大阪の高校演劇の地区大会区分「D地区」で出会った劇作家の髙谷誉と制作の平沢花彩。両者はそれぞれ10年ほど個別の演劇活動を経て、2022年にその出会いの場から命名したD地区という演劇カンパニーを始動させた。
「社会的な規則や規範は、複数人の振る舞いによって変化しうる」。そんな理念のもと、これまで関東と関西を往来しながら、人と人との関係性から立ち上がる「変化の瞬間」を探求し続けてきた。なかでも、2023年初演の『おかえり未来の子』は、髙谷と平沢の経験をもとに、特定の宗教を信仰している家庭で育った当事者の立場から「宗教二世」として生きる主人公とその家族が抱える葛藤や切実を多面的に描き、『かながわ短編演劇アワード2023』で戯曲コンペティション大賞を受賞。その後もブラッシュアップを重ね、大阪と東京の二都市で再演された。
2025年末からは新作となる『京王』のクリエーションが始動し、自宅でのプレ公演と兵庫県伊丹市にあるAI・HALLでのショーケース公演を経て、2026年5月8日(金)よりSCOOLにて本公演を上演。物語の舞台となるのは、あるカップルが暮らした部屋。投資情報商材マルチに関わっていた男と宗教二世である女の別れの1日を、社会の境界線に揺れる若者の姿とともに描く。
本作では、髙谷の作劇をもとに、青年団と阿佐ヶ谷スパイダースに所属し、様々な舞台作品に参加する俳優・森一生が演出 / 共作で参加する。D地区が今、演劇の創作を通じて見つめる社会の形、人々の姿とはーー。初タッグを組む髙谷と森に話を聞いた。
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はじまりは高校演劇。AFF戯曲賞ノミネートがきっかけで再結成したD地区
―D地区のメンバーである髙谷さんと平沢さんは高校演劇を通じて出会ったそうですね。まずは、その経緯と成り立ちからお聞かせ下さい。
髙谷:僕の高校は弱小校で、大会で駒を進める機会もほとんどなかったので、物理的にも勝敗的にもずっと端っこにいたんですけど、同地区の強豪校のOBであった平沢さんがある日声をかけてくれて……(笑)。それが最初の出会いでした。以降10年くらいはそれぞれの場で演劇活動を続け、D地区を結成したのはコロナ禍でした。僕がAFF戯曲賞(Aichi Arts Foundation Drama Award)にノミネートされた時に平沢さんが「髙谷まだ書いてるんやったら一緒にやろうよ」と声をかけてくれたんです。そこから僕が書くものをベースに、平沢さんとともにクリエーションを重ねてきました。

1995年生まれ、奈良県出身。東京在住。2022年よりD地区のメンバーとして活動し、主に戯曲の執筆を担当。『おかえり未来の子』がかながわ短編演劇アワード2023 戯曲コンペティション大賞受賞。
―2023年5月に初演された『おかえり未来の子』はその後も東西を横断して再演され、多くの反響を呼んだ代表作です。私も「宗教二世めが、僭越ながら申し上げます。あなた方は、それを、お分かりにならない」というコピーに引きずられるように東京公演を拝見し、「宗教二世問題」を取り巻くあらゆる視点を紐解く丁寧な作劇に衝撃と感銘を受けた一人でした。
髙谷:傲慢なキャッチコピーをつけてしまいましたけど、正直なところ「わかってる感出してくんなよ」という気持ちがあったんですよね。当時はちょっとしたブームになっていたというか、宗教二世に関していろんな人がいろんなことを言ったり書いたりしていました。でも、僕は「別にわからなくていい」と思っていたんです。当事者一人ひとりの体験としてしんどかったことや、逆に良かったことだってあると思うし。十把一絡げに「宗教二世ってこういう問題です」とは言えないもの、わからないものだと思うんです。社会問題として良くないことが起きている例ももちろんあるけれど、同時に共同体があり、そこで生きている人が今も実際にいる。そんな思いもあり、ああいうコピーを添えました。

