ジョージ・クルーニー×ブラッド・ピットの共演作『ウルフズ』からクリント・イーストウッドの新作『陪審員2番』まで、映画好きには見逃せない作品も、劇場公開されずに配信のみで終わってしまう。そんな厳しい状況が目立った2024年下半期だが、優れた作品も数多く生まれていた。
そうした2024年下半期を、上半期に続いて長内那由多と木津毅という2名の映画ライターが振り返る。それぞれのおすすめ作品を挙げてもらうとともに、作品から見える現在の傾向についても考えた。
※本記事には各映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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ノスタルジーに依存するアメリカ映画に希望はあるか
―まずはざっくりと2024年、下半期をどう感じましたか?
木津:下半期は、良い中小規模のアメリカ映画が多かったと感じます。業界自体が厳しい状況で、良い作品が生まれていることに希望を抱く一方で、それらの作品の話題にならなさ、世の中に伝える難しさを実感しました。
有名俳優の出演作や人気シリーズ、ヒット作のリブートやリメイクではない作品で、良いアメリカ映画を広く伝えるのは本当に難しい状況に陥っていると思います。

ライター。映画、音楽、ゲイカルチャーを中心に各メディアで執筆。著書に『ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん』(筑摩書房)がある。
2024年下半期の5本(木津毅)
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』(トッド・ヘインズ監督)
『墓泥棒と失われた女神』(アリーチェ・ロルヴァケル監督)
『夏の終わりに願うこと』(リラ・アビレス監督)
『陪審員2番』(クリント・イーストウッド監督)
『太陽と桃の歌』(カルラ・シモン監督)
長内:この半年、僕はかなり不作だったと感じます。ハリウッド娯楽作はギリギリ延命処置に成功したぐらいだと思うんですが、とにかく本数が少ない。さらに厳しいのは北米における評価者たちの問題。批評する側や各映画祭は、作品のピックアップに目が行き届いていません。
僕が下半期に感じたのは、映画業界の高齢化です。例えば『ビートルジュース ビートルジュース』(ティム・バートン監督)はヒットしたけれど、作り手も演者もかなり高齢です。また1月公開のペドロ・アルモドバル監督の『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は素晴らしい作品ですが、75歳の大巨匠の作品を『ベネチア国際映画祭』金獅子賞に選ぶところから、評価する側 / 批評家側も高齢化が進んでいて、硬直化している印象を持ちました。

映画 / 海外ドラマライター。東京の小劇場シーンで劇作家、演出家、俳優として活動する「インデペンデント演劇人」。主にアメリカ映画とTVシリーズを中心に見続けている。
2024年下半期の7本(長内那由多)
『喪う』(アザゼル・ジェイコブス監督)
『ヒットマン』(リチャード・リンクレイター監督)
『アイズ・オン・ユー』(アナ・ケンドリック監督)
『ぼくのお日さま』(奥山大史監督)
『ザ・バイクライダーズ』(ジェフ・ニコルズ監督)
『シビル・ウォー』(アレックス・ガーランド監督)
『ロボット・ドリームズ』(パブロ・ベルヘル監督)
木津:僕が言う「良いアメリカ映画」も、伝統的な意味でのアメリカ映画なので年配側の感覚になってしまっていますね。『ザ・バイクライダーズ』も、監督のジェフ・ニコルズはベテランという年齢ではないけど、彼が1960〜70年代のアメリカに対するノスタルジーを作品に込めていて、批評家受けするものにはなっているのですが、それが閉じたものになっているというのはおっしゃる通るだと思います。

木津:ただ僕は『フォールガイ』(デヴィッド・リーチ監督)、『ツイスターズ』(リー・アイザック・チョン監督)など、ブロックバスター作品は厳しいし、後ろ向きだなという感覚は抜けないんです。『フォールガイ』はジェンダー感覚が現在の映画になっていると思いつつ、全体的な印象としては懐古的です。「ハリウッドがブロックバスター映画で新しいものを打ち出せているか?」については疑問に思いました。

