映画『ロストケア』(前田哲監督 / 2023年3月)の主演に続き、同監督の時代劇エンターテイメント映画『大名倒産』にも出演するなど、近年役者としての振り幅はもちろん、さらに軽やかさを増しているように思える俳優・松山ケンイチ。
その背景には、数年前からスタートさせた、東京と田舎を行き来する二拠点生活をはじめ、自らの「時間の使い方」を意識的に変化させたことがあると本人は言う。
念願だったという農作業はもちろん、昨年の初めに妻・小雪と立ち上げたアップサイクルプロジェクト「momiji」での活動など、俳優業以外の活動を通じて、さまざまなことに向き合ってきた松山ケンイチのオルタナティブな俳優道、さらにはその人生観について尋ねた。
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『大名倒産』と『ロストケア』、全く異なる2作に通底する「人を活かすこと」、人々の救い方
―社会派サスペンス映画『ロストケア』の介護士役の記憶も新しいなか、同じ前田哲監督による時代劇エンターテイメント映画『大名倒産』が公開されますが、そのなかでも松山さん演じる新次郎のはっちゃけぶりには、驚かされました。
松山:そうですよね。今回の作品は、前田監督が「(2022年の)9月に撮影があるんだけど、出てくれないかな?」と言ってくださって。そのとき「こういう映画なんだけど」って説明してくださったんですけど、「『ロストケア』とはまた全然違うなあ……」と思いましたね。
―真逆と言っていいぐらい違うと思います。
松山:ただ、それはそれでいいと思ったんです。『ロストケア』って、ある意味すごく重い映画じゃないですか。その感じを洗い流したかったというか。あの役とか題材を、ぼくたちのなかで重いままにさせたくない気持ちがあったんです。
―神木隆之介さん演じる主人公・小四郎の兄である新次郎は、登場するたびに強いインパクトを残す役で……だいぶ振り切ったお芝居をされていますよね。
松山:そうですね。新次郎は、作品のなかでは「うつけ者」と言われていますけど、まわりの人たちが気づいてないだけで、じつは他の人にはない特性のあるキャラクターだと思うんです。
ただ、それを知るためにはそれなりの時間や会話が必要で。まわりの人たちから「うつけ者」と言われているからといって、そこで考えることをやめてしまったら、その人のことは何もわからないですからね。
松山:今回の作品のなかで新次郎は、そうやってみんなから「うつけ者」と言われて、ある程度ほったらかしにされているような状態だったと思うんですけど、そこに小四郎が現れる。彼が、新次郎とコミュニケーションをとっていくうちに、この人はこういうものが好きで、こういうことができるんだ、こういう優しさをもっているんだ、と気づいていく。
ちゃんと向き合って、彼のよさを発見していって、それが結果的に新次郎を活かす道にもつながっていきます。そうやって、いろんな人の力をうまく活かすことで藩の倒産を防ぐことができた話だと思うんですけど、ぼくのなかでは、その「人を活かす」ということが、もしかしたら『ロストケア』とはまた違う、人々の「救い方」なんじゃないかなって思っていて。
―なるほど。真逆なテイストの2作ですが、通底しているテーマがあるのではないかと。
松山:それが、前田監督のテーマなのだと思います。
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「全身全霊150%で臨んできた」これまでとは異なる、軽やかさ。変化した俳優業への向き合い方と、時間の使い方
―松山さんはこれまで、じつに幅広い役柄を演じられてきましたが、ここ最近はとくに軽やかさが増しているような気がしていて。ここ数年で、仕事に対する向き合い方が変わったところもありますか?
松山:そこまで意識しているわけではないですけど、時間の使い方はここ数年でだいぶ変わりました。変な話、俳優活動にかける時間を少なくすることが、いい結果につながっているような気がしていて……これ、不思議なんですけどね。100%全身全霊でやったら、100%のパフォーマンスが出るかと言ったらそうとも限らない。
俳優以外のいろんな活動をするようになって、時間配分が変わってきたと思います。そうするなかで、俳優の仕事もすごく楽しめるようになりました。俳優業だけをずっとやっていると、結構悩んじゃうんですよね。いまでも役作りには悩みますけど、より現場で楽しみながら悩むようになったと思います。
―松山さんは、役作りに関してストイックな俳優という印象がありましたが、最近はそういう感じでもなくなってきた?
松山:昔はもう、全身全霊で臨んで150%の力を出して、そのあとボロボロになる、みたいな感じでしたね。いまは心身ともに、150%でやり続けることはできないなっていうのは、年齢を重ねていくなかで感じたことではあります。
なので、いまは、家に帰ったら気持ちを完全に切り替えるようにしています。家でも役のことを考えていると、目の前のことに向き合えなくなりますから。子どもや妻に対しても、趣味に対しても、あまり考えられなくなってしまうんですよね。それって、すごくもったいないと思って。
―時間の使い方が切り替わっていったのは、いつ頃なんですか?
