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映画『わたしの知らない子どもたち』レビュー 西川美和が20年描いた「嘘」の到達点

2026.10.15

#MOVIE

10月16日(金)公開の映画『わたしの知らない子どもたち』の舞台は、終戦直後の東京。戦争孤児の少女と、かつて彼女の教師だった女性が、それぞれの嘘を抱えて生き延びようとする。

国は誰を捨て、大人たちは何を見ようとしなかったのか。実際に戦争を経験していない監督に、何が語れるのか。

西川作品の「嘘」の系譜をたどりながら、この映画が映し出すものを紐解く。

『ゆれる』から『夢売るふたり』へ。西川美和が描いてきた「嘘」

西川美和監督の映画では、いつも「嘘」が描かれている。

幼なじみが吊り橋から落ちた瞬間をめぐって、兄弟の言い分が食い違っていく様子を描いた『ゆれる』(2006年)。医師免許を持たない男が、無医村で「先生」としてすっかり頼られている状況を描く『ディア・ドクター』(2009年)。さらに、経営する店を火事で失った夫婦が、再建資金のために結婚詐欺に手を染めていく姿を映し出した『夢売るふたり』(2012年)。

ただ、その「嘘」の切実さは、作品ごとに少しずつ変わってきた。

『ゆれる』の「嘘」が守ろうとしていたのは、兄弟や家族のプライド。それが『ディア・ドクター』や『夢売るふたり』になると、生きていくためのリアルな手段へと姿を変えていく。作品を重ねるたびに、「嘘」はどんどん後戻りできないものになっていったのだ。

そして最新作『わたしの知らない子どもたち』で、嘘はついに行き着くところまで行き着く。前作『すばらしき世界』(2021年)の原案、佐木隆三の小説『身分帳』に記された戦争孤児の存在から生まれたこの作品で描かれるのは、つかなければ命に関わる「嘘」だ。

「吉田茂男」と名乗る少女と、国の嘘を教えた教師

同作の舞台は終戦直後の東京。戦争で家族も家も失った12歳の主人公・琴子(小八重葵美)は、1948年の厚生省の調査で全国に12万3511人いたと記録される戦争孤児のひとりだ。靴磨きで日銭を稼ぐ毎日。でも少女のままでいたら、いつ危険な目に遭うかわからない。そう気づいた琴子は髪を切り、名前を変え、男の子として生きることを決める。性別を偽ることが、彼女にとって唯一の鎧であり、サバイバルの手段だったのだ。

彼女が選んだ新しい名前は「吉田茂男」。自分を見捨てた国の政治家の名前に、「男」という新たな性を書き足す。こうして「嘘」は、名前そのものに刻み込まれた。

琴子

『永い言い訳』(2016年)の主人公・衣笠幸夫(本木雅弘)もペンネームという偽名を使っていたが、それはコンプレックスを隠すための見栄にすぎなかった。琴子の場合は、それよりもはるかに切実だ。自分が自分であることを手放すことで、命を繋いでいる。

一方、今作のもうひとりの主人公・曽根文美子(二階堂ふみ)が抱えているのは、国がついた嘘だ。戦時中、琴子が疎開していた国民学校の教師として子どもたちに「アメリカは憎むべき敵だ」と教えていた彼女は、敗戦でその教えを丸ごと否定され、仕事も居場所も婚約者も失ってしまう。身寄りをなくし、遺された子どもを抱えて放り出された文美子は、やがて進駐軍向けの慰安施設で働き始める。

曽根文美子

驚くのは、国の手のひらを返すスピードだ。終戦からわずか3日後の1945年8月18日には、内務省が全国に慰安施設をつくるよう指示を出している。昨日まで「敵」と教えていた相手のために、国はいち早く性接待の場を用意していたのだ。

翌1946年の4月10日には、日本で女性参政権が初めて行使され、女性がようやく政治の上で「国民」として認められた。その時代に、琴子は少女であることを捨て、文美子は自分の身体を差し出さなければ生きられなかったのである。

