The Strokes 6年ぶりのアルバム『Reality Awaits』が7月24日(金)、国内盤は8月12日(水)にリリースされた。
4月に開催された『Coachella Valley Music and Arts Festival』で、彼らは異例とも言えるアメリカ政府批判・反戦のメッセージを直接的に表現するパフォーマンスを行い、ファンを驚かせた。
あのステージを経てドロップされたニューアルバムは、いったいどのような内容になっているのか。そして、デビューから25年に渡りThe Strokesを聴いてきたファンにとって、現在の彼らの姿はどのように映り、その新譜はどのように響くのか。ブロガー・Stoneに想いを綴ってもらった。
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2001年に颯爽と現れた、自分たちの世代を定義づけるバンド
僕の家の鍵には、お馴染みの「The Strokes」のロゴが刻まれた、ボロボロの鉄製の栓抜き型のキーホルダーが付いている。2002年2月、Zepp Tokyoの初来日公演で購入したグッズだ。当時大学2年生だった僕は、受験のために上京していた2歳下の弟を連れてお台場へ向かった。開演時間から大幅に遅れて登場した彼らは、わずか1枚のアルバムを叩きつけるように演奏し、風のようにステージを去った。
あの日以来、この小さな鉄の塊は、僕のポケットの中で24年間、毎日欠かさず役割を果たしている。学生時代を過ごした安アパートに最後の鍵をかけた日。新社会人として奮闘する毎日。結婚式の朝。まだ何も分かっていないくせに世界が違って見えた、娘が生まれた病院からの帰り道。娘たちの入園、卒園、入学の日。なんでもない忙しない平日。ロゴの色は褪せ、塗装は剥がれ落ち、鉄の地肌は鈍く光っている。それでも壊れない。ポケットの中で擦り減りながら、今日も変わらず鍵を開ける。

高校時代、福岡の片田舎のTSUTAYAで手に取ったRadiohead『OK Computer』(1997年)は、僕の世界を一変させた。そこに鳴っていたのは、社会やテクノロジーや資本主義そのものへの違和感だった。音楽が世界の見方を変えられることを、そのアルバムは教えてくれた。2000年、大学進学で上京し、大学と書店とレコード店を往復する毎日が始まった。地方では決して出会えなかった音楽や映画や本が、東京には溢れていた。けれど、その頃のギターロックには、どこか行き止まりのような空気も漂っていた。
上京した2000年は、Primal Scream『XTRMNTR』やRadiohead『KID A』がリリースされた年だ。翌年にはDaft Punk『Discovery』もリリースされ、本当にクールで批評性に満ちた音楽は、すでにオルタナティヴロックの荒野を開拓し尽くしたかに見え、フロンティアは電子音の海へと移行していた。『OK Computer』はすでに一つの頂点としてそびえ立ち、『KID A』がロックという形式そのものを解体し始めていた。一方、ギターを抱えた次世代のバンドたちといえば、安直なメランコリーに沈むか、音圧の競争、表面をなぞるようなパンクへと逃避しているように見えた。洗練された知性と野性を兼ね備えたロックンロールは、絶滅したかに思えた。
そこへ突如、ニューヨークから5人の若者が現れた。The Strokes『Is This It』(2001年)。重厚な音圧とは無縁の、2本のギターが絡み合うスカスカで小気味よいアンサンブル。気怠いボーカルに、ベースは踊るように動き、ドラムは必要以上に主張しない。ビンテージなサウンドから、奇跡のような均衡が生まれる。古くて新しくて、圧倒的にクールだった。古着のジャケットにタイトなジーンズ、履き古したコンバースといった彼らのスタイルは、ファッションのトレンドも更新した。
彼らは「ロックは死んでいない」と叫ぶ代わりに、静まり返った焼け跡で「Is this it? (これだよね?)」と呟き、ロックンロールを軽やかに、そして完璧にアップデートしてみせた。Nirvanaも、Red Hot Chili Peppersも、Oasisも、Radioheadもすでに歴史になり始めていた時代、ついに自分たちの世代を定義づけるバンドが現れた瞬間だった。
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25年後に、会社員・父親として観たコーチェラ
あれから四半世紀が経った。大学生だった僕は、家庭を持ち、父親になった。平日は仕事と家事に追われ、休日も家族の予定で埋まる。カルチャーが人生のすべてだった学生時代とは、まるで違う生活を送っている。そんな2026年春の休日の午後、子どもの習い事の送迎の合間に時間を確保し、『Coachella』のThe Strokesのステージを観た。
画面に現れたジュリアン・カサブランカスは、Amazonの「Prime」のロゴを「Crime」に書き換えたTシャツを着ていた。巨大テクノロジー企業が生活基盤となり、アルゴリズムが人間の趣味や政治意識までも最適化していく2026年に、その文字はずっと重く見えた。
