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映画『さとこはいつも』レビュー。他者の何気ない行動が人生を動かす、傑作の構造

2026.9.16

#MOVIE

私たちが日常のなかでふと口にした言葉や、何気なく取った行動は、見知らぬ誰かの人生にどのような影響を与えているのだろうか。あるいは、私たちが今ここに立っているのは、過去に出会った誰かの、どの言葉に背中を押された結果なのだろうか。

映画『さとこはいつも』は、15歳、35歳、55歳という世代の異なる3人の女性が、思いがけず「自分の物語」を書き始める姿を通じて、不可視の繋がりをスクリーンに浮かび上がらせる。

長編デビューから20年、沖田修一監督はなぜ今、このオリジナル脚本を撮る必要があったのか。劇中に散りばめられたユーモアと緻密な構造を紐解きながら、本作の根底に流れる作家性に迫る。

※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

沖田修一監督の20年を総括する、笑いと余韻に満ちた愛すべき作品

映画『さとこはいつも』は、2026年に長編デビュー20周年を迎えた沖田修一監督が、12年ぶりに原作なしの完全オリジナル脚本で生み出した、記念すべき一本だ。

デビュー作の『このすばらしきせかい』(2006年)以来、11月に4Kリマスター版の公開も決定している人気作『南極料理人』(2009年)、吉田修一の小説を映画化した『横道世之介』(2013年)、田島列島の漫画を映画化した『子供はわかってあげない』(2021年)、さかなクンの自伝的エッセイを、のん主演という大胆なキャスティングで映画化した『さかなのこ』(2022年)など数々の話題作を手掛けてきた沖田監督。最近では、松田龍平主演のドラマ『探偵さん、リュック開いてますよ』(2026年)を手掛けたことも記憶に新しい。

その何よりの特徴は、思わずクスッと笑ってしまうような人間の「おかしみ」を描くことにあるだろう。単に笑えるだけではなく、どこかほっこりとした余韻が残るハートウォーミングな人間の「おかしみ」。『さとこはいつも』は、そんな作風と20年のキャリアを持つ沖田監督の、一つの集大成であると同時に、これまで前景化していなかった彼の作家性や、実は最初から一貫していたメッセージが、観ているうちに浮かび上がってくるような、実に愛すべき作品となっている。

15歳、35歳、55歳。3人の「さとこ」が紡ぐ三者三様の物語

本作は、世代の異なる3人の「さとこ」が、思いがけず自ら「物語」を書くようになり、やがてそれに夢中になっていく様子を描いた作品だ。

1人目の主人公である15歳の女子中学生・中井聡子(姫野花春)は、爆睡してしまったことがバレないよう、四苦八苦しながら書いた学校の課題——歌舞伎鑑賞の感想文が、日頃から無表情で何を考えているのかわからない国語教師の寺尾(吉田羊)から思いがけず褒められる。寺尾からさらに文章を書いてみることを勧められた聡子は、彼女が与える「お題」について、ノートに文章を綴っては読んでもらうという、不思議なやり取りを続けることになる。

最初は嫌々ながら、しかし徐々に文章を書いて読んでもらうことの楽しさと、褒められることの喜びを知った聡子は、あるとき寺尾から「物語を書いてみない?」と促されるのだった。

(画像左から)中井聡子(姫野花春)、寺尾千穂(吉田羊)

今、自分が書きたいと思う物語——それはやっぱり、近頃妙に意識するようになった同級生の男子・早瀬くん(小川冬晴)と自分のひそやかな交流と、次第に自分の中で高まってゆく恋心だろうか? 現実と妄想を入り混じらせながら、聡子の筆は進んでゆく。しかし、聡子の「物語」と同時進行で育まれていった、彼女と早瀬くんの物語は、突然の終わりを迎えてしまうのだった……。

2人目の主人公・西田沙都子(有村架純)は、韓国映画の配給宣伝会社に勤める35歳の女性だ。

自身の愛する韓国作品の宣伝プロデューサーを任され、こなれた仕事ぶりを披露する彼女だが、後輩の真っ当な意見を突っぱねたところ、かえって上司から気を遣われるようになり、どうも仕事の状況がままならない。自分は仕事ができるのか、はたまた悪い意味で世慣れてしまっただけなのか。

さらに、一見充実しているように見えるプライベートのほうも、交際相手の村本(オダギリジョー)が、付き合い始めてしばらく経ってから、妻がいることを彼女に告白。そのままズルズルと「不倫関係」を続けているような間柄だ。

