私たちが日常のなかでふと口にした言葉や、何気なく取った行動は、見知らぬ誰かの人生にどのような影響を与えているのだろうか。あるいは、私たちが今ここに立っているのは、過去に出会った誰かの、どの言葉に背中を押された結果なのだろうか。
映画『さとこはいつも』は、15歳、35歳、55歳という世代の異なる3人の女性が、思いがけず「自分の物語」を書き始める姿を通じて、不可視の繋がりをスクリーンに浮かび上がらせる。
長編デビューから20年、沖田修一監督はなぜ今、このオリジナル脚本を撮る必要があったのか。劇中に散りばめられたユーモアと緻密な構造を紐解きながら、本作の根底に流れる作家性に迫る。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
沖田修一監督の20年を総括する、笑いと余韻に満ちた愛すべき作品
映画『さとこはいつも』は、2026年に長編デビュー20周年を迎えた沖田修一監督が、12年ぶりに原作なしの完全オリジナル脚本で生み出した、記念すべき一本だ。
デビュー作の『このすばらしきせかい』(2006年)以来、11月に4Kリマスター版の公開も決定している人気作『南極料理人』(2009年)、吉田修一の小説を映画化した『横道世之介』(2013年)、田島列島の漫画を映画化した『子供はわかってあげない』(2021年)、さかなクンの自伝的エッセイを、のん主演という大胆なキャスティングで映画化した『さかなのこ』(2022年)など数々の話題作を手掛けてきた沖田監督。最近では、松田龍平主演のドラマ『探偵さん、リュック開いてますよ』(2026年)を手掛けたことも記憶に新しい。
その何よりの特徴は、思わずクスッと笑ってしまうような人間の「おかしみ」を描くことにあるだろう。単に笑えるだけではなく、どこかほっこりとした余韻が残るハートウォーミングな人間の「おかしみ」。『さとこはいつも』は、そんな作風と20年のキャリアを持つ沖田監督の、一つの集大成であると同時に、これまで前景化していなかった彼の作家性や、実は最初から一貫していたメッセージが、観ているうちに浮かび上がってくるような、実に愛すべき作品となっている。