松山:30歳ぐらいですかね。その頃、子どもが3〜4歳になって、自分の意見を言うようになったんですけど、それを聞くこともできない、余裕のないお父さんになっていると思ったんです。
子どもが4歳ってことは、ぼくもお父さんとして4歳なわけです。だから、そこで子どもと一緒に成長したり学んだり共感し合ったりしていかなきゃ全然足りない。それが仕事のせいでできないのは、すごくもったいないじゃないですか。
それで、時間配分を変えていったらどんどん力が抜けていって、ぼく自身も楽になったし、人や物事の違う部分も見えるようになってきた。それまでは視野が狭すぎて、目の前の面白い世界に気付けなかったり、何かを教えてくれる存在があったのに、それをキャッチできていなかったんです。
―その変化の最たるものが二拠点生活だと思うのですが、その生活スタイルを始めてから、どれぐらいになるのでしょう?
松山:4年ぐらいですかね。
―二拠点生活を選ぶことは、俳優としても大きな決断だったと思いますが、当時の心境はどういうものだったんですか?
松山:やっぱり、仕事よりも自分の人生のほうが大切なんです。そこをはき違えたくないとは思っていて。仕事は自分の人生の一部でしかないですよね。それはどんな仕事でも同じだと思うんですけど。
さっき言ったみたいに、いろんな人と向き合う時間をつくるためには、東京を離れなきゃいけないと思ったんです。自分の場合、東京ではオンオフの切り替えがうまくできなかったので。畑仕事や、自分がやりたいことは田舎のほうがやりやすいというのもあって。
―二拠点生活を始めていかがですか?
松山:基本的にはすごく楽しいです。その土地土地で地形も気温も違うし、文化も違う。だから、その人のものの考え方も、生まれ育ったそれぞれの地域で違っていて。最近はそれを実感するのがすごく面白いです。
―田舎暮らしと言っても、隠居生活みたいなものではなく、現地でいろいろな人たちとコミュニケーションをとられているようですね。
松山:そうですね。田舎にいるほうが全然忙しいですよ。東京にひとりできたら、休みみたいなもの(笑)。畑仕事含め、あっちにいるときはやらなくちゃいけないことが多いので。
ぼくの住んでいる場所のまわりは農家さんだらけなので、その人たちにいろいろな話を聞きながら畑をやっているんですけど、楽しいですよ。自分で育てた作物や、自分で釣った魚はすごく美味しい。単純に喜んで食べます。お金を払って食べると不満が出ることもあるけど、自分でつくったら、虫食いだろうが何だろうが喜んで食べます。
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自身の畑仕事の課題から生まれた、アップサイクルブランド「momiji」
―畑仕事をやるなかで生まれた課題が、アップサイクルプロジェクトの「momiji」につながっていったそうですが、これはどんな経緯で始めたのでしょうか?
松山:畑で作業をしていると、ときどきシカとかイノシシが出るので、地元の人たちは、その肉をみんなで食べたりとか、レストランに卸したりもしているんですけど、皮は活用できていないんです。それはもったいないと思って、詳しい人たちに話を聞いたり調べていくなかで、いろいろつくりはじめたのがきっかけです。
松山:調べれば調べるほど、知らなかったことがいっぱいあって。シカとかイノシシって、年間60万トンぐらい獲られているんですけど、そういうこともこれまで全然知らなかった。ちゃんと向き合わないと、見えてこないことだと思うんです。それで、そういうことを含め表現していきたいと思ってmomijiを立ち上げて、最初は獣皮でジャケットをつくったり、小物をつくったりしました。
―今日着ているTシャツもmomijiなんですよね?
松山:そうなんです。最初は、革製品をつくっていったんですけど、いまゴミとして捨てられているものって、皮だけじゃないんですよね。だから今回のTシャツは、リサイクル素材でつくっています。今回は、リサイクルの素材を使いながら、全国のアーティストの方々と一緒にものづくりをやっています。
―松山さんにとってmomijiは副業というわけではなく、関心や興味をさまざまな人々と一緒に実践、体験するための「場所」のようですね。今後も二拠点生活は続ける予定ですか?
松山:そこは、子どもの成長に合わせて考えたいと思っています。基本的には、どこにいても仕事ができるっていうのは、この数年間でわかったので。あとは家族で話し合って、そのタイミングごとに決めればいいのかなと思っています。
―役者としての今後は、どうなっていきそうですか?
松山:柄本明さんみたいに、その人がいれば成立する俳優になれたらいいなと思っています。だからこそ、そこで得たものをうまく俳優活動のほうに還元できるような生き方をしたいなと思っています。
『大名倒産』
2023年6月23日(金)全国公開
原作 :浅田次郎「大名倒産」(文春文庫刊)
主演 :神木隆之介
出演 :杉咲花 松山ケンイチ
小日向文世 / 小手伸也 桜田通 / 宮﨑あおい
キムラ緑子 梶原善 / 勝村政信 石橋蓮司
髙田延彦 藤間爽子 カトウシンスケ 秋谷郁甫 ヒコロヒー
浅野忠信 / 佐藤浩市
監督 :前田哲
脚本 :丑尾健太郎、稲葉一広
音楽 :大友良英
主題歌 :GReeeeN「WONDERFUL」(ユニバーサル ミュージック)
プロデューサー:石塚慶生、西麻美
製作 :『大名倒産』製作委員会
配給 :松竹