古今東西の芸術文化、ミュージアム、作家とその作品や制作風景などを、「お茶の間美術館」として地上波で紹介してきたNHKのテレビ番組『日曜美術館』。1976年の放送開始から2026年で50年の節目を迎え、放送回数は2500回を超える。しかも「週間ファインアートテレビ番組の最長放送(Longest running weekly fine art TV Programme)」として、2026年3月22日の放送をもってギネス世界記録に認定された、日本を代表する長寿番組の一つだ。
その半世紀にわたる歩みを振り返る企画展『NHK日曜美術館50年展』が、東京藝術大学大学美術館、静岡県立美術館、そして大阪中之島美術館で開催。
今回、多数の名作が並ぶ展示室で、番組の統括プロデューサーである中野力と、番組ディレクターである長井倫子に、普段なかなか知る機会のない番組の裏側と、これまでのあゆみを展覧会に再構成する過程で見えたものを伺った。国内外のミュージアムや作家、作品と対峙し続ける中で、これまでも、そしてこれからも番組として大切にしていきたいこととは。
INDEX
数年先の展覧会から持ち込みまで。企画がさまざまある中、放送する決め手とは
『日曜美術館』の根本にあるのは、「美術と視聴者をつなぐ役割」としてのあり方だ、と中野さん。「統括プロデューサーという仕事は、管理人のような立場です」と語り、いつどんなテーマで放送するか、どのような経緯で決まっているのかを少し明かしてくれた。
中野:番組には、数年先に予定されている展覧会のお話から、一人の作家を長く追いかけて取材しているディレクターの提案まで、さまざまなテーマが持ち込まれます。今どんな内容を放送するべきかを常に問いながら、大きく2つの基準で選び、制作しています。
1つは、話題性の高い展覧会や作家の作品を、地理的 / 状況的な制約で、現地まで観に行けない人々へお届けすること。もう1つは、「今、放送しなければならない」という切実なタイミングを逃さないことです。例えば、ご高齢の作家が晩年に見せる輝きであったり、これまでの研究が進展して新たな視座が得られた瞬間だったり。そういった美術史の最前線を「今」という時間軸で切り取ることが、番組の生命線だと考えています。

1992年NHK入局。主に「日曜美術館」「土曜美の朝」「美の壺」「世界美術館紀行」などの美術定時番組のほか、ルーブル美術館、オルセー美術館、エルミタージュ美術館、プラド美術館などを紹介する特集番組を制作してきた。2022年から「日曜美術館」統括。
長井:一方で、展覧会の開催予定がなかったとしても、いつかやりたいとディレクターが思い続けて、何度も提案を出してきた企画が、とあるタイミングでぴたっと条件が揃って放送できる、ということもあります。学生の頃から好きだった画家を取り上げた「放送開始50年特集 わたしと熊谷守一2026」(初回放送日は2026年2月22日)は、まさに私の、ディレクター人生の念願でした。

2004年からNHKエデュケーショナルにてディレクターの仕事を始める。主に「日曜美術館」「美の壺」などの美術番組をベースにしながら、各界の美の巨匠たちとの長年にわたるつながりを活かしたドキュメンタリーや、旅仕立てのアート探訪、8K高精細技術による海外の美術館との国際共同制作、国内の国宝づくしの神社仏閣を舞台とした番組など数々の特集番組を制作。特に祭りや自然信仰など民俗学、文化人類学の視点を織り交ぜながら美を見つめる内容を手がけることが多く、美術番組のはずなのになぜか山の上や吹雪の中で撮影してばかりいる。
INDEX
番組の撮影が作家の最期の姿になることも。取材をする上での心構え
意外なのは、番組制作を手掛ける方々が、決して美術の専門家ではないということだ。だからこそだろう、ディレクターの一人ひとりが、作家や作品に対する深い尊敬の念と誠意をこめて取材した内容は、一言一句、細かなニュアンスまで丁寧に編集され、毎週多くの視聴者の心に届けられていく。
中野:やはりテレビ番組というマスメディアである以上、相応の影響力がありますから、責任を持って紹介するという姿勢は一貫しています。また近年のアートは、どうしてもビジネスと近いところがありますので、NHKという立場上、広告のような見え方になってしまわないように適切な距離を保つことに注意を払っています。
そして、そもそも美術作品の見方に、「唯一の正解」というものはありませんよね。作品や作家に関する客観的な事実や、時代背景などの情報は提示しますし、番組構成上一つの見方を紹介してはいますが、「自分はこう観る、でも他の人は違うかもしれない」という多様なまなざしを許容することこそ、健全な美術鑑賞のあり方だと考えています。ですので、研究者などいわゆる専門家に限らない、複数の出演者が作品について語り合う形式の回もありますね。