「国にだまされた」と、戦後多くの大人たちが口にした。けれど文美子はだまされた被害者であると同時に、教壇からその嘘を語ってきた張本人でもある。上野駅で琴子を置き去りにしてしまった彼女の後悔は、子どもたちを見捨てた戦後の大人たちの後ろめたさそのもの。教師が生徒を捨て、捨てられた少女が自分自身を捨てる。この映画は、そんな「捨てる」の連鎖も描いているのだ。

嘘の鎧が檻に変わっていく

では、捨てられた子どもたちに手を差し伸べたのは誰だったのか。それは国でも役所でもなく、闇市を仕切る菊沢組の親分・菊沢徹(岡田准一)だった。琴子は菊沢から仕事をもらい、同じ境遇の少年たちとつるむうちに、ようやく自分の居場所を見つけていく。ひとりぼっちの少女がたどり着いたセーフティネットは、ヤクザだったのである。

菊沢徹

ところが琴子たちは、東京湾に浮かぶ孤島の収容施設へと送られてしまう。社会は一度捨てた子どもたちを、もう一度「捨てる」のだ。

そんななか、琴子に生理が訪れる。嘘がどれだけ完璧でも、身体の成長は止められない。戸惑った彼女は施設の女性にどうすればいいのかを尋ねるが、琴子を男の子だと思い込んでいるその女性は、怒って彼女の頬を打つ。本当に助けが必要なそのとき、大人たちは誰も彼女を見ようとしない。琴子を守ってきた嘘の鎧が、彼女を閉じ込める檻に変わっていく。

これまでの西川作品で「嘘」は肩書きで塗り固められ、言葉によって揺さぶられてきた。でもこの映画でその「嘘」の限界を突きつけるのは、身体だ。本人の意思とは関係なく、身体は彼女が少女であることを告げ続ける。それなのに周りの大人たちは、その真実よりも目の前の「嘘」のほうを見てしまう。

その身体の切実さに気づいていたのは、仲間の少年・将吉(羽山由一郎)ただひとり。この映画が突きつけてくるのは嘘そのものよりも、「嘘」しか見ようとしない社会の過酷さなのかもしれない。

嘘を知らない小八重葵美という最大の「嘘」

実際に戦争を経験していない自分に、何が語れるのか。西川監督は広島で育ったからこそ抱え続けてきたその思いから、これまで戦争をテーマにしてこなかったという。

https://youtu.be/wuLfkuTQvHo

その監督が、あえて自分のルーツではない東京を舞台に選んだのは、被害の地の当事者としてではなく知らない場所の痛みを想像する側に立つためだったのだろう。同作のタイトルに冠された「わたしの知らない」という言葉には、そんな西川監督の姿勢が表れているように思える。

舞台となる終戦直後の東京は、GHQの検閲の影響もあって、焼け野原以外の映像記録がほとんど残っていない。我々が戦中・戦後と聞いてイメージするのも、モノクロ写真の色のない世界だ。しかしカラーで復元された資料によると、当時の暮らしは実はカラフルだったという。

白黒の記録もまた、時代の一部しか映していない。ならば、記録されなかった時代を、知らない者たちがフィクションという名の「嘘」で記録するしかない。同作は、「嘘」を用いることでしかたどり着けない「リアル」に挑んだ一作なのである。

この「知る者」と「知らない者」のコントラストは、キャスティングにも及んでいる。琴子役の小八重葵美は、オーディションの時点で演技経験がほぼゼロ。一方の二階堂ふみは、小八重と同じくらいの年齢でこの世界に入り、演技という嘘のスキルを磨き続けてきた俳優だ。その二階堂自身、「俳優は嘘が上手くなるものですが、葵美ちゃんにはそういうところがぜんぜんなく」と語っている。

二階堂「葵美ちゃんは、大人の愛情を素直に受け取り、まっすぐに返す子。「演技」が仕事の俳優は、悪い意味ではなく嘘が上手くなるものですが、葵美ちゃんにはそういうところがぜんぜんなく、セリフが単なるセリフにならず、強さと真実味を帯びていて素晴らしいと思いました。」

