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今泉力哉監督と一緒に考える。人とわかり合う難しさとどう向き合う?

2023.10.10

#MOVIE

10月6日公開の今泉力哉監督による最新作『アンダーカレント』。2005年に刊行された豊田徹也の同名マンガを実写映画化したもので、主演に真木よう子、共演は井浦新、永山瑛太、リリー・フランキーなど名優が名を連ねる。

「アンダーカレント(undercurrent)」とは、「心の底流」の意味。夫の悟が失踪し、1人で銭湯を切り盛りしていたかなえのもとに謎の男・堀がやってくる。登場人物それぞれが心の内をひた隠し、不穏な空気が流れるなか彼女たちが選択するラスト。これまでにない今泉監督作品の製作における葛藤を紐解く。

「真木よう子さんと僕による、糸の引っ張り合いみたいなものが『アンダーカレント』のムードを生んだのかもしれません」

─原作の豊田徹也さんとは、どのようなやり取りから、本作の製作がスタートしたのでしょうか?

今泉:豊田さんに初めてお会いするとき、お手紙のようなものを書きました。自分の作品で『退屈な日々にさようならを』(2017年)という映画があるのですが、『アンダーカレント』の堀と同じように、近くにいた人を喪失して、彼の地元を訪れるという物語なんです。

今泉力哉(いまいずみ りきや)
1981年生まれ、福島県出身。映画監督。2010年に『たまの映画』で商業映画デビュー。その後も『サッドティー』(2014年)『退屈な日々にさようならを』(2017年)『愛がなんだ』(2019年)『街の上で』(2021年)『ちひろさん』(2023年)などの話題作を次々と発表。最新作『アンダーカレント』が2023年10月6日公開。

─今泉監督の長編7作目。震災から5年後、東京と監督の故郷・福島を舞台に、映画づくりや死生観にまつわるさまざまを描いた群像劇です。

今泉:僕自身はっきりと理由を言語化できるわけじゃないけれど「大切な人が生きていたときを知っている人と会いたい」という気持ちはわかる。その辺りについて考えたことを手紙に書いて渡しました。

─これまでも今泉監督は「すれ違い」がモチーフに含まれた作品を手がけられてきました。そこにある「滑稽さ」が監督作の特徴の1つだと思いますが、今作は観客を安心させないヒリヒリ感があったように思います。それは、意識されていたのでしょうか?

今泉:意識的ではなかったです。いつもよりも笑いのウェイトが低かったことはたしかですが、それは俳優部の演技によるものが大きかったと思います。深刻なトラウマを抱えている人たちの物語なので、俳優部もセンシティブに演じてくれました。

『アンダーカレント』予告編
あらすじ:かなえ(真木よう子)は家業の銭湯を継ぎ、夫・悟(永山瑛太)と幸せな日々を送っていた。しかしある日、悟が突然の失踪。途方に暮れながらも銭湯を再開したかなえのもとに、謎の男・堀(井浦新)が現れ、住み込みで働くことに。かなえは胡散臭い探偵・山崎(リリー・フランキー)とともに悟の行方を捜しながら、堀との奇妙な共同生活の中で穏やかな日常を取り戻していく。

─過去のトラウマを抱えているという意味で、前作『ちひろさん』(2023年)とつながるテーマを抱えている作品でしたよね。

今泉:創作過程を話すと、実は『アンダーカレント』と『ちひろさん』は同時期につくっていたんです。なので、互いに影響を受けている部分は大いにあると思います。

─トラウマを抱えた「過去」というモチーフについては、どのように捉えて演出をされましたか?

今泉:その温度感はものすごく難しかったです。真木さんともたくさん話したんですが、かなえ(真木よう子)は絶対に忘れられない過去を忘れてしまっているほどショックを受けた状態。僕は日常生活をする上では「完全に忘れている」彼女をイメージしていましたが、真木さんもニュアンスは似ているけれど、「それでも忘れられるわけがない」という感覚があった上で演じてくれました。

左から、かなえ(真木よう子)、堀(井浦新) ©豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会

─微妙なニュアンスの違いで、演技も変わってくるものなんですね。

今泉:そうですね。真木さんは過去のトラウマに対する緊張が、ピンと張った状態で演じてくれていました。一方で僕はいつもの作品のように無意識に緩めようとしていて。その良い意味での「糸の引っ張り合い」みたいなものがこの作品のヒリヒリとした雰囲気をつくったのかもしれないです。目指しているところは同じなんですけどね。方法や好みの違いというか。でも真木さんのおかげで生まれたものも多かったです。

「非日常的な描写は作品を映画らしくする。でも日常からかけ離れた描写に逃げたくない」

─原作のエッセンスも入れつつ、かなり映画用に手を加えられている印象があります。脚本について必ず入れたいと考えられていたシーンは?