長井:責任を持って紹介する、という面で申し上げると、我々の撮影が結果的に、作家の最期の姿を映像におさめる機会になる、ということも少なくありません。私が担当した「Oh!SAMMY DAY 柚木沙弥郎101年の旅」(初回放送日2024年11月17日)は、染色家・柚木沙弥郎さんの最晩年のご様子を取材していました。制作を続ける姿や言葉を、責任を持ってしっかり届けなければ、という気持ちでしたね。
それに私自身、自らの心身を通して多くの方に届ける以上はできるだけ心持ちをフラットに、健やかな気持ちで在ることを大切にしながら、良きメディアや媒体となれるよう、日々心がけています。

中野:長井さんをはじめ、番組制作を担当するディレクター陣は、どんな構成にしたら皆さんにより伝えることができるのかを、常に考え抜いて取り組んでいます。アートを届ける番組だからこそ、明確なフォーマットというものがないんです。あるとしたら、司会者のお2人(ミュージシャン・坂本美雨とNHKのアナウンサー・守本奈実)と音楽くらい。シリーズにしている企画テーマはありますが、ここまで続いていながらフォーマットを定めていない番組というのは珍しいかもしれませんね。
INDEX
50年の『日曜美術館』を振り返り、完成した展示会場
番組の放送開始から50周年を記念した企画展『NHK日曜美術館50年展』は、『日曜美術館』だからこそ実現した、贅沢な展示構成と言っても過言ではないだろう。特定の作家やテーマに絞って行われる一般的な展覧会と異なり、この50年間で番組が紹介してきたのは、時代もスタイルも驚くほどに多種多様でジャンルレス。それらの膨大なアーカイブ映像から厳選し、魅力的な出演者の肉声による語りと、そこに登場する多数の作品を展示室に集結させるという構成は、ディレクターの長井さん自ら、放送回を一本ずつ見返して、検討・決定していったというから驚きだ。

長井:50年分の番組を見ながら内容をリスト化し、5つのテーマによる章立てを決めていきましたが、その過程で本当にさまざまなことに気がつきました。
例えば、第1章「語り継ぐ美~時を超えて美を語る言葉・語らせる作品」では、何度も番組や展覧会のテーマとして取り上げられる著名な作家と作品群について、その時々の出演者に、その方なりの視点や言葉で語っていただいた映像を紹介しています。特に番組の開始直後だった1970年代の映像を見ると、出演者がある種の覚悟を持って、作家や作品と向き合い、ピシッと核心をつくように語っています。その語り口の強さや言葉の力に、改めて圧倒されました。繰り返し語られる作品は、それそのものが時を超えて語りたくなる力を持っている、ということ。未来の人たちもきっと、現代の私たちと同じように語り続けていくでしょう。そんな「時を超えた言葉の響き合い」は、本展に外せない要素でした。


長井:また、作家が制作している映像と完成した作品を一緒に鑑賞できるという展示空間は、作品の見え方や印象が全く変わってくると思いますね。他の展覧会では決してできない、『日曜美術館』の展覧会だからこそです。
しかも、作家が手を動かしながら語っている言葉には、その人の人生の哲学や生きざまがにじみ出ていて、まさに美を生み出す営みは生きることそのものだ、ということが伝わってきます。例えば、大竹伸朗(※)さんは、あれほどまでに個性のある作品を作り続けている作家ですが、「個性は、出すっていうんじゃなくて、消えなきゃいけない」っておっしゃっていますからね。
※大竹伸郎の作品は静岡会場、大阪会場で出品予定
また、第3章では「工芸」にフォーカスしているが、番組は50年間『日本伝統工芸展』を毎年欠かさず特集し、その年の受賞作家らの制作風景やインタビューを放送してきた。『日本伝統工芸展』とは、公益社団法人日本工芸会が1954年から毎年実施している公募展。陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、諸工芸の7分野から成り、日本の伝統工芸の最高峰といえる場だ。
「毎年、当たり前のように続けてきたことでしたが、50年というスパンで振り返ると、積み重ねてきた誠実な歩みがあったんだなと気づくことができました」と長井さん。いま世界から、「KOGEI」として注目を集めつつある「工芸」の動向に寄り添い記録し、伝え続けてきた点も、番組の大きな存在意義と言える。

