6月から始まった夜ドラ『ミッドナイトタクシー』(NHK総合)。
オリジナル脚本を手がけたのは、ドラマ『マイダイアリー』(朝日放送 / 2024年)で「向田邦子賞」を史上最年少で受賞し、永作博美を主人公とした4月スタートのドラマ『時すでにおスシ!?』(TBS系)が最終話を終えたばかりの脚本家・兵藤るりだ。
兵藤にとって、NHKの夜15分間の帯ドラマ枠「夜ドラ」は2023年の『わたしの一番最悪なともだち』(NHK総合)に続いて2度目となった。
地上波連ドラ初主演の古川琴音が演じる蘭象子(あららぎしょうこ)の無表情が癖になる本作について、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター藤原奈緒がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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ちょっと不思議な、ゆるやかに流れゆく夜の時間そのもののような15分

蘭象子、29歳。職業、タクシードライバー。特別話が面白いわけでも、特別気配りができるわけでもない。しかしなぜだか、彼女に出会った人は皆、ふとその夜のことを思い出す
『ミッドナイトタクシー』第1話のオープニング映像に添えられた言葉だ。ナレーションを担当するのは、リリー・フランキー。彼の静かで落ち着く声は、主人公・蘭象子の人となりを伝えただけでなく、本作の世界観そのものを印象づけた。夜の東京を走る一台のタクシー。その中で繰り広げられる、様々な人生ドラマ。そして、運転手・蘭象子を演じる古川琴音の、唯一無二の佇まいがなにより魅力的な作品だ。
象子のタクシーには、毎話さまざまな客が乗車してくる。それぞれのドラマがあるわけだが、乗客たちの人生は、象子のタクシーに乗ったからといって、さほど変わらない。バカリズム脚本のドラマ『素敵な選TAXI』(カンテレ・フジテレビ系 / 2014年)の竹野内豊が運転するタクシーのように過去に戻れるわけではないのだから。だからと言って、渋川清彦が街中華をこよなく愛する個人タクシーの運転手を演じた『ザ・タクシー飯店』(テレビ東京系 / 2022年)のように、主人公が仕事終わりに食べる美味しそうな中華料理を見てお腹を空かせるドラマとも違う。象子が仕事終わりによく行く、喫茶「つかれしらず」のマスター・昼川源(竹中直人)が、象子の奇妙なリクエスト通りに難なく作る料理の数々(いちご定食、石焼芋ビビンバなど)は、美味しそうというよりは、なんだか意表を突かれることの方が多い。
ちょっと不思議な、ゆるやかに流れゆく夜の時間そのもののような15分間は、それこそ象子が運転するタクシーの後部座席に座って、真夜中のドライブをするかのような居心地の良さがある。そこに『あなたのブツが、ここに』(2022年)、『ひらやすみ』(2025年)など多種多様な傑作を生みだしてきたNHK「夜ドラ」の新たな可能性を感じずにはいられない。
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『魯山人のかまど』に続き、古川琴音に驚かされる

主演は、近年活躍が目覚ましい古川琴音である。ドラマ『海のはじまり』(フジテレビ系 / 2024年)や映画『ほどなく、お別れです』(2026年)などでの演技も印象的だったが、2026年3月に放送されたドラマ『魯山人のかまど』(NHK総合)は特に素晴らしかった。古川が演じるヨネ子は「食べること」「作ること」を通して、美食と芸術を極めた天才・魯山人と「対等」とも言える関係を作っていく。『魯山人のかまど』は、北大路魯山人の人生を凝縮した物語であると共に、古川琴音を通して名優・藤竜也を見つめ、藤竜也を通して古川琴音を見つめるかのような、奇跡的なドラマだったと思う。
さて、本作において古川琴音が演じるのは、タクシードライバーの蘭象子だ。「象みたいに優しい目の子になってほしい」という名前の由来がなんだかしっくりくる、ミステリアスな切れ長の瞳は、運転手の制服を着た時こそよく目立つ。何を言われても動じないクールな佇まいは、前述した『魯山人のかまど』における快活なヨネ子とは別人のようで、改めて、俳優・古川琴音の演技の幅広さに驚かされる。
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ミス・ミステリアスの「裏の顔」を描く、昼間パート

さて、この蘭象子には2つの顔がある。1つ目は、夜の顔。つまり、タクシードライバーとしての顔である。客として宇宙人が来ようが、魔法使い2人がホウキを抱えて来ようが動じない。常に「人間」を俯瞰で見つめ、観察するかのような言動をする。その様は、第6話で魔法使いの若者(藪宏太)が言うように、「人間離れ」している。時々、乗客の抱える悩みに絶妙なアシストをすることもあるが、基本的には誰に対してもフラットで、客のプライベートに深入りし過ぎることなく、ただそこにいる。だからこそ、象子のタクシーは居心地がよく、常連客の独身サラリーマン・柴崎八雲(中村蒼)や俳優・寿々木麗華(伊藤万理華)は、この空間や乗っている時間を好きなのだろう。後輩ドライバーの平良芽衣(小林桃子)が「人間味ないけど人間に一番向いてる」「完璧な人」と言うのは、そんなドライバーとしての彼女を見続けてきたからに違いない。

もう1つの顔は、昼の顔だ。喫茶「つかれしらず」のマスター・昼川に、その日会った人たちのエピソードに因んだご飯をオーダーして食べる彼女は、人々が抱く悩みも少しばかり持ち帰り、自分の身に置き換えて考え、時に「考えすぎて行き詰ってしまう」。昼川だけでなく、育ての親で伯母の弥生(和久井映見)や、心を許している麗華の前で見せる彼女の姿は、一見クールだけど、「完璧じゃない」。30歳という節目を前に大掃除を試みるも上手くいかず当惑したり、絵を描くという天賦の才を持て余したりしている。時には、思いがけず受け取ってしまったモヤモヤした感情を、高架下で絶叫して発散したりもする(絶叫の仕方はなんだか生真面目だ)。それが「ミス・ミステリアス」の「裏の顔」である。昼と夜、彼女の2つの顔を知ることができる私たち視聴者は、このミッドナイトタクシーの「特等席」に座っているのだ。