長内:作る側も観る側もノスタルジーに依存していますよね。Netflixで配信されたアクション映画の『セキュリティ・チェック』(ジャウム・コレット=セラ監督)も、見ている人たちが「久しぶりに1990年代風のアクション映画が来た」と喜んでいるんですけど、それには違和感を抱きました。
ただしサマーシーズンのブロックバスター映画について、僕は楽しめました。観るまではどれも不安だったんですが、6月末の『クワイエット・プレイス:DAY 1』(マイケル・サルノスキ監督)から、『ツイスターズ』、『エイリアン:ロムルス』(フェデ・アルバレス監督)まで、蓋を開けてみればどれもよかった。企画開発がしっかりされている娯楽作で、北米でもヒットしていたようです。これらがさきほど挙げた『ビートルジュース ビートルジュース』となぜ評価が違うかと言えば、それは作り手の新陳代謝という観点ですね。今挙げた3作はどれもキャストに若いスターが出演しているし、作り手も比較的若手なので、彼らの未来に期待が持てました。
木津:たしかに、そう言われると納得できます。グレタ・ガーウィグがあのタイミングで『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2020年)を任されて、『バービー』(2023年)に繋がったことを考えると、意外とそうした若い才能から今後のハリウッドの発展に繋がっていくのかもしれません。
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中小規模のアメリカ映画は、俳優たちの活躍に注目
―中小規模でも、お二人の挙げられた『喪う』『ヒットマン』『メイ・ディセンバー ゆれる真実』など、優れたアメリカ映画は生まれていましたね。
長内:『喪う』(アザゼル・ジェイコブス監督)は、伝統的なニューヨーク映画の系譜に連なる作品です。基本的に室内で物語が進むのですが、屋外のシーンでニューヨークの街並みがたびたび映ります。この街で生きてきた父親の心情は、『25時』(スパイク・リー監督 / 2004年)のブライアン・コックスのモノローグに通じる感動的なものでした。主演3人の役者による「芝居の映画」であるところも、僕の好きなアメリカ映画で素晴らしかった。
木津:『メイ・ディセンバー ゆれる真実』(トッド・ヘインズ監督)もまさに「芝居の映画」でしたが、この作品を観ても近年のゲイ監督のエッジーさに驚かされました。僕はゲイの監督に注目していますが、ただ肩入れしているだけではなく、トッド・ヘインズやルカ・グァダニーノ、ペドロ・アルモドバルなどの近作に勢いを感じるんです。
クィアネスが以前より理解されるようになり、のびのびと自分の表現ができるようになっているのかもしれません。『チャレンジャーズ』(ルカ・グァダニーノ監督)も以前ならもっとラディカルなものだったポリアモリー的な関係性をポジティブにあっけらかんと描いている。『メイ・ディセンバー』も、ジュリアン・ムーアとナタリー・ポートマンという2人の女優のメロドラマをゲイ監督がリミットなしに描ききっていました。

―俳優を描くという点では、『ヒットマン』(リチャード・リンクレイター監督)のグレン・パウエルも良かったですね。
長内:2024年、僕はグレン・パウエルを特に推していて、彼について記事まで書いたくらいです。『ヒットマン』は、彼が幅の広い役者であることが堪能できる優れた作品だと思いました。
木津:僕も『ヒットマン』はグレン・パウエル作品で一番好きです。彼は『恋するプリテンダー』(ウィル・グラック監督)のような「懐かしのハリウッド」をやれる俳優でもある一方で、『ヒットマン』では自分が脚本に入って、チャレンジングなことをのびのびやれていました。

長内:最近ハリウッドの俳優たちは自分の出演したい作品、作りたい映画に自ら積極的に関わっていますね。それはストリーミングという土壌があるからこそ、以前よりも俳優がスタッフ側にも進出しやすくなったと感じます。みんなフットワークが軽いし、良い時代です。
木津:『憐れみの3章』などヨルゴス・ランティモス作品のエマ・ストーンもそうですが、俳優が自らプロデュースに入っている作品というのは、作品選びの良い基準になるかもしれないですね。
長内:俳優が監督をする作品でも、デビュー作から優れたものを生み出す人が増えてきましたよね。アナ・ケンドリック監督・主演の『アイズ・オン・ユー』や、デブ・パテル監督・主演の『モンキーマン』を観ても、それを感じました。
木津:『アイズ・オン・ユー』は、真っ当にフェミニズムというテーマに取り組んだ作品でした。それを俳優出身の女性が初監督作品で取り組んだことに心強さを感じます。
最近、映画界でウォーキズムに対する批判、内省が増えています。さらにトランプが大統領に選ばれ、アイデンティティ・ポリティクスに対する反省も目立ってきていますが、2010年代のアイデンティティ・ポリティクスやMe too以降のフェミニズムの功績も当然あるので、否定しすぎず、より現在にアジャストしていく姿勢を映画に感じられるのはいいことだと思います。
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米大統領選直前に公開された『シビル・ウォー』
―下半期の注目作として『シビル・ウォー』(アレックス・ガーランド監督)もありました。
木津:僕は未だになぜ本作が日本でヒットしたのか掴みかねているんです。もちろん宣伝が今回かなりがんばっていた点と、大統領選のタイミングもあったと思います。ただアメリカの政治や社会状況をよく描けているとは思わなかった。僕はアメリカ政治の具体的な話が好きなので、個人的に物足りなさはありました。
アメリカ映画が国外で多く撮ってきた「臨場感のある」戦争映画をイギリス人であるアレックス・ガーランドがアメリカ国内に返してやるぞという、かなり意地悪な映画で、アメリカに対する批判と解釈したんです。日本では、現在のアメリカ社会に対する風刺として受け入れられたんでしょうか?

