フラメンコを取り入れたアルバム『MOTOMAMI』を発表したアーティストとして、ロザリアの存在はもちろん知っていた。しかし、『LUX』というアルバムがなければ、わざわざスペインまで彼女のライブを観に行くことはなかっただろう。それくらい、自分にとって、2025年11月に発表された最新作『LUX』は衝撃的なものだった。それはきっと、パンデミック以降、誰に打ち明けることもなく、自分でも不確かだった心の片隅の渇望に、光が射すような体験だったのだと思う。
デジタルな利便性に慣れ親しんだ現代で、彼女はなぜこれほどまでに身体性と歴史への回帰を求めたのか。バルセロナで開催された凱旋公演は、アリーナを掌握する彼女の圧倒的なパフォーマンスと、それに呼応する約2万人の合唱によって、パンデミック以降の音楽の一つの到達点を証明していた。
ここでは、現地時間4月13日(月)に行われたバルセロナ公演の模様をレポートする。
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パンデミック明けに観た小袋成彬と2025年ロザリア『LUX』の共通項
2022年の夏、コロナ明けの『フジロック』で観た小袋成彬のステージを、今でも思い出す。
巨大なLEDスクリーンも、派手なVJもなかった。蝋燭のような暖色の間接照明が置かれたステージに、ただ数人のコーラス隊が立ち、声を重ねるような演出だったと記憶している。それだけのこと。けれど、人と人が集まり、物理的に振動をぶつけ合うという、2019年以前に当たり前だったはずの光景が、その時の自分には何よりも尊くて贅沢な「儀式」のように映った。
それから3年。2025年11月にリリースされたばかりのロザリアの最新アルバム『LUX』を聴いたとき、あの時経験した純粋に人が集まることで生まれる美しい瞬間を呼び起こされたような感覚になった。
アルバムが取り入れた13の言語とポップミュージックの関係性は他の記事に譲るが、オーケストラやオペラを取り入れた「現代の古典」とでも表すべき作品は、リリースされた瞬間に名盤としての風格を漂わせていたように思う。このアルバムにも参加しているビョークもかつて歩んだシンフォニックな道筋を、2020年代後半のポップアイコンが再び示したことは、単なるジャンルの回帰以上の意味を持って聴こえてきた。
ロザリア新作『LUX』が示す未来。英語圏中心から多言語・多文化ポップスの時代へ を読む
「絶対になにがなんでも、現地でその熱狂に立ち会いたい」
アルバムを聴き終えた矢先の直感で、彼女の出身地であるカタルーニャ地方で開催されるバルセロナ公演に行くことを心に決めた。
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意志で勝ち取るチケット、そして権威と匿名性が融合した『BRIT Awards』のパフォーマンス
まず最初にやったのは、チケットを手に入れること。そのプロセスからすでに体験は始まっていた。2025年12月、ロザリアの公式サイトから希望の日程にRSVPと呼ばれる登録を済ませると、メールのInboxに「Rosalía」という送り主からプレセールの案内が届いた。

日本のただ抽選結果を祈って待つだけの静かなシステムとは違う。発売開始時間に合わせ、できるかぎり最速のWi-Fiとともにパソコンを開き、チケットサイトにクレジットカードを登録し、時計の秒針が長針と重なる瞬間に、指先に神経を集中させてチケットを勝ち取りに行く。
スペインの公演なので、もちろんサイトもスペイン語。販売開始から1秒ずつ着実にチケットが購入されているであろう先着順の焦りの中、スペイン語で表示されるポップアップを一つずつ機械翻訳でできる限り素早く対処していく。やっとの思いで、「チケット選択画面に辿り着いた!」と思いきや、表示されたのは数万人の待機列。ここまでの作業は自分次第でテキパキとできたが、こればっかりは待つしかない。「いや冷静に会場のキャパ超えてない!?」とか「ページ更新したり、タブ消した方が良かったりするのかな」など、じっと待ってられない気持ちをどうにか抑えながら、一つずつ数字が減っていくのを見守る。