渥美志保「西川美和監督×二階堂ふみが『わたしの知らない子どもたち』で描いた戦争と女性の苦悩」/ELLE(9月1日)

「嘘」を知り尽くした元子役と、「嘘」をまだ知らない新人。文美子と琴子の鏡像関係は、配役そのものにも映し出されているのである。

嘘をつかなければ生きられない少女を、まだ嘘のつき方を知らない少女が演じるという「嘘」。この逆説こそが、本作のいちばんの核だ。20年以上にわたって「嘘」を描き続けてきた西川監督は、物語といった枠組みすらも超え、配役などの「映画づくり」という行為そのものを最大の「嘘」として差し出すことで、ついにその向こうにある「素顔」を撮ってみせたのかもしれない。

映画『わたしの知らない子どもたち』

10月16 日(金)全国公開

【出演者】
小八重葵美 二階堂ふみ
坂東龍汰 櫻井海音 花瀬琴音
羽山由一郎 小林丞之介 岩田龍門 渋谷そらじ 武内ひなた
北村有起哉 吉田 羊 竹野内 豊
岡田准一 / 田中裕子 役所広司

【スタッフ】
原案・脚本・監督 :西川美和
音楽:原摩利彦
撮影:笠松則通 照明:宗賢次郎 音響:白取貢 特機:上野隆治 美術:三ツ松けいこ 装飾:須坂文昭
衣裳デザイン:小川久美子 衣裳:岩﨑文男
ヘアメイクデザイン:酒井夢月 スクリプター:田口良子 編集:菊池智美 音響効果:北田雅也
キャスティング :田端利江 、山下葉子
助監督:中里洋一 制作担当:山内遊 VFX スーパーバイザー:上田倫人、髙橋正紀 音楽プロデューサー:杉田寿宏
ラインプロデューサー:横井義人
製作:紀伊宗之 プロデューサー:小出大樹、伊藤太一
製作・配給:K2 Pictures 共同製作:AOI Pro. 企画:分福 制作プロダクション:AOI Pro.

<あらすじ>
あの日を生きた子どもたちの煌めきーその時代を生きた誰もが、未来をつないでいた。
1945年、終戦。音楽家の父のもとで育ち、ごく普通の暮らしを送っていた12歳の少女・茅野琴子は戦争によって家も家族も失い、焼け野原となった東京で、たったひとり生きることになる。
女性であることが生きる危険につながる現実を知った琴子は、少女という性を隠し、少年として生きることを決意する。
やがて将吉をはじめ、同じように家や家族を失った少年たちと出会い、「吉田茂男」と名乗って彼らと行動をともにする。
闇市を束ねる菊沢組の親分・菊沢徹から仕事をもらい、ともに支え合う仲間との日々は、戦後ひとりぼっちだった琴子が初めて見つけた「居場所」となっていく。一方、担任教師だった曽根文美子もまた、敗戦によるイデオロギーの転換と、婚約者を失った中で教師としての誇りも生きる意味も見失っていた。しかし、父の友人から「琴子を探している」という知らせを受け、琴子を探す旅に出る。曽根もまた、自らも失っていた人として生きる意味を少しずつ取り戻していく。やがて子どもたちは東京湾上の孤島の隔離施設へ送られる。そこでの過酷な環境の中で生かされている子どもたちの実態を知った新聞記者・諸積は、脱走すると決意する琴子たちを海苔漁師・山井甚平と妻・けいへ託す。
山井夫妻は、突然現れた子どもたちを煙たがりながらも生きる術を教えながら、その命を明日へとつないでいく。これは、戦争によって人生を変えられながらも懸命に生きた子どもたちの命の輝きと、その命を信じ、それぞれの選択で未来へつないだ人々の姿を描く物語。

©︎2026 K2 Pictures・AOI Pro.

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