長内:どうなんでしょう。観に行った人の感想を読むと「思っていた映画と違った」みたいな反応をしている人も多く見受けられましたね。センセーショナルなテーマや、長い時間をかけた宣伝にプラスして、日本では時事性がピッタリと合ったんでしょうね。
木津:優れた人間ドラマとしての「アメリカ映画」は話題になりづらいけど、社会的なトピックとしての「アメリカ」なら、人の耳目を集める傾向にあるんですかね。
長内:トランプが大統領に再選することに対して日本人のあいだでも注目度は高かったので、選挙結果も含めて話題になったという気がます。
木津:ただし『シビル・ウォー』は民主党、共和党のどちら側かに立っている映画ではなかったですね。ラストの展開も含め、極めてアレックス・ガーランドらしい喩え話の側面が強いと感じます。
長内:初見のとき、僕もどっちがどっち側なのかわからなかった。アレックス・ガーランドのインタビューを読むと明確に「トランプ再選阻止のため」と言っているんだけど、いつ誰が観てもいいような多義性がある。「大統領選挙が終わったらこの映画の賞味期限も切れてしまうのかな」と思ったけれど、Amazonプライムで配信されたタイミングで見直したら、そのタイミングで韓国では尹錫悦大統領が非常戒厳を宣言したり、ルーマニア大統領選について憲法裁判所が無効判断をしたりする出来事があって、この作品のゾッとする感覚と重なりました。
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若い才能が頭角を現す非北米&日本映画
―長内さんがアメリカ映画を中心に挙げてくださっているのに比べ、木津さんはヨーロッパなど非北米圏の映画を多く挙げられていますね。
木津:ビクトル・エリセやペドロ・アルモドバルのような巨匠が素晴らしい作品を出す一方で、新しい世代による優れた作品が近年、現れています。下半期は特に、メキシコの『夏の終わりに願うこと』(リラ・アビレス監督)やスペインの『太陽と桃の歌』(カルラ・シモン監督)など、1980年代生まれの女性監督作品に惹かれました。
木津:彼女たちはパーソナルな作品を撮るんですよね。20世紀の映画の良きタッチを引き継ぎながら、自分の実感や経験を入れてこれまであまり描かれなかった現代的な少女像を描く。だからプロットやテーマの都合で少女を動かさない。映画の「継承と更新」のどちらも行われていて、僕はそこに希望を抱きます。
イタリアの『墓泥棒と失われた女神』(アリーチェ・ロルヴァケル監督)は、テーマこそ違うけれど、20世紀の映画が描いてきた豊かな人間性と重なっているところを感じました。
長内:『墓泥棒と失われた女神』でロルヴァケルはフェリーニに寄っていったなと感じて、いよいよイタリアを代表する映画監督として羽ばたいていく決意みたいなものが伝わってきました。またジョシュ・オコナーがそこに主演として関わっていて、魅力的な座組だと感じます。
―日本映画としては長内さんが『ぼくのお日さま』を挙げられています。
長内:僕は子どもと大人を対比して、人生について描いている作品としてすごく感動しました。ノスタルジーに依存せず、大人に現実を突きつける厳しさがあり、普遍的な作品でもあると感じます。『ナミビアの砂漠』(山中瑶子監督)と並んで盛り上がって、全くスタイルの異なる新しい世代が日本映画の世界で出てきたのを実感しました。ここ最近、これほど日本映画の新鋭が話題になることがあまりなかったので、下半期のおもしろいことの1つでしたね。

