2026年1月17日(土)、八重山諸島の中心都市・石垣島にて開催された青葉市子の単独公演『Luminescent Creatures World Tour in ISHIGAKI』。
青葉は2020年以降、日本最南端の有人島・波照間島を定期的に訪れ、自然と共にある暮らしに触れる中で、音楽だけでなく価値観そのものに大きな影響を受けてきた。最新アルバム『Luminescent Creatures』には、島での体験が色濃く刻まれている。
ストリングス編成で開催された今回の石垣公演に、彼女はどのような思いを抱いていたのか。八重山との出会い、楽曲制作、そして「里帰り」――公演前後、そしてそれまでの期間に流れていた青葉市子と八重山との時間を、まっすぐなまなざしで見つめてきた橋本倫史が綴った。
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青葉市子、八重山との出会い
「この道、好きなんです」。後部座席に座る市子さんが、ふとつぶやいた。南ぬ島石垣空港を出発して、10分が経とうとしていた頃のことだった。
青葉:石垣に着くと、タクシーに乗ることが多いんですよね。私が乗るタクシーの運転手さんは、窓を全開に開けて、おっきな音でラジオを流してることが多くて。風がばさばさ吹き込んでくるなか、私が抱えてる三線を見て、「お姉ちゃん、三線引くの!」とかって話しかけてくれるんですよね。そこから「こんな歌、知ってる?」って、古い歌を歌ってくれたり、島の昔の話を聞かせてくれたり。バスに乗れば550円で離島ターミナルまで行けるんですけど、そうやって話を聞かせてもらうのが好きで、タクシーに乗ることが多いんです。
車窓の向こうにはサトウキビ畑が広がっている。ところどころに防風林があって、木陰の中を車は進んでゆく。そこに防風林として植えられている樹木が「ヤラブ」だと教えてくれたのも、タクシーの運転手さんだった。

「この木は硬くて、火をつけても燃えないし、まっすぐ伸びないんですよ」。いつだか乗り込んだタクシーで、運転手さんがそう語り出したことがあった。「くねくね曲がって、厄介な木です。枝が道路にはみ出てくるから、大型の車がミラーぶつけたりするんです。しかもね、熟れた実がぽたぽた落ちて、そこに虫がたかって、見栄えも悪くてね。それに、防風林があったところで、台風がきたら、とても車なんて走れませんよ」と。
石垣島を含む八重山地方は、台風の通り道になっている。2015年の台風15号では、風速71.0メートルの風が吹き荒れ、2万戸以上に停電の被害が生じた。自然の猛威は、時に人間を圧倒する。そんな自然の力が、市子さんを八重山に引き込んだのだろうか。

きっかけは、『cocoon』という作品だった。
ひめゆり学徒隊に着想を得て、漫画家の今日マチ子さんが描いた同作は、2013年にマームとジプシーによって舞台化された。市子さんは2013年の上演を観た上で、2015年の再演時には俳優として『cocoon』に出演している。
青葉:私にとっては、『cocoon』の印象があまりにも強かったから――もちろん好きな場所もたくさんあるんですけど――沖縄本島にいると戦争の記憶が強く感じられて、重く、苦しい気持ちになってしまうところがあったんです。でも、八重山に来てみたら、ちょっと頭が開いた感じになったんですね。もちろん八重山にも戦争の記憶はあるんですけど、人間の歴史以上に、自然のほうが圧倒的に大きく、強く感じられたんです。沖縄本島と八重山では、植生も違うし、紫外線の量も違って。コウモリとかも、犬ですかってぐらいのサイズが飛んでたりして。人間じゃとても打ち勝てない生命や自然の強い力があり、そこに安心感をおぼえたのかもしれません。

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「『ここで曲が生まれたってことは、いつかきっとここに帰ってくるんだろうな』って思いながら過ごしてたんですよね」(青葉)
市子さんが初めて八重山に滞在したのは、2020年1月のこと。その前年、市子さんは『Reborn-Art Festival 2019』(※)に参加し、宮城県石巻市に位置する鮎川で滞在制作をおこなっていた。
※宮城県石巻市、牡鹿半島を中心に開催された芸術祭。
鮎川は捕鯨の町として知られている。市子さんが滞在した2019年は、鮎川で捕鯨が再開された年だった。鮎川で鯨漁が行われるのは4月から10月までで、冬になると鯨は南下してゆく。鯨を追うようにして市子さんも南下し、2020年1月に八重山を訪れたのだった。そこで紡がれたのが、2020年12月にリリースされた『アダンの風』というアルバムだった。