(画像左から)村本健吾(オダギリジョー)、西田沙都子(有村架純)

そんなとき、沙都子は思いがけない修羅場に遭遇し、自身も入院することになってしまう。「ドラマかよ……」病院のベッドで独りつぶやいた沙都子は、まるで韓国ドラマのような自身の恋の顛末を、なんとはなしにパソコンに打ち込み始め、その「物語」にのめり込んでゆくのだった。

ほどなくして職場に復帰した沙都子だが、そんな彼女を待ち受けていたのは、新しく入った後輩男子・嶋(青木柚)だった。韓国文化を愛する者同士、またたく間に嶋と打ち解けた沙都子は、酔った勢いで思わず……。

果たして、彼女のパソコンの中に眠る「物語」は、どうなってしまうのだろうか。

3人目の主人公・飯島里子(石田ひかり)は、間もなく高校を卒業する三男のため、最後のお弁当を作り終えたばかりだった。大学卒業後、すぐに重明(筒井道隆)と結婚し、無我夢中で3人の男の子を育て上げてきた里子。彼女の「母」としての役割も、ようやく一区切りが訪れようとしていた。

(画像左から)飯島重明(筒井道隆)、飯島里子(石田ひかり)

しかし、ひとり感慨にふける彼女のことを、夫も子どもたちも、慮ってはくれない。そんなとき、彼女は耳鼻科で見かけた女子中学生に、思わず声を掛けてしまう。

ネブライザー(吸入器)を鼻に突っ込みながら、一心不乱にノートに文字を綴っている女子中学生。彼女と話しながら、自分もかつては小説家になりたいと思っていたこと——地元に一軒しかない小さな本屋で、いつも本を読みながら店番をしていた男の子に、ほのかな恋心を抱きながら、彼が読んでいる本を自分も真似して読むうちに、だんだんと本そのものが好きになっていった自分の「来し方」を思い出すのだった。

子育てがひと区切りついた今ならば、自分の「物語」が書けるだろうか。里子は、若かりし頃の自分の「物語」を、こっそりノートに綴り始めるのだった……。

初期衝動、成仏、夢の続き。「書くこと」がもたらす3つの意味

「物語」は書いているうちに筆がのってゆき、事実はより面白く、ドラマチックに脚色されていったりするものだ。それもまた、「物語」を書くことの面白さのひとつだろう。

自分の「物語」を書くって、どんなことだろう。劇中には、「人は誰でも一冊は、自分の本が書ける」なんてセリフも登場するけれど、「書くこと」がもたらすものは、人それぞれだ。本作に登場する、世代の異なる3人の「さとこ」たちにとっても、その意味は、それぞれに異なっている。

(画像左から)中井聡子(姫野花春)、西田沙都子(有村架純)、飯島里子(石田ひかり)

沖田監督曰く、3人の「さとこ」たちが「書くこと」は、それぞれ「初期衝動」「成仏」「夢の続き」という3つのニュアンスが込められているという。初めて感じる楽しさに、突き動かされるよう無我夢中で書き上げる「初期衝動」。自らの経験を文章化することによって、それを「成仏」させようとすること。はたまた「今ならば」という思いのもと、かつてはやれなかったことを、今こそ成し遂げようとすること。

しかしそこで、はたと思うのだ。どうしてこの映画は、3人のパートに分けられなければならなかったのだろうか。

交錯する3人の「さとこ」たちの世界と不可解な出来事

聡子、沙都子、里子の3人は、どうやら同じ「世界」で生きているようだ。

沙都子(有村架純)が入院した病院の隣のベッドには、腕を骨折して入院中の里子(石田ひかり)が寝ている姿が。そして、たまたま訪れた耳鼻科で里子が声を掛けた中学生は、聡子(姫野花春)なのだった。

ネブライザーを使用する聡子

これは一体、どういうことなのか。劇中ではさらに、不可解な出来事が次々と提示されていく。聡子に書くことを勧めた国語教師・寺尾が読んでいる本の作者とは。沙都子が村本に語る中学時代のエピソードが、聡子と寺尾の話とものすごく似ているのだが……。聡子は沙都子で里子なの?

