踊ってばかりの国にとって10作目となるフルアルバム『PRISM』。本作のリリースに際し、下津光史(Vo,Gt)はこんなコメントを寄せている。
「音楽は何のために鳴り響くべきなのか。あなたが日常の流れに飲まれてしまっても、ちゃんと世界は変わらずあなたを待っている」。
現代に生きる私たちは、濁流のように流れる情報の渦に飲み込まれながら何とか日々をやりすごしている。下津光史はそんな日常に抗いながら、今もなお自由を叫び続けている。
これまでの作品のなかでも、もっとも長い時間を曲作りとレコーディングに費やし、よりしなやかで自由度が高いバンドアンサンブルを手に入れた新作『PRISM』には、まるでプリズムのように多様な音と言葉が乱反射している。混迷の現代、下津は何を歌い、何のために音を奏でようとしているのだろうか。気持ちのいい風が吹き抜ける午後、下津にゆったりと話を聞いた。
INDEX
飽和した世の中で「違う目線」を探す。10作目で初めて他者の人生を歌った理由
―フルアルバムとしては、2024年リリースの前作『On the shore』以来2年ぶりの新作となるわけですが、前のアルバムでは「海」が象徴的なモチーフとして描かれていました。そこでは、海がエスケープする場所としても描かれていたわけですが、あのころ下津さんは何からエスケープしたかったのでしょうか?
下津:いやー、電車の券売機とか大嫌いだし、ほんまのこと言ったらパソコンも嫌いで。原始人がサイケをやってると思ってもらったほうが分かりやすいのかなと(笑)。

踊ってばかりの国(おどってばかりのくに)
2008年に神戸で結成。下津光史(Vo,Gt)、丸山康太(Gt)、大久保仁(Gt)、谷山竜志(Ba)、坂本タイキ(Dr)からなる、うたと3本のギター、ベース、ドラムで構成された5人組サイケデリック・ロックンロール・バンド。2011年に1stアルバム『SEBULBA』を発表以降、精力的なライブ活動を展開し、2017年より現体制に。2019年には自主レーベル「FIVELATER」を設立。叙情的なメロディと3本のギターが絡み合う圧倒的なアンサンブルで熱狂的な支持を集める。2026年6月10日、これまでで最も時間をかけ音にこだわり抜いた10作目となるフルアルバム『PRISM』をリリースした。
―何かにコントロールされること自体が嫌ということ?
下津:そうです。効率化のために人間がめっちゃ不自然な動きをしながら無理していると思うんですよ。真夏でも背広を着てる時点でしんどいやろし。そういう目の前にある現実と、「自分はこう生きたい」という理想とのギャップからエスケープしたいんです。
―その気持ちは『On the shore』で特に高まったというより、下津さんがずっと抱えてきたものでもありますよね。
下津:バンドをやる動機もそこにあるんですよ。逃げたいというか、違うところに行きたいという気持ちはずっとあって。飽和しきった世の中で違う目線を探したい。いろんな目線で考えたいので。
―下津さんの視線は、そこからどのように変わったのでしょうか。
下津:『On the shore』は僕から見たその人だったり、その人との現象について描いていて、自分の主観に近かったんです。でも、今作の『PRISM』では、メンバーのこともフィーチャーしたくて。
“ネモフィラ”って曲はメンバーに子供が生まれたことでできた曲だし、“ニーチェ”はギターの丸山(康太)に向けて書いた曲。“Blowin’ in the wind”は正月に子供と凧揚げしているときの歌だし、今回は何がきっかけで作ったのか説明できる曲ばっかりで。
自分ひとりの物語だけでバンドをやろうとしたら、結構大変なんですよね。でも、周りを見渡すとやっぱり「濃ゆい人生やな」と思うメンバーもいるので、それを曲として書こうと思ったんです。
―そうやって誰かの人生をテーマにアルバム一枚作ったのは今回初めてですよね。
下津:曲単位では今までもあったけど、アルバム一枚というのはなかったですね。もう自分に飽きたというか、外部からインプットしないと次の燃料が出てこない。歌のことを歌ってしまうと終わりやなと思ってて、そうならへんように回避したんかなと思う。
―歌のことを歌ってしまうと終わり?
下津:もちろん、これまで歌について歌った曲もあるんですけどね、“GHOST”とか。でも、そればっかりになっちゃうと……。
―堂々巡りみたいになっちゃうのかな。
下津:そうですね。硬い人間になっちゃうから。
