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その選曲が、映画をつくる

『カラーパープル』労働歌、ブルース、ゴスペル…時代を映す音楽とその効果的な「齟齬」

2024.2.1

#MOVIE

© 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
© 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

20世紀前半のアメリカ南部を舞台に、過酷な状況に置かれたアフリカンアメリカン女性の半生を描いたミュージカル映画『カラーパープル』。

本作の音楽について、音楽ディレクター / 評論家の柴崎祐二は、「時代とその変遷を表すものになっている一方、時代考証にこだわりすぎていないことが豊かな魅力を作り出している」と指摘する。

アフリカンアメリカン版『レ・ミゼラブル』ともいうべきこの大作の魅力に、音楽の面から迫る。連載「その選曲が、映画をつくる」、第11回。

※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

スピルバーグも映画化した名作小説が、ミュージカル映画に

『ピューリッツァー賞』を受賞したアリス・ウォーカーの小説『カラーパープル』。同作は1985年にスティーヴン・スピルバーグ監督によって映画化されると、賞レースでは無冠に終わりながらも、多くの観客からの支持を得てヒットを記録した。また、2005年にはブロードウェイでミュージカル版が上演され成功を収め、その後全米ツアーやリバイバル公演、海外公演を重ねる人気演目となった。

そして2023年、新たにミュージカル映画版の『カラーパープル』が完成した。米本国をはじめすでに各所で話題となっている中、来る2月9日(金)、ここ日本でも全国公開されることとなった。

監督は、ビヨンセと組んだビジュアルアルバム『ブラック・イズ・キング』が第63回『グラミー賞』にノミネートされるなど、多方面で活躍するガーナ生まれのヴィジュアルアーティスト / 作家 / ミュージシャンのブリッツ・バザウーレが務めた。制作には、上述の1985年版の監督スティーヴン・スピルバーグをはじめ、同年版で重要な役であるソフィアを演じた俳優のオプラ・ウィンフリー、同じく同年版の音楽を担当したクインシー・ジョーンズらの大御所が名を連ねている。

キャストも豪華だ。舞台版でも主演を務めた俳優 / アーティストのファンテイジア・バリーノが、主人公のセリーを演じる他、同舞台のリバイバル公演で『トニー賞』にノミネートされたダニエル・ブルックスも同じくソフィア役として登場している。他にも、ブルースシンガーのシュグ・エイブリー役にタラジ・P・ヘンソンが抜擢されたのに加え、実写版『リトル・マーメイド』でアリエルを演じたハリー・ベイリー(ネティ役)、H.E.R.ことガブリエラ・ウィルソン(スクイークことメアリー・アグネス役)やコーリー・ホーキンズ(ハーポ役)など、個性派俳優・ミュージシャンたちが顔を揃えている(*)。

*シュグのパートナー兼ピアニストの役で、ジョン・バティステも俳優デビューを果たしている。

ファンテイジア・バリーノが演じるセリー(左)と、タラジ・P・ヘンソンが演じるシュグ(右)。

アフリカンアメリカン女性の悲劇とエンパワーメントの物語

映画のあらすじを簡単に紹介しよう。

前半の舞台となるのは、20世紀初頭の米ジョージア州沿岸。ある黒人の姉妹が、父からの暴力に怯えながらも、二人で手を取り合いながら暮らしている。姉のセリーが虐待の末に妊娠し身ごもり、二人の子供を出産する。しかし、父は生まれてすぐにその子たちをセリーの手から奪い、離れ離れにしてしまう。

ある日、セリーの妹ネティに目をつけていた一人の男が彼女を娶ろうと家を訪ねてくるが、父は厄介払をするようにその男へセリーを押し付ける。幼い子供が駆け回り、荒れ放題の家にやってきたセリーは、「ミスター」を名乗るその男の暴虐に晒される。そこへ、好色な父の魔手を逃れたネティがやってくるが、彼女がミスターの凌辱を拒絶したことをきっかけに、姉妹は無理やり引き離されてしまう。何度でも手紙を出し続けることを誓うネティ。セリーは打ちひしがれ、絶望とともに涙する。

しかし、ネティからの手紙はセリーの手に届けられることなく時は過ぎていく。夫の暴力に怯え、いいようのない苦難の日々を過ごすセリーだったが、そこへ、ある女性たちがやってくる。一人は、義子ハーポの恋人で、独立心の強いタフな女性ソフィア。それからしばらくしてもう一人、ミスターがかねてより恋い焦がれていたブルースシンガーのシュグも姿を見せる。

絶望の淵で暮らしていたセリーは、誇り高き彼女たちの言動に接し、心を通わせていく中で、少しずつ自らのうちに希望の光りと抵抗のパワーを宿し始める……そして、ついにセリーは、自身を虐げつづけてきた世界と勇気を持って対峙しようと立ち上がる。

ストーリー面では概ね1985年版の映画から大きな改変をされているわけではなく、かなり実直なリメイクになっている。これはおそらく、公開当時には毀誉褒貶相半ばする結果となったスピルバーグ版が、現在の視点からみてもかなりの水準で巧みに映画化されたものだったことを告げてもいる。むしろ、今見返してみると、スピルバーグ版の方が、セリーたち女性が負うトラウマの苛烈さ、その描写のジリジリするような入念ぶりという意味において、センセーショナルであるとすらいえそうだ。