INDEX
「何のために美術があるのかを、最も考えた20年だったと思います」(中野)
2006年から2007年にかけて、番組の放送開始30年を記念した企画展『NHK日曜美術館30年展』が全国5会場を巡回して開催された。それから約20年。国内では、東日本大震災をはじめとする数々の自然災害が発生し、世界に目を向ければコロナ禍に見舞われた。ミュージアムが閉鎖され、表現の場が奪われるという危機に直面し、「なぜ今、美術が必要なのか」をかつてないほど自問自答した時間だったと言えるだろう。そして紛争と分断は、現在も各地で絶えず繰り返されている。
中野:30年展のときと今回との大きな違いは、第4章「災いと美」の存在です。何のために美術があるのかを、最も考えた20年だったと思います。
長井:コロナ禍の時はミュージアムで準備していた展覧会の多くが開催できず、休館せざるを得なくなり、私たちも大ピンチに陥りました。一体どうしたらいいだろう、と工夫するなかで放送したのが、「疫病をこえて 人は何を描いてきたか」(初回放送日2020年4月19日)。過去を遡ってみると人類は古代から、自然災害や疫病、争いといった恐怖を乗り越えるため、祈りを込めて美を生み出してきた歴史があるんですよね。
そしてこの展覧会の準備を進めていく中で、私たち人類は衣食住だけでなく、美も絶対に必要不可欠だということを、50年やってきた今だからこそ言ってもいいのではないかと考えました。誰もが「何かをつくる」「表現する」「美で心をうるおす」ということが欠かせないのでは、と。本展に関連する番組などでも折にふれて言い続けてきましたね。

目まぐるしく変わり続け、混沌とした現代社会において、美術や文化は何ができるのか。多くの作り手や芸術文化に携わる人々が、日々試行錯誤しながら考えているテーマだろう。では、50年続いてきた番組制作の場ではどうか。変えてきたこと、変わらないこととは。
中野:まず変えてきたことで言えば、これまでは物故作家、つまりすでに亡くなった方々を扱うことが比較的多かったですが、近年は美術史で一定以上の評価がなされている現存作家の方々も取り上げるようになってきました。
また、コロナ禍以降は特にでしょうか、若い世代がミュージアムへ足を運ぶことが増えました。そのことをきっかけにスタートしたのが、「まなざしのヒント」という、作品の見方を講義形式で分かりやすくご紹介するシリーズです。芸術文化の受け取り手の幅が広がり、新たにミュージアムを訪れる層が増えてきているからこそ、新たな視聴者にもお届けしたい、お届けしなければいけないという気持ちで放送しています。そして多くの方々に楽しんでいただける番組をこれからも、という想いは変わりません。
最後に、改めて展覧会への想いと、この先50年の『日曜美術館』について伺った。
中野:この展覧会が、アートに何ができるんだろう、なぜ存在するんだろう、そしてなぜ観たくなるんだろうと、いろいろな問いを考えるきっかけになれたら嬉しいですね。そしてやっぱり作品は、作家が生きて考えてきたことが形になったものだと思うので、作品を紹介することは作家本人を紹介することだと考えています。なので番組の「芯」の部分には、変わらずにこれからの50年も「人間」が存在し続けるでしょう。
作品を観て、「わかるなぁ」もしくは「全然わからないなぁ」と思うときもあるだろうし、「美しいな、綺麗だな」と思うこともあれば、「なんだか観ていてモヤモヤするな、違和感があるな」という場合もあると思う。それはそこに作家本人が見えてくるからであり、だからこそ時代も国も超えて、作品に普遍性が生まれるのでは、と。

『NHK日曜美術館50年展』

会場:東京藝術大学大学美術館(東京・上野)
〒110-8714 東京都台東区上野公園12番8号
会期:2026年3月28日(土)~6月21日(日)
開館時間:10:00~17:00(※入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日
主催:東京藝術大学、NHK、NHKプロモーション
企画協力:NHKエデュケーショナル
協賛:NISSHA
公式サイト:https://nichibiten50.jp/
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)*午前9時~午後8時、年中無休
巡回情報:
■静岡会場 2026年7月18日(土)~9月27日(日) 静岡県立美術館
■大阪会場 2026年10月10日(土)~12月20日(日)大阪中之島美術館