京都を拠点に活動するupandcomingが5年ぶりとなる新作『NOTHING IS BUT WHAT IS NOT e.p.』を発表した。本作は盟友であるtoeが主宰の「Machupicchu Industrias」からのリリースで、録音・ミックス・マスタリングをtoeの美濃隆章が担当。また、同タイミングでボーカルギターの干川弦のソロプロジェクト・dry river stringが2009年に発表したEP『buried ep』と、2010年に発表したアルバム『Quiet』(美濃がエンジニア、toeのドラマー柏倉隆史が2曲に参加)が、「Penguinmarket Records」から再発されている。
昨年結成25周年を迎え、両国国技館でのライブを成功させたtoeは、メンバーそれぞれが別の仕事を持っていることでも知られ、美濃も自身のバンドとは別でエンジニアを仕事としている。同じように、干川も現在住んでいる滋賀県で「dry river」というパン屋を2店舗経営しながら、音楽活動を続けている。25年以上の付き合いとなる干川と美濃にこれまでの歩みを語ってもらったこの対談は、現在10〜20代からも大きな注目を集める2000年代以降のエモ〜ポストロックの歴史であり、バンドと仕事をめぐる価値観の変化を刻む、濃密な内容となった。
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USエモやポストロックが盛り上がる2000年前後
—まずはお2人の出会いを振り返っていただけますか?
干川:美濃さんがまだpopcatcherをやっていて、僕がupandcomingの前身のworking class heroをやってたときに、京都で対バンしたのが最初だと思います。だからtoeのメンバーの中でも付き合いが一番古いのが美濃さんなんです。
美濃:思い出した。TEARDUCTとpopcatcherでスプリットを出したときじゃないかな。そこで初めてworking class heroのライブを観て、すごく良いバンドと思ったのを覚えてる。
—その後にtoeが結成されて、working class heroがupandcomingになり、2000年代の前半は同じレーベル(nine days wonderの斉藤健介が主宰する「catune」)に所属していました。
干川:それも偶然なんですよ。お互いそれぞれnine days wonderとつながりがあって、たまたまレーベルメイトになった感じです。で、そこからよく一緒にライブをやったり、toeのツアーに何ヶ所かついて行かせてもらったりして。

バンド「upandcoming」、ソロプロジェクト「dry river string」フロントマン。2026年3月、upandcomingとして5年ぶりの新作EP『NOTHING IS BUT WHAT IS NOT』をリリースし、直後にdry river stringの初期作品もデジタル解禁。現在は滋賀を拠点にパン屋「dry river」を営みながら音楽を紡いでいる。
—美濃さんは当時のupandcomingにどんな印象を持っていましたか?
美濃:フレーズとかメロディーの雰囲気が好きだったり、干川くんの淡々とメロディーを伝えるようにボソボソ歌う感じもすごく好きだったんですよ。
—upandcomingにしろdry river stringにしろ、やはり干川さんの歌が非常に印象的ですが、どんなルーツがあるのでしょうか?
干川:うちの親父がむちゃくちゃ音楽好きで、クラシックギター奏者やったんですよ。だから自分の名前も「弦」だし。なので、ちっちゃい頃からThe Beatlesとかサイモン&ガーファンクルが常に家で鳴ってて、そういうメロディーが無意識的に入ってたのは絶対影響あると思ってます。
—では逆に干川さんはtoeであり、美濃さんのことをどう見ていたのでしょうか?
干川:popcatcherのときから美濃さんのギターが好きで。こんなに弾きっぷりが様になってるギタリスト、それまで見たことなかったんですよ。で、当時はまだ山ちゃん(toeのギター山嵜廣和)のことは知らなくて、僕の中でtoeは「柏倉くんと美濃さんが組んだ新しいバンド」みたいなイメージだったんですけど、音源聴かせてもらって、「そりゃ絶対いいよな」ってなった覚えはありますね。

インストゥルメンタルバンド「toe」のギタリストであり、レコーディング / ミキシングエンジニア。プレイヤーとして国内外で活躍する傍ら、数多くのアーティストの作品を手がける。2026年3月リリースのupandcoming新作EP『NOTHING IS BUT WHAT IS NOT』では録音・ミックスを担当している。
—2000年前後にはUSのエモやポストロックの盛り上がりが日本にも入ってきて、やはりtoeもupandcomingもそういったシーンから影響を受けたわけですよね。
美濃:もちろんPeleやThe Album Leafは好きで聴いてたけど、自分のフレーズの影響源はもっと古いというか、1つ前にやってたpopcatcherの頃からあんまり変わってないかもしれない。ディストーションを踏むパートが減って、アルペジオが中心になったり、そういう変化はあるけど、フレーズのチョイスはあんまり変わってないかな。
干川:僕は美濃さんよりちょっと年下なんですけど、僕らの世代はハードロックとかメタルがベースでありながら、リアルタイムでやってる海外のバンドから影響を受けることもあったと思う。
—upandcomingで言うと、どんな影響が大きかったですか?
干川:僕個人で言うと、中高生の頃はNirvanaが好きでしたけど、大学生にななって、レコード屋を巡り始めたのが大きかったです。当時CDよりも全然安かったんですよ。1,500円とかで買えたから、京都のJET SETのポストロックコーナーとかハードコアコーナーでひたすらレコードを漁ってて。なので、ポストロックが海外と日本で同時に盛り上がっているのは感じていました。
—それこそtoeとPeleがスプリットアルバムを出したりしてたわけですもんね。
干川:グランジとかハードロックは僕らが気づいた頃にはもうブームが終わってて、後追いで聴いてたけど、エモとかポストロックはリアルタイムで自分らが聴いてる中でピークを迎えた。だから「自分らの音楽」と思えるというか、そこを感じれたのはだいぶ大きかったと思いますね。
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当時の空気を閉じ込めたdry river stringのレコーディング秘話
—当時のupandcomigは途中でサックスのメンバーが加入して、徐々に音楽性が変化していきましたね。
干川:何にフィーチャーするかを考える中で、音数を減らして歌を前に出そうとしたときに、もう一本歌っぽいものがあればいいんじゃないかと思って。2ndアルバムの『white album』(2008年)に関しては、自分の歌をサックスに代わりに歌ってもらってるようなアルバムでしたけど、山ちゃんに「干川がもっと歌った方がいいよ」って言われたのは覚えてます。