今泉:入れるか外すか、迷ったシーンはあります。たとえば前半で「死にたいと思ったことはあるか?」という会話をかなえと堀(井浦新)が交わすシーン。まだ共同生活を始めて間もない2人が面と向かってそんな話をするかなと思ったんです。人との距離感が一般的でない人間として描かないと難しい。

─そのシーンは印象的でした。これまでの監督作品にはないドラマっぽい台詞で、日常とは切り離された描写に意外性を感じました。

今泉:やっぱり。

─「やっぱり」ですか(笑)。

今泉:厳しくリアリティーラインを守っているわけではないんですけど、日常からかけ離れた台詞や描写は僕の映画ではやらないことがほとんどです。非日常的な場面って、映画らしいですよね。だからそうしたくなるのもわかるんですけど、そっちに逃げたくないんです。すでにある映画になっていくので。

その意識は大切にしつつも、今回は原作に頼って気をつけながら撮影しました。かなえが水中に沈んでいくカットや、過去の出来事を夢見るような幻想的なカットも、普段の僕なら撮らないと思います。

『アンダーカレント』場面写真 ©豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会

─監督の作品は、だからこそ自分の生活と紐づいている印象があります。ですが、幻想や壮大なシーンを見せ場にしている映画も多いですよね。

今泉:多いですね。ただ、僕の作品としてそれをするには葛藤がありました。これまでにはないバランスの取り方が必要だったので、悩んだときは原作を信じる。あと、細野晴臣さんの音楽が、日常的な側面と非日常的な側面をつないでくれたと感じています。

それと、人間の芯の部分というか、表面的な芝居では決してできない苦しく強い表情をいくつも撮れたと思っていて、それは俳優部の演技にものすごく助けられました。同時に、映像にすることの「強さ」にも気を使う必要がありました。

─今泉さんのおっしゃる映像の「強さ」とは?

今泉:生身の人間が演じることで言葉や行動の強度がマンガよりも増してしまうのではないか、という懸念です。ある台詞がまるで「正解」のように聞こえてしまったりとか。つくり手の想像以上の強度で、観客に受け止められる可能性もあるんです。

それは『ちひろさん』のときも感じていました。作品が上映される前、予告を見た人たちから「男性監督の視点で、また元風俗嬢を男性に奉仕する存在として描いている」と批判があったんです。ホームレスを家に連れて帰って洗うなんて、と。

『ちひろさん』本予告編

今泉:批判のあったシーンは僕自身も入れるべきかかなり悩んだんですよ。その批判自体も理解できますし、ホームレス側の視点に立ったときにも問題がある描写だと感じていたからです。僕は逆に、自分がホームレスだったら絶対に嫌だなと思ったんです。勝手に洗われるなんて。それこそ加害だと思っていて、そのシーンを外すか迷いました。でも、ちひろさんはまともな人じゃないんです。僕と同じ思考じゃない。ちひろさんの浮世離れした人となりを想像したときに、そのシーンがあったほうがちひろさんという人物の人柄が伝わると考えて、入れる決断にいたりました。

自分の中の正義感や常識ではなくて「ちひろさんとしてありなのか、なしなのか」、そうした基準を持たないと登場人物が自分の考える真っ当な人ばかりの作品になってしまう。だからどの目線で脚本を書くべきかは気をつけています。すべての台詞が、監督の思想を反映したものではないということは声を大にして伝えておきたいです(笑)。

─『アンダーカレント』の話に戻りますが、原作はもっと会話のやり取りが多いです。台詞を減らしたのは「本音を言えない人物像」を際立たせるためですか?

今泉:すべての台詞を映像に入れると長尺になる、という現実的な問題が大きいです。脚本の澤井香織さんと何度も話し合ってかなり取捨選択しました。最後のかなえと悟(永山瑛太)のシーンは俳優陣とも話し合って、台詞を戻したり、原作にない言葉も付け足したりしました。

左から、かなえ、悟(永山瑛太) ©豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会

─付け足したのはどうしてでしょうか?

