ストップモーションと実写を組み合わせたユニークなモキュメンタリー映画『マルセル 靴をはいた小さな貝』が、2023年6月30日に公開となる。本作には実は、日本のアンビエントの草分け的存在である作曲家、故・吉村弘の音楽が使用されている。
この一風変わった作品に、アンビエントがどう「響いて」いるのか。音楽ディレクター / 評論家の柴崎祐二が読み解く。連載「その選曲が、映画をつくる」、第3回。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
「おしゃべりな、靴をはいた小さな貝」の物語
映像、物語、音楽。それら全てをまるごと抱きしめたくなってしまうような、愛らしい映画だ。
マルセルは、おしゃべりで好奇心旺盛な貝の子供。ある日、祖母とふたりで暮らす一軒家に映像作家のディーンが引っ越してくると、彼は、マルセルの日常を撮影してドキュメンタリー映画を作り始める。ある日、ディーンが動画の一部をYouTubeにアップしたところ、大きな話題となり、マルセルは一躍全米の人気者になる。マルセルは、離れ離れになってしまった家族を探すためYouTubeを通じて捜索を呼びかけるが、同時に、平穏だったそれまでの生活にも急激な変化が訪れる……。
ディーン役を務めるのは、監督のディーン・フライシャー・キャンプ自身である。彼が注目を集めるきっかけになったのは、2010年から2014年にかけてYouTube上で順次公開した本作の元となる短編作品だった。以来Filmmaker誌の「インディペンデント映画の新しい顔 25 人」にも登場するなど、大きな活躍が期待される気鋭の映像作家だ。
本作『マルセル 靴をはいた小さな貝』は、実写とストップモーションアニメーションの融合の巧みさと現代社会をさりげなく風刺するストーリーで、『第95回アカデミー賞長編アニメ映画賞』ノミネート、『第80回ゴールデングローブ賞アニメ映画賞』ノミネート、『第 50回アニー賞』3部門受賞等、輝かしい評価を獲得している。
映画を観てまず惹き込まれるのが、マルセルの可愛らしい造形と仕草、そして、そのおしゃべりのおしゃまっぷりだ。祖母をいたわり平穏な生活を好むマルセルは、決して外交的で快活なタイプではなかったが、ディーンを始めとする人間との出会いや外の世界の見聞を通じて、大きな「一歩」を踏み出す勇気を身に付けていく。そういう意味でこの作品は、正統的なビルドゥングスロマンでもあり、私達一人ひとりの歩みに重ね合わすことのできる普遍的なテーマをもった映画だともいえる。