ライブの途中、ジュリアンは言う。「みんな“ドラフト”にエキサイトしてるか? ああ、NFLのドラフトの話じゃないよ。6か月後には、兵役の対象になる人は全員登録しないといけなくなると思うね。楽しみだろ? 我らが誇る軍の中で、一番セクシーな“コーチェラ部隊”を率いられたらと思うよ」
このブラックユーモアが冗談として聞こえない時代になってしまったことを、僕たちは知っている。彼らは誰かを扇動して革命を叫ぶようなバンドではない。彼らは昔と変わらず、巨大なシステムに対する居心地の悪さを、皮肉とユーモアで炙り出す。
だがその一週間後、彼らは極めて政治的なパフォーマンスを行う。ステージ背後の巨大スクリーンに、CIAの関与が疑われる政権転覆・要人暗殺の記録が、名前と写真つきで次々と映し出される。“Oblivius”でジュリアンが<What side you standing on?>と繰り返す中、イランとガザで破壊された大学の映像をバックに、演奏は締めくくられた。
これまで政治的なメッセージをダイレクトに表現することがなかった彼らのパフォーマンスに驚くと共に、高揚感と懐かしさも覚えた。僕が最も音楽に夢中になっていた2000年前後、ロックバンドは世界で起きていることを、真正面から引き受けようとしていた。Manic Street Preachersは社会の偽善やファシズムへの批判を知的な詩で表現し、Rage Against the Machineは権力に正面から抗い続けた。U2のボノは「Jubilee 2000」で第三世界の債務帳消し運動の先頭に立ち、Radioheadは『OK Computer』『Kid A』で消費社会やグローバリズムそのものを問い直した。
ポップミュージックが社会を語ることは、例外でも炎上商法でもない。「音楽に政治を持ち込むべきでない」あるいは「音楽は政治に声を上げるべきだ」という論争に意味はない。全ての音楽が政治的である必要はないが、音楽が現実の社会を超えていくことは免れない。ブルース、ソウル、レゲエ、パンク、ヒップホップ。ここにはない社会を志向することもまた、ポップミュージックのひとつの伝統だ。地方の労働者階級に育ち、文化資本もない家庭に育った僕は、その頃のロックから世界の見方を学んだ。東京へ出た後も、資本主義の中心のような街と、企業の歯車になることを前提とする大学の空気に、どこか馴染めずにいた僕にとって、音楽は「現実」を相対化し、世界と向き合うための概念装置でもあった。
SNSが怒りや理想すらコンテンツへと変え、アルゴリズムの燃料として消費される民衆の不満が、強権的な指導者への支持に回収される現代。そんな時代にあって彼らのパフォーマンスは、僕たちの世代には音楽が権力を疑う伝統を思い出させ、若い世代には「音楽だけでなく、歴史や政治もディグしているか?」と問いかけているように感じた。
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『Reality Awaits』が映し出す「現実」と虚構
そんな中、6年ぶりのニューアルバム『Reality Awaits』がリリースされた。
プロデュースは前作に続きリック・ルービン。ジャケットに使われたのは、アメリカの現代美術家リチャード・プリンスによる『Untitled (Cowboy)』。本物のカウボーイを撮った写真ではなく、マールボロの広告写真をプリンスが撮り直して美術作品としたものだ。「自由」「男らしさ」というアメリカ神話を売るための広告を、プリンスが引用し、The Strokesがさらにそれを引用する。現実→神話→広告→現代美術→ロックアルバムという、幾重もの引用の連鎖がジャケット一枚に折り畳まれている。
だからこそ『Reality Awaits(現実が待っている)』というタイトルは強烈な皮肉として響く。僕たちが「現実」だと信じているものは、本当に現実なのか。私たちが見ている「カウボーイ」は、現実そのものではない。広告が演出し、美術が引用し、さらにポップミュージックが引用したイメージである。「Reality」という言葉を掲げながら、その表紙を飾るのは、現実から何重にも媒介された虚構なのだ。
この逆説は、アルバム全体を貫くテーマでもある。SNSは誰かの人生を編集し、ニュースはアルゴリズムによって最適化され、AIは本物と区別のつかないイメージや文章を生み出す。2026年の私たちは、現実そのものではなく、無数のフィルターを通過した「現実らしきもの」の中で暮らしている。
初期のジュリアンは、多くを語らなかった。歌詞は断片的で、意味よりも響きや空気が優先されていた。しかし今作では違う。階級意識、消費社会、AI、ポップスター、音楽批評といったテーマを、驚くほど率直に言葉へ置き換えている。オートチューンの多用は、ストレートに思考や感情を吐き出すことへの、彼なりのメタ的な照れ隠しのようにも聞こえる。世界を救う理想も掲げなければ、正解を示すこともしない。ジュリアンはただ皮肉混じりに告げる。
Maybe it’s time that you see for yourself for once
自分自身の目で確かめてみる時かもよ、一度くらいDoesn’t anybody wanna know what’s going on?