青葉:あのアルバムを作っているとき、石垣を拠点にしていたんです。沖縄にいると、物語が生まれるきっかけみたいなものと出会える感覚があったんですよね。そこからさらに深いところに潜っていくには、あんまり人間に染まってない場所のほうが合うんじゃないかってことで、八重山にやってきて。そのときからちょっと、「ここで曲が生まれたってことは、いつかきっとここに帰ってくるんだろうな」って思いながら過ごしてたんですよね。八重山の風土、空気があって生まれた曲だから、ここで演奏して、はじめて全部のピースが合うような気が――まだ演奏したことがないから、やってみないとわからないんですけど――そんな気がしていたんです。だから、今回のコンサートは、5年越しの夢なんです。

そうして実現したのが、今回の石垣市民会館でのコンサートだ。
ただ、石垣でコンサートを開催するためには、超えなければならないハードルがあった。沖縄でのコンサートは、移動にかかる費用だけでもそれなりの金額になる。沖縄本島ではなく、石垣島で開催するとなれば、集客の面でもハードルが生じる。収支のことを考えれば、ソロの弾き語りとして、小さな会場でコンサートをするというのが現実的だったかもしれない。でも、市子さんは、1000名のキャパを誇る石垣市民会館の大ホールで、ストリングス編成でコンサートを開催することにこだわった。

青葉:ほんとうだったら、ハープも、パーカッションも、フルートも入れて、アルバムと同じ編成でコンサートをやりたかったんです。でも、現実的な問題として、ハープを運送するにはかなりの金額がかかるんですね。すごい楽器なんです、ハープって。そこまでは、お金がなかった。でも、できるだけアルバムに近い形でコンサートを実現したいって、梅先生(音楽家の梅林太郎さん)とも相談していくなかで、ストリングス編成にアレンジすることになりました。
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「5年越しの夢」に向けたリハーサル、開演準備

1月17日、11時25分。
楽屋にヴィオラの音色が響いていた。皆よりひと足先に会場入りした古屋聡見さんは、一音一音確かめるようにヴィオラを奏でている。ほどなくして、「梅先生」ことピアノの梅林太郎さん、ファーストバイオリンの町田匡さん、セカンドバイオリンの荒井優利奈さん、チェロの小畠幸法さん、コントラバスの丸地郁海さん、それに市子さんも会場にやってくる。大ホールでは照明と音響の調整が進められているところだ。

「葛西くん、大丈夫そう?」
14時過ぎ。舞台監督の高野洋さんが声をかけると、音響の葛西敏彦さんが「いったん大丈夫そうです」と答える。「じゃあ、『Parfume』からやってみましょうか」。そんな呼びかけで、この日8曲目に演奏予定の“Parfume d’étoiles”からリハーサルが始まった。「梅先生」は演奏には加わらず、客席のいろんな位置に佇んでみて、音の響きを確かめている。繊細に進められるリハーサルを目の当たりにすると、自分の心臓の音さえ干渉してしまうのではないかとどぎまぎする。


楽器に少しトラブルがあって、15時でリハーサルは一旦休憩となった。楽屋に引き上げてきた市子さんが、「オニササだ!」と声を上げる。楽屋の廊下に設けられた差し入れコーナーに、石垣島のB級グルメ・オニササが並んでいたのだ。おにぎりとササミフライで、オニササ。このふたつがビニール袋に入ったもので、「知念商会」が発祥のお店とされている。
「これはね、こうやってだ――袋をぎゅっと握って、つぶして食べるの」
「すごい食べ方ですね」
「そして、そこにウスターソースだったり、マヨネーズだったりをかけて食べる」
「背徳感がすごい」
「地元の高校生が発案した食べ物らしくて。高校生だったら、いっぱい食べたいもんね。ずっとお腹減ってる」


市子さんをお手本に、メンバーの皆もオニササを頬張っている。リハーサルの緊張感が、一気に解けてゆく。ほどなくして再開されたリハーサルは、16時で切り上げられた。開場時刻はもう、30分後に迫っている。皆それぞれの楽屋に引き返し、本番に向けて支度にとりかかる。市子さんは自身のヘアメイクを終えると、梅先生にもヘアメイクを施していく。

「これ、ヘアアイロンってやつですか」と、梅先生。
「ヘアアイロンってやつです」と、市子さん。
「すごい、なんでもできるんですね」
「ひとりでワールドツアーやってたら、なんでもできるようになりました」
メイクを終えると、市子さんは歌詞をプリントした紙を、曲順に貼り合わせていく。台紙になっているのは鯨の写真だ。歌詞を貼り合わせ、爪を切ったところでギターを抱え、小さく歌いながら音を確かめている。そのすぐ傍らには今回の美術・衣装を手がけるキミさんが佇んでいて、市子さんがギターを弾きやすいようにと、袖を縫い付けている。