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他者と自分の境界線はどこにあるのか。D地区が『おかえり未来の子』で試みたこと
―これまでもさまざまな劇作を行ってきたなかで、『おかえり未来の子』で自身と密接な題材である「宗教二世」を選ぶに至るにはどんな経緯があったのでしょうか?
髙谷:2022年7月に起きた安倍晋三銃撃事件がきっかけでした。山上徹也被告が旧統一教会の宗教二世であったと知ったときにすごくショックを受けて、そのまま初稿を書き上げたんです。「宗教二世であることで元首相を殺してしまった」という意味で、自分と山上被告がどう違うのか、その距離を測りたい気持ちがありました。
僕は創価学会に籍があるのですが、アクティブな会員ではなく、そこまで強い恨みも持っていない。それでも「創価学会じゃなかったら」と思うことは少なからずあって。だから、「何かが違えば、自分もテロを起こす可能性があったのかもしれない」とすごく食らったんです。自分はたまたま乗り換えがうまくいって、その列車に乗らなかっただけではないか。そんな風に山上被告の存在に自分をシンクロさせ、いろんなことを考えました。
森:僕が今回D地区と創作をともにするにあたってこの話を聞いたとき、髙谷さんが当時感じられたことはすごく重要な感覚であり、視点であると感じたんです。宗教二世の当事者でなかったとしても、「自分も何かが違えば同じ路線に乗っていたかもしれない」という想像力は、今、とても必要なものですよね。

演劇を中心に活動。近年は土地の記憶や民話のリサーチ、発表などを行っている。出演作には、宝石のエメラルド座「ライバルは自分自身ANNEX」、青年団『その森の奥』、東葛スポーツ『カニ工船』、阿佐ヶ谷スパイダース『老いと建築』、青年団『KOTATSU』、大河ドラマ『麒麟がくる』、『青天を衝け』、映画『恋愛裁判』などがある。
髙谷:これも森さんに話したかもしれないのですが、大学の時にボランティアをやっていたんですけど、コミュニティ内で布教されると思ったらしく、1年くらい僕だけ飲み会に誘われなかったんです。あと、僕は学歴に宗教の名前が入っているので、履歴書を出したときに色々言われることもありました。そんなに気に留めることではないと思っていたのですが、山上被告のことを考えていた矢先に、池田大作が亡くなったニュースが入ってきて、そのときも自分では予測していなかった戸惑いが起きて……。
足もとが震えるような体感になってはじめて、自分はいわゆる文学の世界で言う「父殺し」ができていなかったのだ、と思ったんです。親から与えられた規範を手放す、という抽象的な意味合いでの「父との決別」として。それを終える前に死んでしまった、というショックがありました。
―森さんはこうした宗教二世の方々の実情に触れる機会や、関心を持つきっかけなどはあったのでしょうか。
森:創価学会はとても有名であるけれど、少なくとも僕の人生では当事者の方に直接話を聞く機会がなかったので、髙谷さんとの会話や創作を通じて初めて知ることもありましたし、考えるきっかけにもなりました。ただ、当事者であるということに限らず、髙谷さんは他にも歴史や政治、社会への関心が強いですよね。
髙谷:僕は、とりわけテロや無差別殺人、フェミサイドを起こす男性の事件をきっかけに考え込んでしまう気持ちのスイッチが入りがちなんです。
森:僕も同じです。なぜかそういう事件に関心が向いちゃうというか、「何が起きたんだろう、どういう人生だったのだろう」ということを考えてしまいます。日本で起きる問題とは性質の異なるものですが、ラスベガスで起きた銃乱射事件などもすごく考えさせられました。その日その瞬間に動いてしまう。そんな運命に至る様々について考えると、ゾーンに入っていってしまう感じがすごくあります。
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次回作『京王』で描くのは、商材マルチをしている同棲カップル。特殊な設定を普遍的な物語へ変える工夫とは
―新作『京王』での出会いとクリエーションを通じて、作劇の髙谷さんと演出 / 補作の森さんが、さまざまな意見を共有していることが伝わるお話です。D地区の創作において外部の方が演出に入られるのは今回が初めてですが、この試みにはどんな経緯があったのでしょうか?
森:出演者の7Aさんが共通の知人で、「意見を聞かせてほしい」と稽古場に誘ってもらったことがD地区と出会う最初のきっかけでした。僕は俳優ではありますが、戯曲のサポートやドラマトゥルク(※)で現場に入ったり、あと、街の歴史を調べたり、リサーチも好きだったので、7Aさんから話を聞いて、関心を持ったんです。
※ドラマトゥルク:劇場やカンパニー、あるいは個々の公演の創作現場でサポート、助言、調整、相談役などの役割を果たす職分のこと
髙谷:前提を補足すると、『京王』はこれまでのD地区でも珍しい形で創作が始まった作品なんですよ。元々は僕と平沢さん、そして出演者の7Aさん、木村さんの4人で「ちょっとずつシチュエーションを作って、お試しで演劇にしてみる」という遊びを家でやっていたんです。そのなかで、最初は投資情報商材マルチをテーマに、同棲しているカップルが別れる、というシチュエーションで演劇を作っていたんですけど、7Aさんと平沢さんと話していくうちに、「もしかしたらこの女性は宗教二世なのかもしれない」という視点が出てきて。
そういう意味では、最初から宗教二世を題材に据えて作劇をした前作とはアプローチが違うんですよね。話の筋ではなく、人そのものにフォーカスをして、作品が形を変えていったような感じでした。家公演を経て森さんが参加してくれて、3月には兵庫県伊丹市のAI・HALLでも上演をしましたが、そのたびにブラッシュアップされている手応えがあります。