おそらく2時間くらい待った。数万あった数字がようやく0になり、チケット選択画面へと進む。まだ残っている席が光って表示されているが、カーソルを合わせる間に誰かに取られて色が暗くなる。こんなに心臓に悪いシステムはない。最後に光っていた席を何とか選択でき、チケットが確保されている10分の間に登録しておいたクレジットカードで支払いを済ませて、無事に購入確認メールを受け取った。
自分の調整できる変数をすべて使い切り、バルセロナへの切符を掴み取るプロセス。海外では批判も多いそのシステムでさえ、運に身を任せるのではなく、自らの意志で彼女に近づいていく高揚感があった。
バルセロナまでの日々を指折り数えながら、外では配信で、家ではレコードでひたすら『LUX』を繰り返し聴いていた2月、イギリスで開催された『BRIT Awards』での彼女のパフォーマンスが、このアルバムの評価をさらに一段階押し上げた。
ステージで初披露されたのは、『LUX』から“Berghain”。そこには、圧倒的な数のダンサーとフルオーケストラがひしめき合っていた。デジタルな装飾を排し、ひたすら人の数と生身の身体で空間を掌握したその光景は、ポップミュージックの枠を超え、ある種の狂気を孕んだ身体性を帯びていた。
何より驚かされたのは、その楽曲の着地だ。壮大なオーケストレーションで幕を開けた古典のような楽曲が、終盤、突如として硬質なテクノのリミックスとして鳴り響いた。それは、コンラッド・テイラー(Conrad Taylor)というクリエイターがSNSに投稿したネットから生まれたエディットを、彼女が公式に取り入れたもの。
タイトルはベルリンにあるクラブの聖地を連想させるが、ロザリア自身は、このドイツ語が本来意味する「山の木立ち(Berg+Hain)」に着想を得たもので、迷い込んだら抜け出せない、自身の内面にある「思考の森」のメタファーだと語っている。MVで象徴的だったコーヒーに溶けてしまう角砂糖のように、愛する者のために自己を消滅させていくトキシックで共依存的な痛み、あるいは逃れられない内省的な暗闇。そんな人間臭い「俗」とも言える飢えが、前半ではオペラのような歌声とオーケストラの響きによって提示される。
ロザリアは「対極にあるものを隣り合わせにすることで、両者をより深く理解できる」とも語っていた。曲の終盤に突如、誰もが想像したあのベルリンのクラブのようなビートが空間を支配する。言葉が本来意味する静けさとクラブが象徴する熱狂、そしてクラシックとテクノ。一見、相反する境界を鮮やかに飛び越えてみせたパフォーマンスを画面越しに見たとき、感動と現地鑑賞への期待で鳥肌を覚えた。
参考: Rosalía clears up whether ‘Berghain’ was inspired by the iconic Berlin club | NME
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クラシックへの敬意と、ポップスの喧騒。現地で触れた「現場」の体温
そうして、期待と少しの緊張を抱えてバルセロナに降り立った。
街を歩けば、そこかしこに彼女の気配が満ちている。乾いた空気の中を走り抜ける乗用車の窓からは、“La Perla”が漏れ聞こえ、会場へ向かう地下鉄に乗ってみれば、一駅ごとにアルバムのコンセプトカラーである白を身に纏った人々が増えていく。その白のドレスやシャツは、言うまでもなく『LUX』という名盤を冠したツアーであり、彼女の凱旋公演の正装だった。
18時半の開場から、予定時間を大幅に過ぎてもステージが動く気配はない。スタンディングエリアの自分は、結局2時間以上も立ちっぱなしで待ち続けることになった。時間が経てば経つほど、会場の期待は増すばかり。自分はわからなかったが、スペインの国民的人気を誇る著名人たちも次々と会場入りし、その度に歓声が沸き立つ。どれくらいすごい人なのか周囲の人に聞いてみると、共通認識を持ち合わせていない人に説明するのは難しかったようで、「とにかく知らない人はいない国民的スターなの」と教えてくれた。その興奮した話ぶりで凄さを想像することができた。友人たちと連れ立ってきた現地のファンたちは、会場で売っていたビールやポップコーンを片手に週末のバルにいるかのように笑い、話し込み、その待ち時間すらも楽しんでいる。それはクラシックの影響を色濃く受けたアルバムのコンサートから連想する厳かな時間とは正反対の、あまりにポップで騒がしい、現場の光景だった。