—dry river stringの最初のEP『buried e.p.』(2009年)が出た後に、toeの『For Long Tomorrow』(2009年)に干川さんが参加したのはどういった経緯だったのでしょうか?
干川:あれは山ちゃんに声をかけてもらいました。それこそ美濃さんに録ってもらったdry river stringのアルバムを山ちゃんもすごく気に入ってくれて。アーティストが選ぶその年の3枚みたいな、あれに入れてくれてて。
美濃:マジで? その話初めて聞いた(笑)。
—(笑)。dry river stringではよりアコースティックなサウンドに変化しましたね。
干川:もっと歌にフォーカスして、自分のルーツにあるような音楽にフォーカスを当ててみようと思って。で、年下の相棒(金谷亘)を見つけて、2人でやりだして、まずcontrarede(※)からEPを出して。じゃあ次はアルバムってなったときに、美濃さんに電話かメールかなんかして。
※レコードショップ“some of us”の店長・小林英樹氏と54-71のメンバーによって設立されたレーベル
—山梨県小淵沢にある音楽スタジオ「八ヶ岳星と虹レコーディングスタジオ」でレコーディングをしたんですよね。どんなことを意識して録音を行なったのでしょうか?
美濃:あんまり覚えてないですけど……のんびり風呂行ったりしたよね(笑)。
干川:期限も限られてる中、美濃さんのペースがすごいゆったりで、「これ大丈夫かな?」って(笑)。
美濃:昼に温泉行って帰ってくると、身体がポカポカしてるし、喉も開いてる状態で、気持ちよく録れるかなって。レコーディングは絞り出す作業になりがちで、苦しかったりもするじゃないですか。そうじゃなくて、そのままスッとアウトプットしたものをただ録るだけ。何十回もやってパーフェクトな演奏を目指すんじゃなくて、場合によっては1回でも、「いいよいいよ、間違えてるのもあり」ぐらいのノリだった気がする。「今のテイクは2度とできないじゃん」なんつってさ。多分サボりたいだけなんだけど(笑)、そんな感じのいい思い出。