今日、リリーは東京を出る。5年間一緒に暮らした部屋に、引っ越しのトラックが来る。「ブラック」と「リリー」はかつて、大学生を狙った投資情報商材マルチ「ホグワーツ」を共に運営していた。荷物が積み上がる部屋に、かつての組織の下っ端「ヘドウィグ」がやってくる。「もったいないって、初めて人から言われて」——スカイツリーの見えるこの部屋で、別れの日が過ぎていく。
―森さんは参加されてみていかがですか?
森:家で作品を作ること自体がまず特殊だし、さらに、自分の出自にかかわるパーソナルなことを書くって、それだけで必然性があると思うんですよね。構造的にどうとか、面白い、面白くないを越えたところで、まず興味を引かれました。いざ会って話したら、共通言語も多く、関心を寄せているトピックも似ていて、会うたびにチームでの対話にハマっていったような感覚がありましたね。
―作品の深部について対話や議論を重ねるうえで、演出として森さんがとくに気になったこと、大切にしたのはどんなことだったのでしょうか?
森:最初は本の内容には手をつけず、AI・HALLという劇場でこの作品をどう見せたらいいのか、俳優をどう動かすべきかなど、主にミザンス(※)周りについて意見やアイデアを伝えるような関わり方をしていました。でも、稽古を重ねていくうちに内容についても話すことが増えて。
最初に髙谷さんと平沢さんと話し合ったのは、作中に「創価学会」という固有名詞を出すか否かということでした。固有名詞に引っ張られてしまって人物の細部が見えなくなる可能性もあるし、普遍性を持たせる意味も含めて、強い固有名詞は出さない方がいいのではないかと思ったんです。これは作劇においてものすごく大きな変更だったと思うのですが、かなり柔軟かつ濃密に対話ができたし、何より僕の話やアイデアを面白がって聞いてくれたんですよね。
※ミザンス:演劇や映画における、舞台上の役者の配置 / 動線のこと
髙谷:「創価学会」という名を出すか否かの議論ができたことは本当に有意義だったと思います。前作『おかえり未来の子』は「当事者だからやれちゃう」みたいなことが多々あったのですが、そういう記号の強さに依存せず、作品として広げて強度を作っていくアプローチにシフトできたのは、当事者ではない7Aさんや木村さん、そして森さんが外部から入ってくれたから起きたことだと思います。僕自身、やっぱり「宗教二世当事者であること」にこだわっていた部分も無意識ながらにあったし、そのことで凝り固まっていた部分もあったと思うんです。そこを相対化した上で新作に取り組めることはとても意味があると思います。

