緻密な脚本と独自のユーモアで骨太なテーマを包み込む作風に、演劇ファンのみならず、さまざまなクリエイターたちから熱い視線を集める劇団・南極。
2026年5月に上演された最新公演『ホネホネ山の大動物』は、2022年に第2回本公演として上演した作品を再演したもの。19世紀末アメリカで実際に起きた「化石戦争」をモチーフに、発掘に情熱を燃やす研究者たちの栄光と失墜を描く。史実を南極だけの言語へと大胆に翻訳し、笑いと哀愁、そして「名前をつけること」の意味を問いかけながら、軽やかに、しかし確かな余韻を残す作品だ。
かねてより「南極が好き」と公言するアーティスト・Teleに、『ホネホネ山の大動物』を観てもらい、終演直後の客席でその感想を聞いた。
作品への興奮が冷めやらぬ中で語られたのは、生で作品を観ることの価値や、自身でライブの演出も手がける中で感じる、同じ作り手として南極が作る世界への深い共感とリスペクト。南極作品の演出のあり方を通して、Tele自身がライブ演出に込める想いも紐解く。
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南極との出会いは2024年。以降欠かさず観劇する熱心なファン
—『ホネホネ山の大動物』をたったいま、ご覧になったばかりですが、まずは率直な感想としてどうでしたか?
Tele:本当に観てよかったです! いや、おもしれー!(笑)『ホネホネ山の大動物』は、再演じゃないですか。実は、今回お引き受けするにあたって、こんにちさん(南極の作 / 演出を務める「こんにち博士」)に初演の映像を事前に送ってもらってたんですよ。でも、結局観れなくて。ちょっと言い訳をさせてもらうと、初演を観てからだと、「ここが変わったんだ」とか「これは初演にはなかったな」みたいな目線になりそうだなと感じて、初見で観たくなっちゃいました。

突如音楽シーンに現れた、令和のトリックスター「Tele」。コロナ禍の中、ミュージックシーンに姿を現し、Spotifyが飛躍が期待される注目の新進気鋭アーティストを選出する「Early Noise 2023」にセレクション。その後コンスタントに楽曲をリリースし、2024年6月1日の初の日本武道館公演を皮切りに全国9ヶ所を巡るツアー『箱庭の灯』を完遂。2025年3月からは横浜アリーナ公演を含む全国9ヶ所12公演のツアー『残像の愛し方』を開催。同年4月23日アルバム『残像の愛し方、或いはそれによって産み落ちた自身の歪さを、受け入れる為に僕たちが過ごす寄る辺の無い幾つかの日々について。』をリリース。2025年から2026年にかけて12月13日幕張メッセでのワンマンライブを含む全国ツアー『蟲』を行なった。2027年3月22日にはKアリーナでのワンマンライブを開催予定。才能爆発前夜、令和新時代に生まれた革命的歌詩人、谷口喜多朗のプロジェクト「Tele」。時代が生み落とした確かな存在が、静かに、虎視眈眈と、今、狼煙を上げる。
—ファン心理としてはよく分かります(笑)。もともと、演劇はお好きなんですか?
Tele:正直、そんなに観劇経験が多いわけではないんですよね。高校のとき、演劇部だった友達と仲良くて、一緒に早稲田大学演劇研究会の作品を観に行ったり、母親がもともと舞台の裏方出身ということもあって、劇団☆新感線などに触れたりはしてました。
高校時代は特に、開幕ペナントレースという劇団にハマってて。トイレットペーパーで巨大なトイレを作って、その前で『マクベス』をやるみたいな、そういう前衛的な表現をする劇団だったんですけど、ずっと好きでしたね。
南極は、友達に教えてもらって『バード・バーダー・バーデスト』(2024年)を観たのが出会いです。そのときに「おもしろ!」って思ってから、『wowの熱』(2025年)、『ゆうがい地球ワンダーツアー』(2025年)、こんにちさん監督の映画『チャオ・ヤングの墓』(2026年)など色々観てます。

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南極はいつも「情熱と冷静のバランスがすごくクール」
—今回の『ホネホネ山の大動物』は、どういうところが面白かったですか?
Tele:まず、脚本が上手すぎますよね。恐竜というテーマは、こんにちさんが恐竜好きで(スティーブン・)スピルバーグ好きだっていうところから始まっていると思うんですけど、「モノを作ってそれを人に発表する行為」と「化石発掘」というものがこんなにも美しく重なるんだって感動しました。
物語の中では、九輪九作と星干男という化石発掘のライバルが、どちらも熱に焼かれて命を落とすんですけど、それが「外からの熱」なのか「内から生まれた熱」なのかという対比になっていて、お話が上手すぎるなと。

Tele:しかも演劇って、映画やドラマと違って、マイクで収録して調整した音を届けてるわけではないからセリフが聞き取りづらいこともあるじゃないですか。南極はそういった環境であってもお客さんを置いていかないし、何より物語としてクサくないのがすごい。
—クサくない、というのは?
Tele:ちゃんと考察しようと思えば、創作論的な視点でも、人生の意味みたいなところでも深掘ることができるテーマを、最終的にはユーモアで包んでいる。それって、かなりすごいバランス感覚だなと思って。
例えば、作中にあった11年後に行われたパーティーで、みんながお酒を飲みながら歌い出す場面。あそこはもっと感動させるようなシーンにもできるのに、隣の部屋にいる大臣から壁をドンドンと叩かれて「次口開けたら殺すぞ」って言われて、みんなが口を閉じながら歌い出すっていう(笑)。このウィットさというか、南極は情熱と冷静のバランスがすごくクールだなと、毎回思うんですよね。

—確かに、情熱と冷静のバランスとか、嘘と本当のせめぎ合いのようなことをよくしているイメージがありますね。
Tele:でも、意外とメタには逃げないんですよね。「実はこれが劇中劇でした」みたいに劇の外に逃げない。今回だって、実際に起きた出来事(化石戦争)を、登場人物まで全部変えて自分たちの言葉に置き換えてから上演している。それがすごく、自分たちが作るモノに対して誠実な態度だなと思うんです。
作中でも「名前をつけることが全てだ」という話があったじゃないですか。実際に起きたことだけを見れば、化石戦争から第一次世界大戦に至るシリアスでドロドロした悲劇なんですけど、南極がそれを掘り出して名前をつけたらコメディーになる。掘り出して名前をつけた責任をちゃんと全うするために、あの終わり方があったと思ってて。狙ってやってるのか、偶然生まれたアナロジーなのかは分からないですけど、めちゃくちゃかっこいいですね。