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グッド・ミュージックに出会う場所

江東区森下「parade」 ジャズ喫茶よりも軽やかで、芯が通った選曲の魅力

2025.1.8

#MUSIC

江東区森下の渋い商店街の一筋脇に建つ、かわいらしい外装のカフェ。往年のジャズを中心としたレコードが流れているが、ジャズ喫茶のものものしさは無い。

2024年にオープンした「parade」、その「新しいセンス」を音楽評論家・柳樂光隆が紐解く。連載「グッド・ミュージックに出会う場所」第11回。

通訳さんから教わった、東東京の新店

主にアメリカやイギリスのアーティストについて文章を書く音楽ライターをやっている僕の最も身近な仕事相手に、通訳さんがいる。ひとくちに通訳と言っても、いろいろな通訳がいて、僕らがお願いするのは音楽専門の通訳さん。音楽の知識が豊富で様々な文脈を把握しているので、時に僕らライターを助けてくれることもある。僕らが最も信頼する仕事相手でもある。なぜ、そんな書き出しかというと、paradeというカフェを勧めてくれたのはある通訳さんだったからだ。

取材後、彼女が「柳樂さんが好きそうな店ができたから行ってみて」と僕に言った。そう言われたものの、東京の西側の多摩に住む自分としては、東側の清澄白河と両国の間、森下という駅の近くにある喫茶店に行くのは正直面倒だ。それでもすでに何度か足を運んでいる。わざわざ電車を乗り継ぐだけの魅力がここにはあったからだ。

paradeは2024年の1月にオープンしたばかりで、シンプルな店内の内装はどれも真新しい。全体的にやわらかい雰囲気で、こだわりの〜というよりは誰にでも入りやすそうな親しみやすい店といった印象だ。そんなparadeに僕が惹かれたのは、何よりも選曲の素晴らしさだった。

古いジャズや名盤を、肩の力を抜いて楽しめる

僕が初めて行ったときにかかっていたのはレスター・ヤングとハリー・エディソンの『Pres & Sweets』。レスター・ヤングはビリー・ホリデイとの共演でも知られるテナーサックス奏者で、ハリー・エディソンはカウント・ベイシーのビッグバンドのメンバーとして知られるトランペット奏者。どちらも戦前から活動していた「ビバップ以前」の名プレイヤーだ。その二人が1956年にリリースしたこのアルバムは、内容は抜群だが、どちらかという渋い作品だ。ジャズ史に残る名作でもなければ、何かしらのトレンドで再評価されるようなものでもない。中古レコードが高騰するようなものでもないだろう。僕にとっては「ジャズ好きのおじいちゃんが聴いてそうなアルバム」みたいな印象なのだが、それがものすごく素敵に響いていた。渋いアルバムやマニアックなアルバムとしてではなく、とても素敵な音楽として鳴っていたことに驚いた。

左の絵画は、ジャズクラリネット奏者バディ・デフランコの肖像。

その日、カーメン・マクレエの『The Great American Songbook』もかかっていた。僕も大昔にジャズのお勉強的に買ったことがあり、熱心に聴いた覚えはない。でも、ここで流れていると名盤としての重みから解放されたかのようにすごくフレンドリーに感じられ、ゆったりと浸ることができた。

他にはレッド・ガーランドやケニー・バレルなどが流れていたのだが、なぜだかどれも新鮮に感じられた。ジャズのガイドブックに載っているような名盤が、ジャズ喫茶で聴くよりも軽やかに感じられて、不思議と肩の力を抜いて楽しめるような気がした。初めて聴くレコードがかかることもあったが、そこにDJもしくはディガー的なマニアっぽさが感じられないのも面白かった。

「有名アーティストがメジャーレーベルからリリースしていた代表作ではないアルバム」みたいなレコードをすごく魅力的に聴かせてくれたことが何度もあったのが特に印象的に残っている。たとえば、山のようにピアノトリオをリリースしているオスカー・ピーターソンの、代表作ではないけど良質な作品にグッときたりもしたし、スヌーピーのクリスマスアルバムが有名なピアニストのヴィンス・ガラルディがブラジル人ギタリストのボラ・セチと組んでいた頃の粋な作品を教えてくれたのもこの店だった。

スコットランドのジャズシンガー、キャロル・キッドのアルバムが見える。ボーカルジャズが多くかかるのも、paradeの個性のひとつかもしれない。

店主の「自分に正直な選曲」、その特別な感性

そんなparadeのセレクションの特徴は、とにかく店主の赤尾舞さんの「自分に正直な選曲」にあると僕は思っている。そして、同時に自分の好み、もしくは自分が心地いいと思えるものがはっきり定まっていて、店の世界観が出来上がっているところもここの個性になっている。どのアーティストのどの作品がこの店にしっくりくるのか、赤尾さんははっきりわかっていると思う。

店主の赤尾舞さん。

かかるのは1970年代以前のレコードが多いのだが、時々新しいレコードがかかっても店のムードは全く変わらない。ハイチにルーツを持ち、チェロを奏でる現代のシンガーソングライターのレイラ・マッカラの作品にはここで流れている古いレコードと同じ質感があるし、若手ジャズボーカリストのサマラ・ジョイは3作目の『Portrait』ならparadeにハマってくれる。無理にトレンドを押さえたりもしないけど、ピンポイントで新しい作品だってストックされているのだ。

ジャズ史的な名盤も、1990年代に評価が上がったマイナー盤も、カフェミュージック的に愛された人気盤もすべてがフラットに選ばれている。ボサノヴァやシンガーソングライターやソフトロックだってかかる。それらがレスター・ヤングやカーメン・マクレエといったジャズの「古典」と地続きで流れている。ジャンルレスだが、その幅は広すぎない。だからこそ、同じフィーリングや同じ質感みたいなもので貫かれていて、選曲には常に一貫性が感じられる。その上で、様々な文脈や時代を横断していて、風通しもいい。

僕がわざわざ通うのはこのセンスを新しいと感じるからだ。『Free Soul』とも『Quiet Corner』ともどこか異なる新しいセンスがある。闇雲に広くはないけど、頑ななほど狭くもなく、芯のある選曲をしている赤尾さんになら、もし自分がレコード会社のA&Rだったらコンピレーションアルバムの選曲をさせてみたいなと想像してしまうくらいには、paradeは特別な感性を持った店じゃないかと思っている。

様々なトレンドが出てきてはどんどん移り変わる時代だからこそ、こんな泰然自若とした選曲をする店が輝いて見えるのかもしれないとも思う。とりあえず、ここを教えてくれた通訳さんに感謝しなきゃいけないのは間違いない。

《paradeが選ぶ5枚》

ある週末にかかっていたレコードを挙げていただいた。

(左から)

・Vince Guaraldi & Bola Sete 『Live at El Matador』
・Coleman Hawkins 『Soul』
・Alice Babs & Duke Ellington 『Serenade of Sweden』
・Major Lance 『Um, Um, Um, Um, Um, Um: The Best of Major Lance』
・Jimmy Raney 『The Influence』

https://open.spotify.com/playlist/0SO0TagkPZ2GKYPo6EiM1r
*Alice Babs & Duke Ellington 『Serenade of Sweden』、Jimmy Raney 『The Influence』はサブスクリプションサービスにありません

parade

住所:東京都江東区高橋14-2
営業時間:13:00〜21:00
定休日:月+不定休
※営業時間、休業日はInstagram、Xにて要確認
https://www.instagram.com/parade_cafe/
https://x.com/parade1289166

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