木津:『ナミビアの砂漠』のハチャメチャさ、すごく面白かったですね。スタンダードの使い方とか、映画愛みたいなものに行かない新しさとか、今まで見たことがないものでした。それこそ、「伝統的なアメリカ映画」とは違うものを見せてくれているなと感じました。挑発的なところもあるし、すごく新しい作家で活きがいいなと感じますね。
長内:「映画なんて観てどうすんだよ」という河合優実さんのセリフを聞いて「死ぬ!」と興奮しましたね(笑)。

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現実との地続きを表したアニメ『ロボット・ドリームズ』
木津:ミニシアター規模ですが、『ロボット・ドリームズ』(パブロ・ベルヘル監督)が口コミで広がり、ヒットしたことも驚きました。一方で、日本でこれだけ広まるのは、やはりアニメ作品になるんだなと複雑な思いもあります。
長内:セリフがない、小規模のアートハウス系がこれだけヒットしたのは、アニメーションに耐性がある日本ならではかもしれません。
また背景として何度もワールド・トレード・センターが出てくるのがポイントだなと思いました。ニューヨークにかつてあった風景が借景されているところで普遍性があると思ったし、よくできた感動的な映画でした。
木津:Earth, Wind & Fireの“September”が流れることも含めて、9.11の追悼映画でもあることが最後にわかる。『ルックバック』(押山清高監督)もですが、アニメーションでもファンタジーに寄りすぎず、現実と地続きであることを表現していて、それが観客にも理解されていることがよかったです。
またパブロ・ベルヘル監督は初めてアニメを監督したらしく、アニメの手法だけでなく、昔のクラシック映画を参考にした手法を使っている。僕は「古い映画に遡る傾向」は、本作以外にも感じました。
『ゴンドラ』(ファイト・ヘルマー監督)もゴンドラがすれ違うときにドラマが生まれるという、古典的なことをやっているんです。数年前まではそうした古典的手法に対してノスタルジーが感じられて苦手意識もあったんですけど、最近はむしろ古典的なことが新しいのかもしれないと感じました。『ミッション:インポッシブル / デッドレコニング PART ONE』(クリストファー・マッカリー監督 / 2023年)もある意味スラップスティック(※)な映画で、「バスター・キートンの時代に遡っている」という意見がありましたよね。130年の歴史がある中で、映画が生まれ直そうとしているのかもしれません。
※身体を使ったコメディ。「どたばた喜劇とも言われる。
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時代を予期せず映したドラマシリーズ
―ドラマシリーズでも話題作は多かったかと思いますが、いかがですか?
長内:脚本家組合のストライキの影響なのか、『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』や『一流シェフのファミリーレストラン(原題:ザ・ベア)』、『Pachinko パチンコ』など人気シリーズの最新シーズンは質が低下したと感じました。その反面、単発のリミテッドシリーズでは優れた作品が生まれていました。『ディスクレーマー 夏の沈黙』(Apple TV+で配信)と『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』(U-NEXTで配信)は映画を併せても今年の重要な作品だと思っています。驚きだったのは、その2作が11月の大統領選挙とほぼ同時期に最終回を迎えたこと。作り手たちの意図を超えて、時代を象徴する作品になってしまいました。
「上の連中はもう自分たちのことは目に入っていないんだ、だから力を合わせて打ち負かそう」という趣旨のペンギンの言葉は、マフィアたちを団結させていく。それがトランプ支持者の喜びそうなシーンだと思っていたら、翌週にトランプが大統領選で勝ってしまった。そんな『THE PENGUIN』の最終回が終わった直後、シリーズの公式アカウントを見たら、バットマンのバットシグナルが光るラストシーンの画像がアップされて「これはコールサインではない、警告である」と書かれている。トランプ的なものに支配されたゴッサム・シティへの警告になっているんだと思って、リアルとドラマ世界のリンクした空気を感じました。
長内:『ディスクレーマー』も似たところがあり、「自分の信じたい物語を信じてしまう人たち」の話で、それはアメリカ大統領選にも、兵庫県の知事選挙にも繋がるところがあると感じました。