今泉:これくらい言わないと、相手が理解できないと思ったからです。悟とかなえにとって重要なシーンなので、その距離の詰め方は台詞1つを足したり引いたりして、丁寧に進めていきました。

瑛太さんもかなえの目をどれだけ見るのかという点まで気を使って、すごく繊細に演じてくださっていたので、カメラをのぞきながら感動しました。真木さんも「このシーンの瑛太はすごい」と公開に向けた取材時に話していました。

「理解できない存在を認めた上で話し合うということは、個人間だけではなくて、国同士の戦争などに置き換えても大切なのではないかと思います」

─本作を通じて考えさせられたのは、人と人はわかり合えないことが大前提にありながら、それでもわかり合いたいと願う、その「それでも」の部分に悩むということ。劇中にも「人をわかるってどういうこと?」という台詞がありますが、その問いに対する監督の意見をお伺いしたいです。

今泉:僕も同じで、他人のことを完全に理解することは難しい。さらに言えば、自分のことさえわからないと思っています。対峙する人によって、尊敬されることもあれば軽く見られることもあって、「私」を定義できない。自分でさえ理解できていないのに、他人なんてわからないのは当然です。

その上でこの作品は「それでも」の部分をたくさん考えた映画だったのかもしれないと、今の感想を聞いて思いました。どのやりとりも些細だけれど「相手を知ろうとする態度」を描いているので。

─理解できない他人の行動に対して、監督はどう思われますか?

今泉:自分の考えと全く異なる言動でも、「それは違う」と真っ向から否定するのではなくて、「そういう考えもあるんだな」と一度受け止めるタイプですね。受け止めたい。何でもかんでも肯定するわけではないんですよ、受け止めた上で話し合う。

そうした「理解できない存在を認めた上で話し合う」ということは、個人間だけではなくて、国同士の戦争などに置き換えても文化の違う2つの地域などにおいても大切なのではないかと思います。

─かなえと悟のように、「家族」はとくに理解が難しく、本音を話せないと思いました。「いつも本音でぶつかっていたら一緒に暮らせないよ」というのが持論です。

今泉:その意見はわかりますけどね(笑)。家族で大事なことは、縛らないことなのかなと思います。僕自身、親から縛られた記憶がなくて、それはすごく感謝しています。

家族だろうと、好きなものも考えも違う。例えば、うちの子どもがずっとYouTubeを見ているのが親としては心配なんですよ。口が悪いYouTuberとか、ほんと見ないでほしい(笑)。でも、人それぞれ好きなものは違うので、最低限の約束だけ守ってもらえれば、制限しないようにしています。

どんなことからも、何かしら学べることが絶対にあると思うんですよね。僕らのときのファミコンみたいなものですよね。「ずっとやってるとバカになる」ってすごく言われた。同じことです。なので、自分はおもしろいと思わなくても、彼らが楽しんでいるものを安易に否定しないようにしています。

─進路など、大きな選択を前にしたときも同じことを思いますか?

今泉:進路だったり恋人だったり、親が子どもの意思を無視して決めたり導いたりしてはいけないと思います。もちろん大切な存在ゆえに導きたくなるのだと思うし、育てる責任はあるのですが、自分が思う「いい人生」が彼らにとってのいい人生かは別問題。子どもが相手でも、意見を聞く姿勢は欠かしたくないです。

妻とも対等な立場なので、お互いに意見を言い合います。

─妻に本音を伝えることは、怖くならないですか?

今泉:むしろ唯一本音を話せる相手なので怖くないです。ただ喧嘩はしょっちゅうしています。しょうがないですね(笑)。最近も想いがうまく相手に伝わらなくて、頭を抱えました。

─どんな話題で意見がずれることがありますか?

今泉:僕自身、創作に関すること以外ほぼこだわりがないので、日常生活における意見のずれはあまりないんですけどね。……覚えているのは、結婚したての頃、「夕飯いるの?」って毎日聞かれるのがめちゃくちゃ嫌でした。

1人暮らしのときの自由さに慣れきっていた状態から、同棲などもせず結婚と同時に一緒に住み始めたので、「昼の時点で夜の予定はわからないよ」と思ってしまって。相手は良かれと思って聞いてくれるんですけど、それはキツかったですね。

─どちらの意見もわかるので、難しいですね。

今泉:僕も贅沢な発言だとわかっているんですよ。「束縛」というほど窮屈なことでもないのに、自分の生活がすごく縛られた感じがしてしまいました。

─ご両親に縛られなかったとおっしゃっていましたが、放置ほど突き放した関係性ではなかったのかなと想像します。互いの信頼関係はどう育まれたのですか?

