現代美術作家・杉本博司の展覧会『杉本博司 絶滅写真』が、6月16日(火)から9月13日(日)に東京国立近代美術館にて開催される。
同展は、多岐にわたる領域で活動する杉本の、芸術の原点である銀塩写真にフォーカスしたもの。写真がデジタルに置き換わった今、その技法はまさに「絶滅が危惧される」ものと言えるだろう。なお、杉本の写真作品で構成された個展が国内の美術館で開催されるのは、2005年以来となる。
会場では、初期代表作である『ジオラマ』『海景』『劇場』シリーズから、初公開となる新作を含む約60点の銀塩写真全13シリーズを、3章構成で展示。さらにサテライト展示として、東京国立近代美術館所蔵の杉本作品全13点に加え、1970年代半ばからの撮影時および暗室での作業工程の覚書を記したノート『スギモトノート』が初公開される。
会期中の6月20日(土)には、杉本と批評家の浅田彰らによる開館記念特別講演会『絶滅について』も予定されている。
『杉本博司 絶滅写真』に寄せて
今、写真から何が絶滅したのか。それは写真の証拠能力に他ならない。写真は21世紀に入り急速にデジタル化した。デジタル画像は如何様にも変換可能である。西部開拓時代、アメリカ先住民は思った。「白人嘘つく、インディアン嘘つかない」。
今、私は同じ様に思う。「デジタル嘘つく、写真嘘つかない」。そもそも幕末に写真が紹介された時、「PHOTOGRAPHY」の訳語を「写真」としたのはかなり異訳だったと思う。
むしろ「光子画」の方が馴染むのだが、やはり写真の持つ迫真性に人々は度肝を抜かれたのだろう。私なら「抜霊画」と訳していただろう。天皇の肖像画は古来より「御真影」とされてきた。写真は「御真影」を撮る装置として感得されただろう。しかも高貴な人々だけでなく、庶民の真の姿をも映す。私は銀塩写真全盛の頃に生を受け、その終焉の頃に人生の幕を下ろそうとしている。思い返せば若年の頃、ニューヨークに渡り、芸術界の二流市民として扱われていた写真を、その名誉を回復し、一流市民にまで格上げさせてみたいという野心を持ったことから、私の写真家人生は始まった。
私は写真の持つ信憑性について考えた。写真に写されたものは存在した、それは証明写真とも言われる様に、真実の存在証明だった。犯人は警察で証拠写真を突きつけられ、観念し自白した。私はその特性を逆手に取って、写真には写らないものもある、ということを写真に撮って証明してみようと考えたのだ。白熊の写真に人々は命を見た、しかしそこには命はなかったのだ。映画館の白いスクリーン。あなたの見たと思えた映画は、全て白光に還元してしまうのだ。私は現代美術という世界に、メディアとしての写真をプロモートできたのではないかと自負している。あれから苦節35年、芸術界の一流市民になれた証として、私は2009年、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞した。しかし皮肉なことに私の受賞したのは絵画部門だった。芸術界の老舗、絵画と同じレベルの芸術として私の写真は認定されたのだ。私は嬉しくも悲しかった。絵は絵空事を描くメディアだ。写真は真実を描くメディアなのだ。見損なってもらっては困る、と言いたかったのだ。今、写真は絵の代替えメディアに堕してしまったようだ。
私は今、倉庫の奥に眠っていた10年落ちの印画紙を引っ張り出してきて、暗室作業に勤しんでいる。黄ばんで極端に感度の落ちた印画紙もなかなか味があるのだ。私は銀塩写真の寿命と私の寿命とが響き合っていることに幸せを感じている。
杉本博司
註釈:今日では民族をステレオタイプ化する表現という見方もありますが、アメリカ先住民が受けてきた迫害の歴史を記憶する側面を重んじ、伝統的な表現のまま掲載しました。
『杉本博司 絶滅写真』
会期:2026年6月16日(火) ~ 9月13日(日)
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー (〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1)
休館日:月曜日(ただし7月20日は開館)、7月21日
開館時間:10:00~17:00(金曜・土曜は10:00~20:00)入館は閉館の30分前まで
観覧料:一般 2,300円(2,100円)、大学生 1,200円(1,000円)、高校生 700円(500円)
※いずれも消費税込
※( )内は20名以上の団体料金、ならびに前売券料金
[前売券販売期間:4月21日(火)10:00– 6月15日(月)23:59]
※中学生以下、障害者手帳をご提示の方とその付添者(1名)は無料
※本展の観覧料で入館当日に限り、所蔵作品展「MOMATコレクション」(4 -2F)も観覧可能
主催:東京国立近代美術館、日本経済新聞社
特別協賛:DIOR
協賛:セイコーグループ、サンエムカラー
特別強力:公益財団法人小田原文化財団、ギャラリー小柳
開館記念特別講演会『絶滅について』
日時:2026年6月20日(土)14:00‒15:30
登壇者:杉本博司
浅田彰(京都芸術大学教授・批評家)
増田玲(当館 主任研究員)
会場:東京国立近代美術館 地下1階講堂
※詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。