なんとはなしにパソコンに打ち込み始めた沙都子に、「それ、ドラマよりもドラマだわ……」と、自らそれを「物語」として書き起こす、最後のひと押しをしてくれたのは、誰だったのか。里子が語る思い出話を聞きながら、「なんか、それ……物語みたい」と目を輝かせて応えたのは、誰だったのか。

そもそも、ことの発端である国語教師・寺尾は、やがて里子が書き上げることになる(?)絵本を、なぜ既に愛読しているのだろうか。

そう。本作のテーマは、「自分の“物語”を書くことが、人にもたらすもの」である以上に、誰かが何の気なしに掛けた言葉が、知らず知らずのうちに、その人自身の背中を押すことになる、そんな「世界」の「在り方」なのだった。

緩やかな繋がりが背中を押す。沖田作品が一貫して描く「世界」の肯定

(画像左から)、飯島里子(石田ひかり)、西田沙都子(有村架純)、中井聡子(姫野花春)

直接的な因果関係がそこにあるのかと問われると、必ずしもそうではないのかもしれないけれど、誰かの存在や、誰かがふと漏らした言葉があったからこそ、今の自分がある。それは「絆」というほど強固な結びつきではないけれど、きっとどこかで緩やかに繋がっているものなのだろう。

実際、私たちの「世界」は、そんなふうに曖昧なまま、いい感じで回っている。沖田監督の映画は、単に人の「おかしみ」を描くだけではなく、その連なりが生み出してゆく「世界」の「在り方」そのものを肯定するのだ。

思うにそれこそが、沖田監督が自身の作品の中で一貫して描き続けてきた、真のテーマだったのではないだろうか。自身のオリジナル作ではないけれど、『横道世之介』の主人公・世之介は、本人はそのつもりがないにもかかわらず、関わる人々をどこかあたたかな気持ちにさせる、おかしくも不思議な人物だった。『さかなのこ』のモデルである「さかなクン」が、私たちが知る「さかなクン」になっていったのは、ある意味「変わり者」である彼の存在を、やんわりと肯定し続けてくれた、親や友人を含めた周囲の人々がいたからだったのではないか。

たまたま出会った「さとこ」に背中を押された「さとこ」が、やがて「さとこ」にポジティブな影響を与えてゆくような物語。ある意味、緩やかな「円環構造」をもっているとも言える本作が射程に捉えるのは、何も劇中の「さとこ」たちだけではなく、それを観る私たち自身も含んでいるのだろう。

「バタフライエフェクト」とまではいかなくとも、誰かのちょっとした行動や言動が——それこそ、映画の中で誰かが見せた行動や話した言葉が、まわりまわって自分の背中を押してくれることなんて、ごくごく普通にあることだ。

イカの塩辛を見つめる聡子

そんな「世界」の「在り方」を肯定すること。人の出会いには最も似つかわしくない「ネブライザー」に始まり、突然の妄想表現、画面の雰囲気まで模倣した韓流ドラマ風な表現、トランポリン、VFX。さらには、なぜか3人の「さとこ」たちが愛してやまなない「イカの塩辛」など、沖田監督らしい遊び心に溢れた細やかな作り込みも楽しい本作は、監督デビュー20周年にして到達した、彼の集大成的な作品だろう。

『さとこはいつも』——監督の映画を長らく愛し続けてきたファンはもちろん、そうでない観客の心にも、あたたかな余韻と、ささやかな「やる気」を呼び起こさせる、とても愛すべき一本だ。

『さとこはいつも』

2026年9月18日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

有村架純
石田ひかり 姫野花春
黒田大輔 宮部純子 泉有乃 大月美里果 小川冬晴
青木柚 川瀬陽太 島田桃依 中井友望 中村優子
細田佳央太 鳴海唯 髙田万作 古舘寛治
吉田羊 オダギリジョー 筒井道隆

監督・脚本 沖田修一
音楽 柴田聡子 
主題歌 折坂悠太「シミレ (feat.柴田聡子)」
製作幹事 アミューズクリエイティブスタジオ
配給 ハピネットファントム・スタジオ 制作プロダクション オフィス・シロウズ
助成 文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業) 独立行政法人日本芸術文化振興会

©2026 「さとこはいつも」製作委員会

<STORY>
同級生に恋する鼻炎持ちの中学3年生・ソフト部所属の中井聡子(15歳)。姪っ子と韓国カルチャーLOVE!映画配給会社の宣伝部でバリバリ仕事しつつ、6年目になる不倫が倦怠期を迎えている西田沙都子(35歳)。子育てがひと段落、ようやく自分の時間ができた飯島里子(55歳)。三者三様、まったく違う人生を歩む【さとこ】たち・・・。それぞれに降りかかる出来事や運命的な出会いをきっかけに、自分の人生を“物語”として書き始めたとき、3人の「さとこ」たちが少しずつめぐり合っていきーー!?

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