今何が起きているのか、誰も知りたくないのか?——“Going To Babble On”
分断と不信が積み重なり、何が本物で何が虚構なのかも曖昧になってしまった世界で、様々な「現実」が目の前にある。僕たちは、自分なりに捉えた「現実」から目を逸らさずに生きていくしかない。何度でも「また始める(Starting again)」ことができるのだから。
そんな重たいテーマとは裏腹に、いや重たいテーマだからこそか、『Reality Awaits』はThe Strokes史上最も色彩豊かな音を鳴らしている。『Reality Awaits』は、The Strokesの作品の中で『Is This It』から一番遠い場所にある、自らのレガシーを更新しようとするアルバムだ。ジュリアンのThe Voidzでの活動からの影響を指摘するまでもなく、曲は思いがけない場所で展開し、期待したカタルシスをあえて外していく。ポップソングの約束事を、一つひとつ疑っているようにも聴こえる。
ただ不思議なことに、リック・ルービンの手腕もあってか、どれだけ遠回りをしても「The Strokesらしさ」は失われない。ニック・ヴァレンシとアルバート・ハモンドJr.の二本のギターは、相変わらず人を食ったようなリフやカッティングを交わし続ける。メロディーラインをなぞるようなフレーズも健在だ。ニコライ・フレイチュアのベースは旋律を踊らせ、ファブ(=ファブリツィオ・モレッティ)のドラムは決して前へ出すぎない。New Orderみたいな音も鳴っていて、ジュリアンの1980年代的感性にニヤリとさせられる。5人が同時に音を鳴らした瞬間、「ああ、The Strokesだ」と分かる。25年も同じメンバーで演奏を続けてきたバンドだけが持つ呼吸が、そこにはある。その意味では、この作品はもっとも実験的でありながら、もっともThe Strokesらしいアルバムなのかもしれない。
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日々の暮らしに響く、現在のThe Strokes
僕は幸運なことに、このレビューを書くために発売前に『Reality Awaits』の音源を入手する機会を得た。ちょうど子どもたちが夏休みに入った頃で、いろいろな場面でこのアルバムを再生した。まだかろうじて熱気の上がらない、気怠い朝の通勤時間。仕事でトラブルが起こり、疲れて帰る夜。家族で川へ遊びに行く、緑豊かな田舎道。後部座席ではしゃぎ疲れた子どもたちが眠り、助手席で妻も静かに寝息を立てる夜の高速道路。諦め、優しさ、郷愁、哀しみ、期待、怒り、希望……おそらくThe Strokesのアルバムで、これほど多くの感情が同時に鳴っている作品はない。楽曲ごとに多彩な景色を見せる。そのせいか、どんな場面で流しても、不思議と眼前の景色と馴染んでしまう。
バンドの公式YouTubeに公開されたレコーディングの様子を収めたショートフィルムを見ると、その理由も少し分かる気がする。レコーディングはコスタリカで行われた。山頂から海を望む屋外に機材を並べ、風や湿度まで取り込みながら演奏するという、彼ららしい気の利いた試みだった。その土地の空気をそのまま吸い込んだような開放感から、儚くも美しい夕暮れが誘う郷愁まで、このアルバムには様々な景色が記録されているように感じる。
若い頃は、新しい音楽に出会うことが人生だった。音楽雑誌を読み漁り、ライブハウスへ行き、夜通し友人と音楽の話をした。あの頃は、音楽が未来へ連れて行ってくれると信じていた。
今は違う。朝は子どもを送り出し、仕事へ向かう。日中は責任とタスクに追われ、帰宅すれば家事と育児が待っている。音楽は人生の中心ではなくなった。けれど、人生の中心ではなくなったからこそ、音楽はもっと深い場所に残るようになった。
大学生だった僕は、The Strokesのキーホルダーを付けたまま父親になった。The Strokesは、25年という時間を引き受けながら、『Reality Awaits』というアルバムを作った。25年前、自分たちの世代を定義するロックンロールを鳴らしたバンドが、50歳を目前にしてなお、安全な続編ではなく、新しい表現へ踏み出している。
世界はあの頃とは違う。僕も違う。The Strokesも違う。それでも明日もまた、この傷だらけのキーホルダーをポケットに入れて家を出る。僕はきっと、2026年夏のサウンドトラックとして、これからさまざまな景色の中で何度も『Reality Awaits』を聴くだろう。そしてさまざまな「現実」を感じ、考える。本当に価値のあるものは、長く触れられ、少しずつ形を変え、持つ意味も変えながら、それでも手放されずに残っていく。そして何年か後、このアルバムを聴き返したとき、The Strokesの音楽が、この鉄の傷のように、2026年という時代とともに自分の人生へ静かに刻まれていたことに気づくのだと思う。
The Strokes『Reality Awaits』

8月12日(水)発売
価格:2,860円(税込)
SICP 6782
解説:粉川しの、歌詞・対訳付
- Psycho Shit / サイコ・シット
- Dine N’Dash / ダイン・アンド・ダッシュ
- Lonely in the Future / ロンリー・イン・ザ・フューチャー
- Falling out of Love / フォーリング・アウト・オブ・ラブ
- Going to Babble On / ゴーイング・トゥ・バブル・オン
- Going Shopping / ゴーイング・ショッピング
- Liar’s Remorse / ライアーズ・リモース
- The Fruits of Conquest / ザ・フルーツ・オブ・コンクエスト
- Pros and Cons / プロズ・アンド・コンズ