他方、この最新版で新たに追加された(あるいは改変、削除された)プロットも少なくなく、全体に、悲劇性への過度のフォーカスよりも、そのトラウマの克服やエンパワーメントの方向性により強い力が注がれている印象だ。このことによって結果的に、長くアフリカンアメリカンの女性たちを苦しめてきた家父長制や黒人差別等の複合的な問題=歴史的に蓄積されたインターセクショナリティをいかにして乗り越えていくのかという思考を、観る者の中にポジティブな形で駆動させていくことに成功しているように感じる(一方では、その苦難の描き方が手緩いという批判ももちろんありうるだろうが)。

舞台の時代・地域「らしさ」を巧みに取り入れた音楽

巧みなドラマ運びと各出演者のエモーショナルな演技によってそうしたポジティヴィティが前面化される一方で、当然ながら、その音楽も非常に大きな効果を上げている。

今作でキャストたちが歌う楽曲の多くは、ブレンダ・ラッセル、アリー・ウィリス、スティーヴン・ブレイらによって舞台版上演に際して作曲されたものを、新たに映画向けにアレンジしたものだ。その一方で、1985年版映画でクインシー・ジョーンズが作曲した“Miss Celie’s Blues”も再演されており、オリジナル版のファンにとっては嬉しいところだろう。また、新たに書き下ろされた楽曲もいくつか含まれており、それらも音楽的にみて重要な役割を果たしている。なお、監督たっての希望で、本作劇中に流れる楽曲のうちジャズ系のものはクリスチャン・マクブライドが、ブルース系のものはケブ・モが、ゴスペル系のものはリッキー・ディラードがアレンジを手掛けているという。

https://open.spotify.com/intl-ja/album/1xNZukdxq31iVZpXCJOvDw

これらの楽曲の特徴としてまず興味を引くのが、舞台となった年代、地域でその当時の人々に聴かれていたであろう実在の音楽の要素が巧みに取り入れられている(ように聴こえる)という点だ。1909年が舞台となる映画の序盤では、ミスターのつま弾くバンジョーのサウンドや、囚人たちが掛け声を上げながら歌うワークソングなどが取り入れられており(セリーが街で我が子に遭遇するシーン後に歌われる“She Be Mine”など)、ブルース等のルーツ音楽が録音物として大々的に商品化される以前のヴァナキュラーな民衆文化の姿がほのめかされている。

その上で、およそ40年間の長い年月を巡る本作では、こうした音楽の構成方法とその変遷ぶりが、各時代の時間的変遷や流行、風俗を描くにあたってうまく用いられている。

禁酒法施行以降、いわゆる「ジャズエイジ」たる1920年へと舞台が移ると、ガラッとサウンドの傾向が変わる。特に、シュグが街にやってくるシーンで歌われる豪奢な“Shug Avery”等に、スウィングジャズ流行の足音を聴き取るのは容易い。また、この時代に隆盛するジャズ寄りのブルース=クラシックブルースの影もそこここから感じられるし(実際に、クラシックブルースの祖であるマミー・スミスのSPレコードが劇中でBGMとして使用されている場面もある)、シュグのキャラクター自体が往年のクラシックブルースの歌手を模しているのは一目瞭然だ。彼女は、マミー・スミスやベッシー・スミス、マ・レイニー、アイダ・コックスなどの同時代の歌手を思わせるきらびやかな衣装を身にまとい、ジャズ風のブルースを歌う(“Push Da Button”)。

シュグは、隣州テネシーの大都会メンフィスで人気を博す歌手でもあり、映画の中では、田舎に住むセリーたちと対比するように都会的なセンスをもった人物として描かれている。そのため、彼女が登場する場面では、ときにかなり洗練味を帯びた音楽が流される。セリーとシュグが映画館へ出かけるシーンでは、1930年代のハリウッドミュージカル作品を思わせる流麗な“What About Love?”が聴ける。更に、もっと時代を下り1945年へと舞台が移ると、今度は当時一斉を風靡していたジャンプブルース風のサウンド(“Miss Celie’s Pants”)が聴こえてくるという仕掛けだ。

加えて、世俗音楽たるブルースと神に捧げる音楽ゴスペルがほぼ全編を通じて明確に対立的な関係のもとに描写されているという点も、非常に印象的で、かつリアリスティックだ。ジュークジョイントで歌われるブルースは、色恋や酒、放蕩など俗世の惑いとともにありそれを表象する一方で、教会で歌われるゴスペルは、その惑いを振りほどく神への愛の象徴として描かれる。この対立構造は、牧師の父を持ちながらもブルースに「身をやつしている」シュグと、聖職者であるその父との断絶(と、きたるべき和解)の物語を加速させるとともに、現在の日本の観客にはややわかりにくい部分であろう当時のアメリカ南部社会に厳然と存在していた俗と聖の隔たりを、ドラマティックに伝えている。と同時に、単純にどちらが優れていると即断しないのも、本作の物語的な奥行きを形作っている。

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