映画監督、脚本家の飯塚健が脚本演出を務める「芝居×食×音楽」による会場一体型エンタテインメント・ショウ『コントと音楽』が2年ぶりに丸の内COTTON CLUBで開催される。
通常の劇場ではなく、ライブレストランという環境を存分に活かし、客席の中央で行われる演技、生バンドの演奏をバックにした歌、こだわりのフードにドリンクと、全方位から見どころが押し寄せてくる。
vol.6となる今回は中川大志、山中聡というシリーズ常連による2人芝居『最低二万回の嘘』。出演者は2人だけというこれまでの最小編成で描かれるのは「嘘」、そして「父と息子」という普遍的なテーマだ。一方でシーンの合間には、ステージ上で生バンド×俳優の歌唱による華やかなショウタイムがしっかりと用意される。
大掛かりなセットもなく、着替えもなく、ずっと出ずっぱりという、俳優にとって試されることこの上ない舞台で、一体何を表現しようというのか。飯塚、中川、山中の3人に、このシリーズの醍醐味と本質を語ってもらった。
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中川大志がずっと舞台に立ちたかった理由は、NYでの原体験から
ー『コントと音楽』はどういった経緯でスタートしたんですか?
飯塚:ことの発端は、モーション・ブルー・ヨコハマというライブレストランから「何か一緒にやりませんか?」とお話をいただいたことなんです。「やりましょう!」とお返事したものの、どうしようかなと。自分がやるんだから、やっぱり俳優さんと何かを作ることになるだろうし、ステージがあるから、音楽要素は必須。普通の劇場ではなくレストランでもある特殊な環境でできるなら、隣の席の会話を盗み聞きしているようなものにしたら面白くできそうだなと考えはじめたところに、「コントと音楽」というワードが思い浮かんだんです。vol.03からはCOTTON CLUBに場所を移してやらせてもらってます。

1979年、群馬県生まれ。映画監督。脚本家。『荒川アンダーザブリッジ(原作・中村光)』、『虹色デイズ(原作・水野美波)』といった漫画作品から、『笑う招き猫(原作・山本幸久)』、『ステップ(原作・重松清)』、『ある閉ざされた雪の山荘で(原作・東野圭吾)』といった小説作品に加え、『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』、『宇宙人のあいつ』、『FUNNY BUNNY』といったオリジナル作品まで、多岐に渡るジャンルをボーダレスに行き来する。また、会場一体型ライブショウ『コントと音楽』プロジェクトはライフワークとなっている。
中川:初回は試験的な感じだったんですか?
飯塚:パイロット版みたいな感覚ではあった。お客さんからお金をもらって実験というのも問題だけど(笑)、貴重な実験だったと思います。続けていけそうな手応えを感じたので、vol.02からはお二人に声をかけました。
ーお2人をキャスティングした意図は?
飯塚:生のバンドを背負って歌うということがどういうことなのか、僕もvol.01をやってみて初めてわかったんですよね。しかも、食べたり飲んだりしてるお客さんの前で何かをやるというのは、すごくハードルが高いということもわかった。それに負けない華やかさが必要だなと思ったときに、浮かんだのは2人と、vol.05まで出てくれてた関めぐみさんや落合モトキくんでした。
ーオファーが来たときはいかがでしたか?
山中:僕はうれしかったですね。飯塚さんと最初にお仕事させてもらったのは深夜の連ドラだったんですけど、それがすごく楽しかったんです。また呼んでもらいたいと思っていたら、すぐに実現して。飯塚さんは僕より若いのに懐がめちゃくちゃ深い人なんで、こちらが脱線しても受け止めてくれるんですよね。だから普段の舞台とはちょっと違うけど、チャレンジしちゃおうと思いました。

1972年1月30日生まれ。1998年に『卓球温泉』で映画デビュー。これまでの主な出演作に、『ハッシュ!』、『刑務所の中』、『キル・ビル』、『家政婦のミタゾノ』、NHK大河ドラマ『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』などがある。飯塚健監督の作品には映画『風俗行ったら人生変わった www』、『FUNNY BUNNY』、『宇宙人のあいつ』に出演。
中川:それまでの僕のキャリアは映像が中心で、ずっと生の舞台に立ってみたいと思っていたタイミングで。監督とは映像作品で何度もご一緒していたので、今回は生のエンタメをやれるのかと思うとワクワクしました。
小学生の頃にニューヨークに連れて行ってもらったことがあって、初めてブロードウェイのミュージカルを観て子供ながらに感動したんです。劇場の近くにはスターダストというレストランがあって、ブロードウェイを目指している人たちが働いていて、歌いながら料理を運んでくれたりして。監督の話を聞くうちに、浮かんできたのはその記憶でしたね。今思うと、舞台経験がなかったからこそ、先入観がなく挑戦できたのかなとも思います。
飯塚:客席の真ん中で俳優が演じるなんて、こんなに俳優の後頭部が見える舞台はないですからね。俳優の顔も観てもらいたいから配置を変えたり工夫はしますけど、普段は見れない視点で楽しんでもらえると思います。
あと、芝居場と歌のステージを行き来する構成なんですけど、歌っているときは厳密にいうと「役」ではなく、俳優本人なんですよ。これはけっこう異常事態です。(※)
※芝居は客席の中に置かれた机と椅子で行われ、ライブはステージ上で行われる。俳優はシーンによって、場所を行き来する。
ー微妙に役を引きずりながら歌っている印象もあり、『コントと音楽』ならではの要素でありつつ、演じる側にとっては非常に難しい状態ですよね。
中川:歌の位置付けは難しいです。初期は一つひとつのコントが独立していたので、単純にそれを歌で繋ぐというシステムだったんですけど、回を重ねるごとに全体を通してストーリーがつながっていく構造になっていったので、そこにどういう風に歌をのせていくのかと。お客さんからは役が歌っているように見える楽曲もあると思いますし、楽しみ方は色々あると思います。

