日本を代表する音楽家である坂本龍一の、アーティストとしての側面に光を当てた展覧会『坂本龍一|音を視る 時を聴く』が、東京都現代美術館にて開催されている。これは2023年に世を去った氏にとって日本では初の大規模な展覧会である。これまで制作されてきた国内外のアーティストとのコラボレーション作品が一堂に会し、また本展のために制作された新作も公開される。
はじめに言ってしまうと、本展の会場で“戦場のメリークリスマス”やYMOの曲は聴けない。「坂本龍一のアート」と言われて、有名曲に絡めたイメージ映像とかインスタレーションかな? などと想像していたのだが、正直言って全然甘かった。そこにあるのは美しく作られた「音楽」ではなく、ストイックな「音」。そして全作品に通奏低音のように響いているのは、坂本龍一のテーマに対する確信と、献身だ。ではそのテーマとは何か。それこそが展覧会のタイトルずばり『音を視る 時を聴く』ことである。
展示は東京都現代美術館の1階 / 地下2階展示室+屋外。おそらく、鑑賞時間は人によって大幅にばらつく。「ふうん」と見てゆけば30分、がっつり摂取しようとすれば2時間以上浸っていることができるだろう。デートで訪れる際はちょっと気をつけたいところだが、何となく、この展覧会を同じペースで観て回れる人とは一生モノの付き合いができるような気がした。
以下、展覧会の見どころについて、いくつかの作品をピックアップしつつご紹介していこう。
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キャプションも読みながら鑑賞するのがおすすめ
まず鑑賞にあたっての個人的なおすすめは、各作品付近に掲示されている解説パネルをよく読むことである。作品空間に入る前に読んで、作品と対話したあとにもう1回読むくらいでいいと思う。作品の純度が高いだけに、大前提として「これは何がどういう文脈で提示されているのか」を理解しておかないと、必要以上に難解になってしまい勿体無い。とっくり解説文を読むのは素人っぽくて恥ずかしい? 否、より深く潜るために酸素ボンベを背負うのは当然のことである。

1階展示室で来場者を迎える『TIME TIME』は、坂本龍一+高谷史郎(ダムタイプ)による新作インスタレーションだ。坂本の音楽のもと、「水(自然)と人との関わり」や「時間の概念」などを象徴する映像が流れる。夏目漱石の『夢十夜』、能の『邯鄲』、荘子の『胡蝶の夢』などから着想を得て、時間の圧縮を提示したあとに、3つの画面をゆっくりゆっくり歩みわたる笙奏者が登場するのが格好いい。奏者は歩みを止めることはないようだが、どうも等速で動いているわけでもなさそうだ。彼女が手前の画面に来たところでシャッターを切ろうと構えていたら、画面と画面の間に消えて、なかなか出てこない……これは、待っているから長く感じるのだろうか……? 時間は個人的な意識のあり方によって、思いのほか、伸び縮みする。突然、そのことを強く意識した。