今泉:厳しいところもありましたけど、僕の意見を尊重してくれた。たとえば将来映画の仕事に就きたいと話したときもすごく理解があって、反対されませんでした。

後々になってわかったのですが、父親は物書きになりたかったのに、親から反対されたようなんです。父親の本棚には小説やシナリオの書き方にまつわる本がたくさん並んでいて、きっと本気でなりたかったんだと思います。でも、「田舎の長男がやることじゃない」と祖父から認めてもらえなかったようで。そうした経験を反面教師にしていたのか、僕のことはすごく応援してくれました。

「社会の常識から考えたらタブー視されていることも、あらゆる視点から疑って考える作品をつくっていきたい」

─人間関係を諦めてしまう前に、堀がとった行動には励まされるものがありました。安心や信頼関係を築いていくことは、容易いことではない。そうしたときに、できることの1つがあのシーンにあった気がします。

今泉:いい意味で「相手に期待しすぎない」ということは、誰かと深い関係になろうとするときに大切なのかもしれないですね。信頼したいという気持ちは大事だけれど、自分が求めたことを相手ができなかったときに「なんで?」と否定してしまうと関係は築けない。

自分と他人は違うことを大前提として、ほんの少しでも理解してくれたり、わかってくれたりしたことを大げさに喜ぶくらいのほうが、関係をつないでくれるのかもしれない。だけど、「怒ること」も愛がないと難しいことですし、一概には言えないですが。

─怒ったり嫉妬したりするほど他者に愛情を向けられている、とも考えられますもんね。

今泉:そうですね。……嫉妬と言えば、全然関係ない話かもしれないんですけど、先日Twitter(現在はX)のDMで、知らない女性から恋愛相談めいたメールが届きまして。彼女いわく、「彼氏の浮気を疑っていてスマホを見てしまいました」といった内容で、読み進めたら「でも、彼のスマホを見たら、彼も今泉監督にDMで『彼女が浮気しているけれど、好きだから許してもいいと思うか』みたいな相談をしていて。で、『もう一度彼女のことを信じてみようと思います。もっと好きになってもらえるようにがんばります。』って書いてあって。彼が自分を好きなことが確認できてよかったです。それだけ報告して、もう浮気しないよう今泉監督に誓います」って言葉で締められていて。

─カップルの仲を取り持った、今泉監督。

今泉:いや、僕を通さず勝手にやってくれって思いましたけど(笑)。僕からは「まず、恋人のスマホを見るな!」「あと、浮気をするな!」って返事しときました。ただ、これまで恋人のスマホを見てもいいことなんか1つもないと思っていたのに、いいことも起こるんだっていう驚きがありました。稀すぎますが。

─(笑)。今泉監督の映画のワンシーンにありそうですね。

今泉:『窓辺にて』(2022年)もそうでしたけど、社会の常識から考えたらダメだとされていることも、「本当にダメなのだろうか?」とあらゆる視点から疑って考える、みたいなことはこれからも描きたいです。

たとえば恋愛物語の結末として、一生添い遂げることが素晴らしいものとされていますけど、それだけじゃない。僕はある1日、ある季節の間だけでも「たしかに一緒にいた」という事実も大事なんじゃないかと思うんです。そうした瞬間を映画におさめていきたいです。

─最後になりますが、今泉監督にとって本作はどういうものになりましたか?

今泉:さきほどの「死を語るシーン」など、葛藤はありながらも、すごく気をつけながらつくりましたし、張り詰めたものが映画の強度を生んでいるのかなとも感じます。とにかくあらゆるシーンに悩んだ映画でした。

ただ……未だに悩ましいです(笑)。編集も撮影も演技も満足いくもので、自分たちのできることは最大限、力を出し切りましたけど、「あのシーンはあったほうがよかったかな」とか「あそこは削るべきだったか」とか、正解がわからなくて難しい。早く公開されて、みなさんの賛否を聞きたいです。

『アンダーカレント』場面写真 ©豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会

─「否」の意見も聞きたいですか?

今泉:否定的な意見こそ、聞きたいですね。映画は自由に受け取っていいものだし正解もないので。ユーモアを求めて観た人の「重くてあまり好きじゃない」といった意見とか、自分では想像もしていない解釈とか。そういう言葉に触れるとまた違う角度から映画を考えられます。いろいろな感想をもらえてやっと、この映画に対して落ち着ける気がします。

『アンダーカレント』

公開日:10月6日(金)全国ロードショー
監督:今泉力哉『愛がなんだ』『ちひろさん』
音楽:細野晴臣『万引き家族』
脚本:澤井香織『愛がなんだ』『ちひろさん』
原作:豊田徹也『アンダーカレント』(講談社「アフタヌーンKC」刊)
製作幹事:ジョーカーフィルムズ、朝日新聞社
企画・製作プダクション:ジョーカーフィルムズ
配給:KADOKAWA
出演:真木よう子、井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央
©豊田徹也/講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会

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