1998年6月14日生まれ。2009年俳優デビュー。2011年日本テレビ『家政婦のミタ』で長男役を演じ注目を集める。以後、NHK大河ドラマ『真田丸』、NHK連続テレビ小説『なつぞら』等数多くの話題作に出演。2019年には第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。2023年には第47回エランドール賞新人賞を受賞した。近年の出演作には、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、TBS『Eye Love You』、WOWOW『ゴールデンカムイ―北海道刺青囚人争奪編―』、映画『スクロール』、『碁盤斬り』、『早乙女カナコの場合は』等がある。
ー曲によって役と本人の比率も違うというか。
飯塚:おっしゃる通りで、それがあるからvol.05までは役名をつけなかったんです。大志が演じる役は大志という名前だった。全て虚構にしてしまうと、曲が浮いちゃうというか、別離すると思ったので。
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『コントと音楽』は、お客さんも舞台上にいる状態
飯塚:vol.06は、初めて役名を決めました。この差はすごく大きいですね。『コントと音楽』は客席と舞台の境界線がないので、境界線をどこに引くのか、というのはこちらで決める。
中川:衣装も変わらないし、セットもないですしね。いかに演技と歌だけで情景を変えるのか、というのが普通の舞台との大きな違いだと思います。
山中:普通の舞台は、舞台上と客席の間に見えない川みたいなものが流れてるんですね。お客さんの反応が薄いとその川は広くなって、ウケてるときは狭くなるんですけど、『コントと音楽』は会場全部が舞台で、お客さんも舞台上にいるようなものですから。小道具を触るようにお客さんに絡むこともあるんですよ。でも、それってとても怖いことでもあるんです。失敗したら取り返しがつかなくなるので。でも、やっているうちにお客さんも「同じ空間にいる」ということがわかってくるんですよね。だから最後はみんな一体になるんです。「みんなお疲れ!」みたいな感じに(笑)。

飯塚:観てる人の緊張感も、普通の演劇よりも高いと思います。食事を運ぶにも、給仕の方々もみんなプロだから、空気を作ってくれるんですけど、それも目に入りますから。
中川:確かに。みんなであの空間を作っているという感覚が正しいかもしれないですね。お客さんもプレイヤーの1人なんですよ。それはすごく勉強になりました。
山中:お客さんがだんだん「おれたちも作ってるんだ!」みたいな感じになっていって。だから、何度か観にきてくれる人もいらっしゃるんです。グッズのTシャツを着てくれたりとか、音楽のコンサートに近いのかもしれない。
飯塚:どんなお客さんがいるのかも含めて、体験性が高いと思います。

山中:僕の目の前のお客さんが笑いが止まらなくなっちゃったことがあって。「お客さん、盛り上がってますね!」みたいに触れないと不自然なくらい。そういう意味では、僕らにとってもお客さんにとっても体験型ですよ。
中川:アトラクションに近いですよね(笑)。
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テレサ・テンからw.o.d.まで。ジャンルも年代も幅広い楽曲を監督がセレクト
ー作中で歌われる曲は飯塚さんが脚本の内容に合わせて選んでいるんですよね?
飯塚:最近は逆転もしてるんです。なんとなく入れたい曲があって、そこから脚本を書いたり。常日頃「コントと音楽で使いたい曲リスト」を貯めているというか。「この曲はこういうアレンジにしたらいいだろうな」みたいな感じでストックをどんどん増やしてます。こと今回に関しては、完全に選曲が先ですね。
中川:台本よりも先に曲のリストが送られてきたので、そこから「どんなお話になるのかな」と想像しました。
ー今回は開場中のBGMも、飯塚さんが選んだプレイリストが使われます。テレサ・テンからw.o.d.まで、ジャンルも年代も幅広いですよね。
飯塚:登場人物たちがカラオケに行ったらこういう曲を歌うだろうな、というリストとして選びました。自分の親だったら何を歌うか、という想像から広げていって考えましたね。
ー今まで様々な曲を歌われたと思いますが、特に印象に残っているのはどれでしょう?
山中:どれも覚えてますけど、強いて言えば最初に歌ったエレファントカシマシの“今宵の月のように”かなあ。
中川:聡さん、めっちゃかっこよかったです。

