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丸山隆平と藤田貴大が語り合う、地元との距離感。舞台『water』の深い共同作業の過程

2026.9.25

#STAGE

マームとジプシーを主宰する藤田貴大と、SUPER EIGHTのメンバーである丸山隆平。かねてより丸山がマームとジプシーの作品に感銘を受けていたことから交友関係のあった2人がタッグを組んだ舞台『water』が、9月27日(日)から東京グローブ座、11月7日(土)から京都劇場で上演される。

作・演出を務める藤田が、京都出身の丸山の半生と、京都という土地から着想を得てつくった本作。丸山はこの半自伝的な物語の中で、主人公の「わたし」を演じる。

土地の歴史や人の記憶といったこれまでもマームとジプシーが扱ってきた事柄と、俳優としても意欲的に活動する丸山が、京都、そして「水」というテーマのもとどのように混ざり合うのか。

稽古のただなかにある2人からは、互いへのリスペクトと、このコラボレーションへの確かな手応えが感じられた。

『cocoon』で初対面。「行き詰まっていた感情を洗い流してくれた」(丸山)

ーまずはこの『water』という作品がどのような経緯で立ち上がっていったのかを伺えればと思います。

藤田:マームとジプシーが京都で『cocoon』の公演をやったとき(2022年)に丸山さんが観に来てくださって。その前から観てくださっていたとは聞いていたんだけどコロナ禍だったから、やっとロビーで面会ができる時期になって、初めて会えたんです。めちゃくちゃ喋りやすかったし、そのときに丸山さんが京都出身ということも知って。

それとは別に、個人的に京都のおじいさんおばあさんにインタビューするリサーチを行っていたんです。というのは、京都芸術大学で授業やワークショップをやっていたときに集まってくれたおじいさんおばあさんたちと、コロナ禍で会えなくなって。「いつかまた会いたいね」という話をしていたから、一人ひとりに会いに行っていました。そのことと、丸山さんが京都出身ということがオーバーラップしていって、京都を舞台に丸山さんを描いた作品をやろうということになったんです。

藤田貴大(ふじた たかひろ)
1985年生まれ。北海道伊達市出身。2007年マームとジプシーを旗揚げ。以降全作品の作・演出を担当する。2011年6月-8月にかけて発表した三部作『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』で第56回岸田國士戯曲賞を受賞。2013年に太平洋戦争末期の沖縄戦に動員された少女たちに着想を得て創作された今日マチ子の漫画『cocoon』を舞台化(2015年、2022年に再演)。同作で2016年第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。近年の作品に『equal』、『Dream a Dream』、イタリアとの共同製作『Chair/IL POSTO』などがある。演劇作品以外では展示作品や書籍の執筆にも取り組み、昨年、初の長編小説『T/S』(筑摩書房)を発表した。

ー丸山さんは最初にマームとジプシーのどの作品をご覧になったんですか?

丸山:『てんとてん』ですね(2020年、『てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。 そのなかに、つまっている、いくつもの。 ことなった、世界。および、ひかりについて。』)。友人に誘ってもらって、コロナ禍に初めて観た舞台だったんです。皆さんあの時期にいろんな感情に出会ったわけじゃないですか。僕もいろんなことを感じていたけれど、自分の中で行き詰まっていた感情を洗い流してくれたというか、なにかが引っかかっている状態を「いいんだこれで」と思わせてくれたのが、『てんとてん』だったんですよね。

丸山:その時期、エンタメって後回しになっていたじゃないですか。やっと舞台ができることを目の当たりにして、エンタメ界にいる人間としては、エンタメは心を前に進めてくれるもので、人間に必要な営みだなと勇気をもらった。同時に演出としても新鮮で、美しくて、でも肉体的なものを観たなというのが最初の感想ですね。それで僕は事務所のスタッフに、「すっげえものを観に行ったんだ」と話したことがあったんですけど、その熱量を見て「丸山はやりたいんだ」と思ったらしくて(笑)。そのあと『cocoon』のときに藤田さんに会えたというのが僕視点からの話です。

丸山隆平(まるやま りゅうへい)
SUPER EIGHTのメンバー。2004年のCDデビュー以降、個性あふれる楽曲を次々と発表している。音楽活動のほか、バラエティ、ラジオ、情報番組の司会など多岐に渡って活躍し、俳優としても、ドラマ / 映画 / 舞台とジャンルを問わず高い評価を得ている。

2日間で50か所、丸山のルーツを知り尽くす旅

ー制作にあたって、お二人で京都の町を歩かれたそうですね。

藤田:最初は僕がリサーチしていた水の淀んだ場所などに行こうかなという話もしてたんですけど、丸山さんと話していたらなんてことのない丸山さんの地元を見たくなって。本当にただの公園とか、ただの線路沿いとか、住宅街とか……。いま「ただの」って言っちゃったけど、丸山さんにとっては一つひとつがルーツだからすごく大切に話をしてくれて、2日間みっちり歩きましたね。

丸山:歩いたねー。

藤田:しかも丸山さんが去ったあと、もう1回1人で全部回るっていう修行みたいなことをしました。

丸山:次の日、「合計50か所行きました」って連絡が来て(笑)。

藤田:そうそう。それをもとに最初のプロットを書いたんです。丸山さんが昔アルバイトしていたバーとか、昔から行ってるラーメン屋さんとか天ぷら屋さんとか、いろいろ連れて行ってもらったんですけど、丸山さんってその場所の人たちにすごく愛されているんだなと思ったんですよね。

そのときは「丸山隆平」ではなく、「隆ちゃん」だったり「丸ちゃん」だったり「隆平」だったりして、いろんな名前で呼ばれているのも面白かった。

―「SUPER EIGHTの丸山さん」ではない、丸山さんの側面に触れられたんですね。

藤田:うん。あとは遊んでいた公園がいくつもあったことも印象的で。特殊なことじゃないように聞こえるかもしれないんだけど、公園って地域ごとに遊んでる子の雰囲気が違うじゃないですか。大人の、しかもよそ者の僕からしたら、ここの子とここの子は溶け合わないんじゃないかなと思う公園の間を丸山さんは行き来して遊んでたんですよ。それが丸山さんっぽいなと思いました。

丸山:当時の丸山隆平はそういう視点ではいないじゃないですか。だからこうやって大人になって俯瞰すると、確かに公園ってコミュニティが決まっているなあという発見がありました。

ー当時を追体験されるような部分もあったと思うのですが、丸山さんは藤田さんと一緒に歩くことで思い出した記憶もありましたか。

丸山:そうそう! 歩きながら思い出したことはたくさんあって、学童保育が通っていた幼稚園と隣接していたこととか。幼稚園のとき親父がそこにバイクで迎えに来たりしていたこととか。

藤田:まさにいまもそうだけど、あらかじめ用意しているものじゃなくて話しながら思い出すことってあるんですよね。多分すごく準備をしてくれていて、一番若い年齢のときにいた場所から順番に歩いていく感じでプランを立ててくれていたんだけど、不意に、本当に「いま」思い出したんだなという瞬間があって。その場所に行かないと出てこないであろう言葉をセリフにしたいなという欲求が生まれました。

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