—アルバムには柏倉さんも2曲参加していますね。
干川:あれは本当に飛び入りで。「遊びに行く」っていうから、じゃあ叩いてもらおうってなって、その場で曲を聴いて、何回か叩いて、それを使ってるんです。
美濃:あの感じは今は録れないだろうね。今だったら、良くも悪くもちゃんとしちゃう。あのときの空気感じゃないと、あの雰囲気は出ないだろうな。
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toeのレーベルから出す覚悟、5年ぶりの新作の裏側
—upandcomingは2016年に再始動していますが、どんな経緯だったのでしょうか?
干川:2017年に『catune night』ってイベントに誘われたので、今のドラムのリッキー(妹尾立樹)を誘って1回やってみて。その後、コロナ禍に国から補助金が出たので、EPをcatuneから出したんです。
—それが2021年の『Landscape』だったわけですね。それから5年が経過して、今回新作がtoeが主催するMachupicchu Industriasから出ることになったのはなぜですか?
干川:僕がインスタのストーリーズに「新曲レコーディング中」みたいな感じで、ちょっとだけ音源を載せたら、美濃さんが返事をくれたんですよ。で、僕が冗談で「マチュピチュからどうですか?」って言ったら、「いいね、やろうよ」って言ってくれて。
ー近年はライブの本数こそ多くはないですが、曲はずっと作っていて、どこかのタイミングでリリースしたいと思っていた?
干川:そうなんです。ただ、僕はもう曲は全く作ってないんですよ。再結成後は亘(金谷亘 / Gt)とか大本(大本英志 / Ba)とかに先にオケを作ってもらってて、以前とはスタイルが変わってるんです。
僕は今パン屋の仕事で忙しくさせてもらってるんですけど、歌だけつけるくらいならできるかなって。ある種「遊び」でレコーディングしながらデモを作ってたら、マチュピチュから出すことになって、そうなるとそれなりの覚悟と気合が必要だなっていうのは思っていて。
—やはり「toeのレーベルから出す」というのは覚悟と気合が要ると。
干川:そうですね。toeの歌もののメロディーって、全曲印象的すぎるんですよ。エモとかポストロックのシーンにたくさんバンドいますけど、ほとんど同じようなメロディーに聴こえるんです。
でも、やっぱりいいバンドはどこか特徴的で、唯一無二なところがあって、SUNNY DAY REAL ESTATEと他のバンドは全然違うじゃないですか。toeも同じように全部印象的なんですよね。山ちゃんすごい。それが“グッドバイ”に表れてると思うんですよ。toeはもちろん演奏もかっこいいけど、歌だけでもマジですごいと思います。
—近年山嵜さん自身が歌う割合が増えていて、これまでのupandcomingやdry river stringとの関係性を思うと、干川さんから影響を受けている部分もあるのかなって。
美濃:それはわかりませんが、山ちゃんもupandcomingやdry river stringのことをいいと思ってるのは確実だからね。僕もやっぱりどの曲も刺さるから、安心なんですよ。レーベルって、デモを出してもらって、こっちが選ぶみたいな偉そうな感じもあるけど、upandcomingは信頼してるから、別に聴くまでもないくらいなんですよね。
—新作を聴いて、ミニマルなフレーズの音色や配置の面白さを感じましたが、どんなことを意識してレコーディングやミックスをしましたか?
美濃:あんまり何も考えてないかもしれない(笑)。ボーカルだけちょっとパン振ったら、「真ん中に寄せてくれ」って言われたぐらいだよね。あとは聴いてて自然だと思う配置にしていて。ドラムを録るときも、録った音を聴いて、「もうちょっとスネア高い方がいいんじゃないか」とか、その瞬間に感じたことを言ってるだけ。計算して設計するというよりは、直感型かもしれないです。

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「昔の方がいろんなことがはっきりしてたと思うけど、それに抗うのも違うのかな」(干川)
—曲の作り方が変わって、干川さんは歌との向き合い方に変化がありますか?
干川:弾き語りで作るのと違って、オケが先にあるとちょっとリズミカルになるんですよね。クールに聴こえるのかなと思ったり。まあ、歌から作る良さもありますけどね。

美濃:でもあの1曲目の“nothing is but what is not”とかさ、歌から作った風に聴こえるけどね。
干川:あ、ほんまですか。
美濃:段々クレッシェンドしていく感じもバンドっぽい。逆に福本(福本隆 / Gt)の曲(“definitely old”)はオケから作った感じがする。“nothing is but what is not”はもともと歌メロなかったの?
干川:そうです。あの曲はトリプルベースで、あの「デレレレレレレレ」っていうフレーズを押し出したかったんですよ。
—最初の1分10秒ぐらいまで弦楽器はベースのみなんですよね。
干川:だから、プリプロのときも何も考えずにオケだけ流してもらって。何回か歌って、とりあえず歌詞を作って、ダブリングするっていうのをやっていったんです。
美濃:あのオケからあの歌メロになるのはすごいね。
—個人的には4曲目“you -pillar of light-”も非常に印象的でした。
干川:あれもベースの大本がネタを作ってて、もともと僕がギターで弾いてたフレーズをベースに直したらしいんですけど、僕それ全然知らなかったんです(笑)。で、この曲だけ「こんな想いで曲作ったからこういう歌詞の内容にしてほしい」みたいなことを頼まれて。それを自分なりに解釈して書きました。メロディーは僕もこの曲が一番気に入ってて、オケを聴いて、最初から最後まで一番サッと出たのがこの曲ですね。
—普段歌詞を書くときは意味や想いはあまり重視していない?
干川:そうなんですよね。昔の曲とか、「詩的ですね」と言ってくれる人もいるけど、基本的に宇宙語から作ってるから、自分でも何を歌ってるかわからなかったりして(笑)。ただ再結成してからは先にオケがあって、後から歌詞もつけてるので、前より文章で作りやすくなってはいて。
先に宇宙語で歌って、そのメロディーを生かしたいってなると、意味はつけにくいんですけど、今はもともと何もない白紙な状態から作るので、今の方が意味的にも書きたいことを書けているような気はしますね。

—『NOTHING IS BUT WHAT IS NOT』というタイトルにはどんな意味がありますか?
干川:逆説的なんですけど、「今あるものが全部それ」みたいな、「みんながフィクションだと思ってるものが実は現実や」みたいな意味があって。ほんと今の世の中そんな感じで、何が嘘で何がリアルなのか、SNSを見ててもそうやし、どこがほんまの現状なのかよくわからない、みたいな意味があります。
—toeの“ここには何もかもがあるし、何もかもがない”を連想したりもしました。
干川:ああ、そうですよね。今はとにかくフワフワしてるというか、音楽にしてもそうなんですけど、昔の方がいろんなことがはっきりしてたと思うんですよ。でも時代は進んでいってるので、それに抗うのも違うのかなとか、そんなことを思いながらつけたタイトルなんです。