映画『オッペンハイマー』(原題:Oppenheimer)のトークイベントが、広島・中区の八丁座で8月4日(日)に開催された。
第二次世界大戦下、原子爆弾を開発したアメリカの物理学者ロバート・オッペンハイマーの栄光と没落の生涯を実話にもとづき描いた同作。クリストファー・ノーランが監督を務め、『第96回アカデミー賞』では最多7部門を受賞しており、日本では8月3日(土)時点で興行収入約18億4,500万円を記録するなど大きな反響を呼んだ。8月2日(金)からは全国の映画館でアンコール上映が行われている。
イベントには、2016年に公開され、第二次世界大戦中の広島を舞台としたこうの史代の同名漫画を原作とするアニメーション映画『この世界の片隅に』を手がけた映画監督・片渕須直と、広島フィルム・コミッションで活動する西﨑智子が登壇。満席となった上映後の劇場内で、同作の最終イベントとして2人によるトークが繰り広げられた。
片渕は「広島と呉の戦時中の生活を描いた作品を作ったことで、何年か前に平和記念式典に呼ばれて8時15分の投下時の時間が迫ってきて『今何を考えているか』と問われて、『原爆投下の前と直後で全く変わってしまった広島の空にどの方向からB29が来たのか空を眺めていたい』と答えた。『オッペンハイマー』を観て思ったのは、原子爆弾はずっと遠いアメリカの砂漠からきたことは知識としては知っていたが、映画で具体的な姿となって自分たちの前に迫ってきた。トラックで出荷され太平洋を渡る描写によって、自分の中で繋がった」と、自身の体験を踏まえて映画へコメントした。
続いて西﨑が「オッペンハイマーの濃密な人生、脳内までも追体験できる凄い映画体験をさせていただいた。ただ単純に楽しめないのは爆発シーンで、あの実験場で白衣を着た友人の母が立っていたことを思ったり、辛い体験を語っていただいた数多くの被爆者の方の顔が浮かび胸が詰まった。最初に観たときは劇場のあちこちですすり泣きの声が聞こえて広島での映画体験を感じた。脳内描写は凄い体験、片渕監督が『この世界の片隅に』で晴美さんが亡くなるシーンや、すずさんがなくなった右手を見つめる姿をこれまでの作品とは違ったトーンで描かれていて、全く違う形であの時も特別な映画体験をさせていただき、不思議と両監督の作品をシンクロさせながら観ていた」と、広島ならではの上映体験や、片渕の作品を踏まえた上での『オッペンハイマー』の感想を述懐した。
そのコメントを受けた片渕は「広島の八丁座では原爆にまつわる何本かの映画が特集上映されているが、何よりもその中にアメリカ発の『オッペンハイマー』がこんな形で入ったことが画期的なこと。色んな映画は別々の視点で同じ世界を描いていて、それぞれの片隅から描いて切り取っている。1本の映画の中で完結して描くことは出来ない。だけどこの片隅ではこんな人たちがいて、こんな風に思ったり、沢山の断片が我々の前に現れて、どう組み合わせるかは映画を見た私たち次第なんだと改めて思い知らされた。この中にアメリカの映画が入っていることの意義が本当に大きいと思う」と応じた。
西﨑は「『オッペンハイマー』公開前には色んな意見があり、原爆投下の惨状を描いていないという指摘もあった。片渕監督のご指摘通り、1本の映画にすべては入れ込めない。逆に、オッペンハイマーが現状報告に目を逸らしてしまうところがとても映画的で好きだ。この映画は原爆のことをオープンに話せる土壌となる意味で大きな役割を果たしていると思う」と、作品の影響を語った。片渕もアメリカの視点で「反対側から描く」ことに意義があるとコメント。続いて西﨑が「片渕監督が『この世界の片隅に』を作られたとき徹底的にリサーチされたのと同様、ノーラン監督も真剣に取り組んでいる。オッペンハイマーの演説シーンに自分の娘を起用したり、核兵器が使用されたら家族がどうなるかを自分ごととして描いている。映画には描かれていない何十倍ものリサーチをして、学んだ上で自分ごととして向き合われたのだと思う。『オッペンハイマー』に触発されて、ヒロシマを描く映画製作の発表が続いており、今後も映画の力を信じたい。そして、今度こそ広島で何が起こったかを考えていただける機会になる」と、今後への期待を述べた。
片渕は「世界の中に色んな事があるが、こうの史代さんが作られた『この世界の片隅に』の題名の通り、1つの映画で描かれることは片隅、片鱗でしかなくそれ以上のことは描けないが、その中に関わりがあることが潜んでいて、いつか結びついたときに世界の形が見えてくる。それが意義深いところだ。沢山の片隅を集めることが出来るのは私たち自身だと思う」と、映画が持つ力についても言及。
最後に、「8月という広島にとって特別な時期に『オッペンハイマー』がこれからも上映され続けることになったら良いと思う」と結び、イベントは終了した。
『オッペンハイマー』
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー
原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン 「オッペンハイマー」(2006年ピュリッツァー賞受賞/ハヤカワ文庫)
2023年/アメリカ 配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画 R15
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公式サイト:oppenheimermovie.jp