江東区森下の渋い商店街の一筋脇に建つ、かわいらしい外装のカフェ。往年のジャズを中心としたレコードが流れているが、ジャズ喫茶のものものしさは無い。
2024年にオープンした「parade」、その「新しいセンス」を音楽評論家・柳樂光隆が紐解く。連載「グッド・ミュージックに出会う場所」第11回。
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通訳さんから教わった、東東京の新店
主にアメリカやイギリスのアーティストについて文章を書く音楽ライターをやっている僕の最も身近な仕事相手に、通訳さんがいる。ひとくちに通訳と言っても、いろいろな通訳がいて、僕らがお願いするのは音楽専門の通訳さん。音楽の知識が豊富で様々な文脈を把握しているので、時に僕らライターを助けてくれることもある。僕らが最も信頼する仕事相手でもある。なぜ、そんな書き出しかというと、paradeというカフェを勧めてくれたのはある通訳さんだったからだ。
取材後、彼女が「柳樂さんが好きそうな店ができたから行ってみて」と僕に言った。そう言われたものの、東京の西側の多摩に住む自分としては、東側の清澄白河と両国の間、森下という駅の近くにある喫茶店に行くのは正直面倒だ。それでもすでに何度か足を運んでいる。わざわざ電車を乗り継ぐだけの魅力がここにはあったからだ。

paradeは2024年の1月にオープンしたばかりで、シンプルな店内の内装はどれも真新しい。全体的にやわらかい雰囲気で、こだわりの〜というよりは誰にでも入りやすそうな親しみやすい店といった印象だ。そんなparadeに僕が惹かれたのは、何よりも選曲の素晴らしさだった。

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古いジャズや名盤を、肩の力を抜いて楽しめる
僕が初めて行ったときにかかっていたのはレスター・ヤングとハリー・エディソンの『Pres & Sweets』。レスター・ヤングはビリー・ホリデイとの共演でも知られるテナーサックス奏者で、ハリー・エディソンはカウント・ベイシーのビッグバンドのメンバーとして知られるトランペット奏者。どちらも戦前から活動していた「ビバップ以前」の名プレイヤーだ。その二人が1956年にリリースしたこのアルバムは、内容は抜群だが、どちらかという渋い作品だ。ジャズ史に残る名作でもなければ、何かしらのトレンドで再評価されるようなものでもない。中古レコードが高騰するようなものでもないだろう。僕にとっては「ジャズ好きのおじいちゃんが聴いてそうなアルバム」みたいな印象なのだが、それがものすごく素敵に響いていた。渋いアルバムやマニアックなアルバムとしてではなく、とても素敵な音楽として鳴っていたことに驚いた。

その日、カーメン・マクレエの『The Great American Songbook』もかかっていた。僕も大昔にジャズのお勉強的に買ったことがあり、熱心に聴いた覚えはない。でも、ここで流れていると名盤としての重みから解放されたかのようにすごくフレンドリーに感じられ、ゆったりと浸ることができた。
他にはレッド・ガーランドやケニー・バレルなどが流れていたのだが、なぜだかどれも新鮮に感じられた。ジャズのガイドブックに載っているような名盤が、ジャズ喫茶で聴くよりも軽やかに感じられて、不思議と肩の力を抜いて楽しめるような気がした。初めて聴くレコードがかかることもあったが、そこにDJもしくはディガー的なマニアっぽさが感じられないのも面白かった。

「有名アーティストがメジャーレーベルからリリースしていた代表作ではないアルバム」みたいなレコードをすごく魅力的に聴かせてくれたことが何度もあったのが特に印象的に残っている。たとえば、山のようにピアノトリオをリリースしているオスカー・ピーターソンの、代表作ではないけど良質な作品にグッときたりもしたし、スヌーピーのクリスマスアルバムが有名なピアニストのヴィンス・ガラルディがブラジル人ギタリストのボラ・セチと組んでいた頃の粋な作品を教えてくれたのもこの店だった。
