。
青葉:あの民宿のお父さんは、波照間語をしゃべれるなかでは一番若い人だって言われて、彼が酔っ払ったときに話す波照間のことばをメモすることは、私にとっての仕事だって、勝手に思ってるんです。だから、私も一緒に酔っ払ってるんですけど、初めて聞くことばが出てくると、「メモしなきゃ!」ってなるんです。この人がしゃべれなくなったら消えてしまうんだろうなってことばが、その人にいっぱい宿ってるんですよね。

どうして市子さんは、昔ながらの波照間のことばをメモに残そうとしているのか。どうして島で歌い継がれてきたうたを、どうにかおぼえようとしているのか。ことばのなかに、うたのなかに、何が詰まっているのか。その答えが、“Luciférine”という曲に詰まっているように思えた。
いま 見えている
いま 手の中に
うたのなか
育ってる
未来の子
目を開けて
世界を食べて
おおきくなって
星をのみこんで
思い切りさけんで
いいの ここに
命が ちゃんと
あることを
もっと
言葉の生まれる
前から ずっと
歌い継がれてきたうたのなかには、名前も知らない誰かの――でも、たしかにそこに存在していた誰かの人生が――刻まれている。人は生まれて、生きて、やがて死んでゆく。長い歴史の中では、ほんの一瞬に過ぎない時間に見えるかもしれないけれど、そこにはいろんな瞬間が、感情が詰まっているのだ。