森:「他者の目線が入る」というのは何事にも必要だと思うんですよね。日本の演劇には作 / 演出を同じ人が担うことが多いですが、作家という他者、演出という他者、俳優という他者がいるから演劇は面白いはずだし、「分からない」という意見や「どうして?」という疑問が介在していくことによって、作品はより揉まれていく。それが演劇の醍醐味であり、豊かさだとも思います。基本的には髙谷さんが書きたいことを書いてもらい、そのうえで座組みの中で疑問や意見をフラットに俎上にあげられることはとても豊かだと感じましたし、演劇を作る上で最も大事なことだとも再確認しました。
髙谷:そうですよね。どんなテーマにせよ、楽しく、フラットに作品を作っていくためにはみんなで転がせるくらいの距離感があった方がいいと思いました。「当事者がボールを掴んで離さないこと」によって、観客に向けてひらいたり、展開できないことって、やっぱりあると思うので。
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別れの理由は、本当に出自や背景にあるのか? 当事者性のとらわれが見えなくする真実
―圧倒的他者とどうやってともに生きていくのか。どこまでわかり合えるのか、わかり合おうとできるのか。D地区の創作スタイルや稽古場で起きている対話は、今の社会のあらゆる問題の根幹に通じるとも感じます。そうした対話やコミュニケーションの中で、髙谷さん自身が新たに気づいたことなどはありましたか?
髙谷:この間、森さんにもう一つ作品の深部がひっくり返るような意見を言われたんですよ。その後すぐ「僕が今モヤモヤしていることの中に、この作品の本質的な問題がある気がする」と気が付いたんですよね。ネタバレになるから深くは話せないんですけど、登場人物の関係性における鋭い指摘をもらって……。

森:人と人の関係性って複合的なものだから、たとえば「宗教二世」のような出自や属性だけでは変化しないはずで。演劇には身体があるので、その人が持っている声、話し方、身振り、表情などの身体情報によって、不自然な見え方にもなりうる。そこまでを含めて人物造形を考えたいと思ったんです。
髙谷:森さんにそういう指摘をされたことで、あらためて自分が「宗教二世であること」に思った以上にとらわれていると痛感しましたし、疑問や意見を投げかけられたときに抱くくらった感じにこそ突破口があるとも気づきました。平沢さんや森さんはそういうクリティカルな意見を臆せず言ってくれるのでありがたいです。
森:おもしろい本なので、情報が一方向になったり、説明的になると勿体無いから思い切って言ってみたんですけど、言ってよかったです。無駄話や雑談をいかにできるかがすごく大事で、それでコアな部分が見えてくることが結構あるんですよね。
「宗教二世」を扱いながらも、「宗教二世だから」に終始せず、人間の複雑さや、その関係性を解してともに考えてみることができるのは、本作のクリエーション、そしてD地区というカンパニーのスタイルの大きな魅力だと思います。どんなテーマを扱うにしても、後世に残る作品って普遍性や必然性があると思うし、その両方のバランスがうまく取れて、50年後も再考されるような間口の広さを持った作品を目指せたらいいなと思いながら話し合いました。
髙谷:冒頭で僕自身が話したように、当事者であることによって抱く戸惑いや苦しみもたしかにあるけれど、それだけでその人は構成されていない。出発点こそ宗教二世という問題でしたが、本作ではそこから普遍的な人と人の出会いと別れや関係に広げていけるかもしれない。新作の完成を前に、今はそんな風に展望をしています。

『京王』

日程 — 2026年5月8日(金)〜10日(日)
会場 — SCOOL
戯曲 — 髙谷誉 / 演出・補作 — 森一生
出演 — 7A 織内傑作 木村建太(異性)
料金 ― 一般:3,500円 / 当日:4,000円 / 応援:6,000円
D地区HP:https://keio-darea2026.studio.site/
『CoRich舞台芸術まつり!』最終選考作品選出
審査対象期間:2026年3月1日~2026年5月31日
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