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格闘技熱を呼び覚ます『スマッシング・マシーン』 PRIDE選手の半生描く映画をレビュー

2026.5.14

#MOVIE

ベニー・サフディ初の単独監督作で、第82回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した映画『スマッシング・マシーン』が、5月15日(金)から日本公開となる。評論家の柴崎祐二が音楽に着目して論じる。連載「その選曲が、映画をつくる」第38回。

※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

総合格闘技が一大ブームを巻き起こした時代

格闘技に関してはほぼ門外漢の私だが、世の中を大きく騒がせた伝説的な試合だったり人気の高い団体に対しては、人並みの関心を抱いてきた。中でも、自分が多感な年頃だった時期に一大ブームを巻き起こした総合格闘技イベント『PRIDE』に関しては、血気盛んな周りの友人たちが熱中していたこともあって、私自身も興奮しながらテレビの中継番組に見入っていた記憶がある。

記憶を遡ると、その『PRIDE』に興味を持つきっかけとなったのが、2000年5月1日の『PRIDE GRANDPRIX 2000』における桜庭和志対ホイス・グレイシー戦の様子を(おそらく後日放送のテレビ番組で)見たことだった。マスク姿で現れた桜庭がリング上で不敵なケレンを振りまく様子や、その後の息を呑むような試合展開と劇的な決着の様子が、今でもありありと目に浮かぶくらいだ。そして、この日は、もう一つ印象深い試合があった。同年に総合格闘技デビューを果たしたばかりの藤田和之が、「霊長類ヒト科最強の男」なる異名を取るアメリカ人選手マーク・ケアーに判定勝ちをおさめたのだ。喜びに舞う藤田の姿を見て熱いものがこみ上げてきたあの時のことも、やはりはっきりと覚えている。

その一方で、敗者のケアーがどんな様子だったかは、ほとんど覚えていない。にわか格闘技ファンだった若い私は、この試合に限らず、敗北を喫して去っていく者達を気にかけることはほとんどなかったように思う。当然と言えば当然すぎるのだが、(当時の自分を含め)若い連中はいつだって勝者の方に注目し、肩入れしたがるものだ。けれども、その後それなりの辛酸を舐めながら大人になった今、勝者の輝かしい姿にも増して強い関心を抱いてしまうのは、むしろ敗れ去った者たちの来し方行く末だったりもする。そこには、晴れがましい勝者の姿にはない、ある種の艶美さが影を指しているように思えてしまうのだ。あの時、彼らはどんな考えをもってその場に挑み、敗北を経てどんな風に生きていくことになったのか――。もしかすると、そういう問いを深く噛みしめられるようになった者こそが、本当の格闘技ファンと呼ぶに相応しいのかもしれない……などと、素人だてらにあれこれ考えてみたりもするのだった。

映画より、記者会見のシーン / ©2025 Real Hero Rights LLC

ビターな味わいに満ちたマーク・ケアーの半生記

今回紹介するベニー・サフディ監督の映画『スマッシング・マシーン』は、件の伝説的な一戦で、かつての私がさして関心を払うことのなかった敗者の方――つまり、あのマーク・ケアーを主人公とする伝記映画である。今回の映画を観るまでマーク・ケアーが実のところ何者なのかを知らなかった私のような者にとっては、まさに驚くべき逸話満載の、なんともビターな味わいに満ちた作品だ。

あらすじを紹介しよう。元レスリング選手のマーク・ケアー(ドウェイン・ジョンソン)は、1997年の総合格闘技デビュー以来、無敗のままUFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)の勝者に登りつめ、「スマッシング・マシーン=壊し屋」なる異名とともに畏れられる存在となっていた。その一方で、度重なる負傷と激しいトレーニングによる苦痛を紛らわせるため、依存性の強いオピオイド系鎮痛剤に頼るようになっていた。

彼は、友人のマーク・コールマン(ライアン・ベイダー)の助けを得て日本の総合格闘技イベント『PRIDE』に進出し、その実力を認められるところとなったが、打撃系の戦術を得意とするイゴール・ボブチャンチン(オレクサンドル・ウシク)との対決で、初めての敗北を喫してしまう。結果的に、改定された新ルールによってその試合は無効となり、ケアーは再度の挑戦を誓う。だが、薬物依存の深刻さは増す一方で、恋人のドーン(エミリー・ブラント)とも衝突を繰り返すばかりだった。

そして、命すら危険に晒す重大な事故を経て、いよいよ薬物を断つ意志を固めた彼は、『PRIDE』への再挑戦を目指しトレーニングを再開する。更には、トレーナーから選手に返り咲いた盟友のコールマンと共に、『PRIDE GRANDPRIX 2000』での決戦に挑むのだが――。

マーク・ケアー(ドウェイン・ジョンソン) / ©2025 Real Hero Rights LLC

繊細な演技、カメラワーク、美術の再現度も素晴らしい

まず驚かされるのが、マーク・ケアーを演じるドウェイン・ジョンソンのなりきりぶりと、その繊細な演技だ。自身もプロレスラー「ザ・ロック」として人気を博した経歴を持つジョンソンだけあって、試合やトレーニングのシーンのリアリティはもちろんのこと、リング外の日常を描いた部分などでもごく細やかな演技を披露している。数あるアクション映画やコメディ作品での彼しか知らなかった(私のような)観客は、そのアプローチの仕方にきっと驚かされるだろう。

当然ながら試合のシーンの迫真ぶりもすごい。各出演者の身体の躍動もさることながら、カメラがあえてリングの内側には立ち入らず、ロープの外からその様子を捉えることによって、我々観客がテレビ等を通じて味わってきたのと同じアングルが踏襲されているという点が重要だ。そうした手法を採る場合、ともすれば過度に俯瞰的な印象を与えることにもなりかねないはずだが、ここではむしろ、手に汗握りながら同時中継の試合を観戦しているようなあの感覚を鮮やかに立ち上がらせることに成功している。この辺りの没入感溢れる画作りは、これまで『グッド・タイム』や『アンカット・ダイヤモンド』などの作品で充実した成果を残してきたサフディ兄弟の弟=ベニー・サフディ監督ならではのセンスが光る部分と言えるだろう。

また、『PRIDE』というイベントを重要な題材にしていることから、日本の風景がしばしば大写しになるのも楽しい。当時の東京の風物の描き方も相当に念入りで、美術の再現度も素晴らしい。先日公開されたサフディ兄弟の兄=ジョシュ・サフディの最新作『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』でも、1950年代の日本の風物が見事に再現されていたことが評判を呼んだが、やはり今作でもその辺りへの美意識の高さを感じざるをえない。これに関しては、ややもすると時代考証をなおざりにしがちな昨今の日本映画への叱咤として受け取るべきかもしれない。

加えて、大沢たかおが日本の格闘技ビジネスを牽引してきた榊原信行を、格闘家の石井慧が伝説的ファイターのエンセン井上を演じているほか、光浦靖子や布袋寅泰などの日本人タレントが続々と登場する様子も、ここ日本のファンにとってはやはり嬉しいポイントだ。

※榊原信行氏の「榊」の漢字表記は、木編に神(ネ+申)の表記が正しいものとなります。

©2025 Real Hero Rights LLC
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