山中:僕が高校生だった頃はバンドブームだったから、遊びでやったことはあったですけど、やっぱり本当にプロの人たちの演奏、バスドラのドンドンという音圧の前に立つと歌詞が飛んじゃったりするんですよ。だから準備は入念にしました。
中川:聡さんがマイクスタンドにかける力が強いんでしょうね。歌っている最中に、どんどんスタンドが下がっていくんですよ。それに合わせて聡さんも下がっていって、大股開きになっていって(笑)。

山中:あのときはすごく緊張しましたけど、あれがあったから次がちょっと楽になったような気がします。
中川:僕は太田裕美さんの“木綿のハンカチーフ”ですね。vol.02で足立梨花さんとデュエットさせてもらったんです。高い音を出す必要もあって、ボイストレーニングに通ってすごく練習したのを覚えてます。バンドを背負ったときの声の出し方も、中音と外音の違いも当時はわからなかったから、とにかく一生懸命歌うしかないと。その後の公演のことを考える余裕もなかったし、走り回ったり大声出したりする演技もあったから、喉がやられちゃって最後の回で声が出なくなったんです。足立さんに助けてもらいながら、なんとか歌ったのを覚えてます。それ以来、大好きな曲になりました。
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「大切なことは半径5m以内にあるので、SNSを見てる場合じゃない」(飯塚)
ー今回はCOTTON CLUBの20周年公演でもあり、なおかつ今までで一番ミニマムな2人芝居という形式です。
飯塚:最大のチャレンジですよね。ごまかしが効かない。2人芝居ってかっこいいじゃないですか。2人だけでどこまでもいろんな世界にいけるし、どこかで挑んでみたいと思っていて、それが今だったという。
あと、私事ですけど育休明けなんです。下の子が最近1歳になって、家族の変化を間近で見られたのはよかったなと。そういうのを経て、今何が書けるのか自分でも楽しみです。
ーvol.05も家族の話でしたが、vol.06はさらに焦点が絞られて「父と息子」がテーマになっているそうですね。
飯塚:下の子が男の子なので、影響は大いにありますね。上は女の子なので、全然違うんだなと感じましたし。
ーお2人は3代にわたる父子を交互に演じられるんですよね。
中川:聡さんと親子役をやったことはあるんですけど、今回も楽しみです。実際の時間以上の時間を体験してもらえるのが飯塚さんの脚本の好きなところで。時計を見たら物理的な時間はそんなに経ってないけど、すごく遠くまで連れて来られたなみたいな。時間の変化が今回の大きなテーマの一つかなと思うので、そこを感じながらやりたいなと思ってます。

飯塚:2人芝居で100年を描くというのが、自分に課した挑戦で。まだ脚本が完成してないので、100年描き切れるかまだわからないんですどね。
ちょっとゴチャゴチャしたものに疲れたというのもあるんです。育休を取ったと言いましたけど、その間に1本だけ映画を撮らせていただきました。その作品ではパソコンやスマホの画面を撮ることをやめました。現代の作品は、それがないと成立しないものが多すぎると思っていて。僕はあんなものはスクリーンに映したくないんですよ。ただの文字じゃないかと。スクリーンはもっとすごい景色を映すためにあると思っているので。
ー確かに、何かを検索するシーンなんかは必ずと言っていいほど出てきますね。
飯塚:今って、何をするにもまず検索するじゃないですか。でも、大切なことはそこに載ってないと思うんですよね。それが今回「嘘」をキーワードの一つにした理由です。大切なことは半径5m以内にあるので、SNSを見てる場合じゃないということに、育児を通して改めて気付いたんですよね。みんなもっと畑とかいじった方がいいんじゃないかと(笑)。
ースマホを捨てて土をいじれと。
飯塚:本当にそうなんですよね。今回「人間より牛の方がすごい」というセリフを書いたんですけど、牛は草を食べて、糞はまた草木の栄養になって、循環させているわけですよ。加えて牛乳もくれるし、ミラクルだと思うんです。人間はそんなことはできないし、すごいじゃないですか。そういう循環を描きたいなとは思ってるんですよね。
電車などでも、スマホを必死に見てる人への違和感が年々増していて。『コントと音楽』はその対極だと思うんですよ。目の前で体験するということなので。
ー目の前でやるからお客さんも緊張もするし負荷もかかるけど、その分見返りがあるというか。
飯塚:そうですね。同じ俳優が若者の役も年取ってからの役も演じて、時空の繋がりみたいなものを表現できるというのも、シンプルな生の舞台だからこそですし。