木津:自分も下半期は『ディスクレーマー』がおもしろかったですね。ただ前半は性を解放する女性の欲望に対して厳しすぎると思っていたんです。でもちゃんとそれはひっくり返すし、そこに至るまでに時間をかけるのがうまいなと思いました。
ただ『ディスクレイマー』も『THE PENGUIN』もずるいと言えば、ずるいですよね。あまりに豪華なキャスト、スタッフが集まっているな、と……。だからこそ、僕は『一流シェフのファミリーレストラン』のインディーズ感を推したい。もちろんベストシーズンではないけれど、擁護したい気持ちがありますね。
長内:たしかに豪華な布陣による隙のない仕上がりの作品は、気楽に見られないので人に勧めづらいですね。そういう意味では『窓際のスパイ』を推したい! 1シーズン6エピソードしかないのでサクサク見られるし、昔から『24 -TWENTY FOUR』とか『プリズン・ブレイク』とかを見ていた人におすすめを聞かれたら、これを勧めます。
木津:気楽に見られる作品だと、僕はApple TV+の『シュリンキング:悩めるセラピスト』をおすすめしたいです。『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』(2020年)以降、「ナイスコア」と呼ばれる、人の良さを信じるような、ほっこりした作品が注目されていて、その流れにあるシリーズとしてもっと認知されてほしいです。
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洋画の危機的状況を象徴する『陪審員2番』
―2024年12月20日にクリント・イーストウッドの引退作と言われている『陪審員2番』がU-NEXTで配信され、2024年下半期のラストに大きな話題となりました。
木津:あまりによくできていて、僕は「アメリカ映画」を作ってイーストウッドは去っていくんだなと感じました。僕が考える「アメリカ映画」とは、アメリカに対する問いなんです。それを高次元にやっているんだけど、押し付けがましくなく、さらりと見せてしまう。あまりにも映画としてかっこいいので、今年はこれで終わったなと感じました。
長内:正直、『クライ・マッチョ』(2021年)を観たときは歳を撮ったな、やっぱり90歳の映画だなと思ったんです。しかし今回は全く隙がない。イーストウッドは原作小説ありきの作品も多かったけど、これはイーストウッドと2人で書いたんじゃないかと思うくらい、あまりにイーストウッド的なテーマの作品でした。
イーストウッド作品の主人公は、いつも贖罪の気持ちを背負っていて、その罪に苛まれて善悪の彼岸を行ったり来たりして悩む。陪審員制度を扱って取り組む「人が人を裁けるのか」というテーマも、イーストウッドが繰り返してきたものです。それを描くにあたってさまざまなキャラクターが過不足なく描かれていて、結果的にアメリカに住む多様な人々の話になる。イーストウッドは正しく保守的な作家だと思うんです。
木津:イーストウッドは民主党的・リベラル的なハリウッドとは異なる立場から倫理の葛藤を描ける人なので、それを最後までやり通したなと感じました。分断している現状でアメリカを描こうとすると、どちらかの側しか描けない場合も多い。しかしイーストウッドは必ずしも保守側からの視点だけではなく、ちゃんとアメリカ全体を描くんですね。アメリカにおける魂でもある司法制度が危機に瀕しているさまを描いていて、現代の映画になっていました。
―本作は劇場公開されなかったことも大きな話題になりました。
木津:じつはかなり前から配信だけになるんじゃないかと懸念されていたんです。でもそれが一部にしか共有されず、配信直前のタイミングで問題視されました。実際に観て、これほど優れたアメリカ映画が話題にもならないのは、イーストウッドだけの話じゃなくて、今回、話をした今の映画業界が抱える他の問題にも繋がっていると感じました。僕は『陪審員2番』もですが、『ブリッツ ロンドン大空襲』(スティーブ・マックイーン監督 / Apple TV+配信のみ)が話題になっていないのも本当にマズいと思っています。
長内:2023年はAppleも『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(マーティン・スコセッシ監督)や『ナポレオン』(リドリー・スコット監督)を劇場公開したけど、数字を見てすぐに手の平を返してしまった。プラットフォーム側は映画を数あるコンテンツの1つ程度にしか捉えていないのかもしれません。そういう意味では、やはり数字ではなく、映画の中身を語っていくことがますます重要だと思います。僕は作品の大きさにあまり差をつけずに、作品の中身を語りたいですね。